俺の部屋の前の庭だと気付いて、ああ、これは夢なのだと分かった。
頬に柔らかな温もりを感じる。
どうやら俺は膝枕をされて眠っていたらしい。
顔を上げて仰ぎ見ると、優しく微笑む遙と視線が合った。
「お目覚めですか、政宗様」
ずっと夢に描いていた。
いや、夢ですら見られなかった。
遙がこうして俺の正室として傍にいる夢を見られたらとずっと願っていた。
そっと手を伸ばして遙の頬に触れる。
遙は嬉しそうに微笑み、俺の手を取り頬に押し当てそっと目を伏せた。
遙のこの仕草が堪らなく好きだ。
遙が俺を愛しく思っている事が伝わってくる。
「遙、愛してる」
「私も。誰よりも政宗様をお慕い申し上げております」
遙を連れ帰ったら、きっとこういう日常が待っている。
堪らなく幸せで、俺はいつものように、身体を少し起こして遙の頭を引き寄せ、キスをしようとした。
しかし、急に横から何か小さなものに思いっきり体当たりをされて、俺は突き飛ばされむせた。
「げほっ、てめぇ、何しやがる!!」
見れば、俺そっくりの小生意気な顔をした子供がべっとりと遙に張り付いている。
言われなくても分かる。
間違いなく俺と遙の子だろう。
「父上ばっかりずるい!!」
「虎菊丸。父上にそのような口を利いてはなりませぬ」
俺と遙の子はどうやら虎菊丸という名前らしい。
見れば見るほど俺によく似た顔立ちをしている。
虎菊丸は拗ねたような表情で遙を見上げ、そして、胸に顔を埋めた。
その瞬間、自分の顔が引き攣るのを感じた。
気安く遙の胸に顔を埋めてんじゃねぇっ!!
そこは、俺以外が触れちゃならねぇ聖域だ!!
虎菊丸は、ちらりと俺を見遣ると、唇の端を吊り上げて笑った。
「てめぇっ!!確信犯か!!遙から離れろ!!」
「母上っ!虎菊丸は何も悪い事をしていないのに父上が怒ります!うわぁああん」
虎菊丸は遙の胸に顔を埋め、身体を震わせた。
てめぇ、絶対に嘘泣きだろ。
首根っこを捕まえて引き剥がそうとすると、遙が虎菊丸を抱き締めて俺を睨み付ける。
「政宗様!子供の前で大人気のうございます!少しは自重なさいませ!」
ぴしゃりと遙に言われ、思わず固まる。
今まで遙にこんな風に叱られた事なんてなかった。
まるで母親だ。
いや、今は母親だから当然なんだろうが。
遙はいつもどこか頼りなくて守ってやりたい、そんな女だった。
女とは、子供が出来たらこんな風に強くなるものなのか?
急に遙を遠くに感じる。
確かに遙なのに、まるで違う女のようだ。
いつもくだけた話し方をしている遙がまるで俺の世界の人間のような言葉遣いをしているせいなのかも知れない。
「母上!見て見て!虎菊丸は、手習いをして参りました!」
虎菊丸の差し出した料紙を見て、遙は目を細めて微笑んだ。
「まあ!綺麗に書けていますよ。よく頑張りましたね」
「母上!約束通り、ご褒美!!」
ご褒美?子供だから甘味か?
いや、待て。俺は甘味は苦手だ。
あいつが俺の子なら…。
思った通り、虎菊丸は遙の首に抱き付き、そして遙の唇に自分の唇を寄せる。
嫌な予感ほど的中するとはこの事だ。
「待ちやがれ!!遙!止めろ!!止めてくれ!!」
そう叫ぶと、急に意識が遠のいた。
「政宗?政宗?」
身体が揺さぶられるのを感じて目を開けると、遙が心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。
「政宗、大丈夫?すごくうなされていたよ?」
遙は眠りに就く前と同じ着物を着ている。
それでも、にわかに現実とは信じられなくて、俺は遙の頬に手を伸ばした。
夢の中とは違う、確かに感じる温もりと柔らかな肌。
「本当に遙か?」
「うん、そうだけど。どうしたの?」
きょとんとした表情で優しい瞳で見つめられて、いつもの遙だと安心する。
「やっぱりお前はその言葉遣いの方がいい。悪夢を見た。途中まではいい夢だったんだけどな」
はぁっと溜息を吐くと、遙は淡い笑みを口許に浮かべ、指先で俺の髪をかき上げた。
遙に触れられて、初めて自分がぐっしょりと汗をかいている事に気付いた。
「ちゃんとお布団で寝ないからだよ。私も身体が痛くなって起きちゃった」
「どれくらい寝てた?」
「3時間くらいかな。政宗、疲れてたんだね。もう少しでお風呂沸くから、それまでお布団の上でごろごろしよう?」
ふと部屋を見遣ると、布団が敷かれている。
「ああ、いいな、それ。お前はいつ起きたんだ?」
「30分くらい前かな。お風呂の準備して、政宗の寝顔を見てたの」
夢の内容を思い出す。
きっと俺は百面相をしていたに違いない。
「あー、情けねぇな」
「そう?穏やかな寝顔だったよ。すごく幸せそうで。もし他の誰かの夢を見てたなら妬けちゃうくらい」
「安心しろ。お前の夢を見てた」
遙は嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。でも、何でうなされてたの?」
自分の子供に妬いて遙に叱られたなんて情けなくて言えねぇ。
それでも、遙には聞いておきたかった。
もし、子供が出来たら俺と子供のどちらが大切か。
「まあ、後で教えてやるよ。風呂が沸くまでもう少しのんびりしようぜ」
俺は遙を引き寄せ、布団の上に転がった。
遙はいつものように甘えるように、俺の胸に頬を寄せた。
例え子が出来ても、今までと変わらずこうして恋人のように寄り添ってくれるよな?
自分の子供にすら嫉妬するなんてみっともねぇけど、それくらい誰にもお前を渡したくねぇんだ。
こんな気持ちになるのはお前だけなんだ…。
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