甘いキスを中断されて残念な気持ちになる。
「もう少しいいだろ?」
「ダメ、んっ」
尚も唇を重ねると、遙は吐息を漏らし、俺の胸に手を付いて囁いた。
「政宗様、お背中をお流し致します。ダメ?」
その台詞は反則だろう。
ほんのりと頬を染めて照れ隠しのように笑う、その表情に俺の視線は釘付けになった。
胸がドキドキと高鳴る。
時折、こういう風に俺を煽るから、こいつから目を離す事が出来ない。
知らぬ間に止めていた息をそっと吐いて俺は笑った。
「ああ、いいぜ。お前から風呂に誘ってくれるなんて嬉しいぜ」
「だって…折角の新婚旅行だし、ね?」
恥ずかしそうに俯く遙の額にキスを落として俺は身体を起こした。
遙の気が変わらないうちに行動に移すが吉だ。
遙の手を引いて風呂場に向かう。
振り向くと、遙は頬を染めて視線を落として俺の後をついてきていた。
あれだけ身体を重ねているのに、いまだこうして恥らうところがまた可愛い。
脱衣所で、遙は俺の着物に手をかけて脱がせた。
そして、自分の着物もするりと脱ぐ。
遙が今までこうして俺を脱がせた事など数えるほどしかなかったので驚く。
やけに今日は積極的だ。
一体どうしたのだろうと訝しく思いながら、遙に促されるままに浴室に入る。
遙は少し恥ずかしそうにしながらも、何も言わなくとも俺の身体を洗っていく。
すっかり泡を落とすと、遙は俺を湯船に促した。
温泉に浸かりながら、身体を洗う遙を見つめる。
一体どういう風の吹き回しだ?
それでも、これからもこうして二人で風呂に入れたら退屈しないだろうと思うと、自然と笑みが零れた。
後から湯船に入って来た遙を後ろから抱き寄せる。
遙は俺に背中を預け、心地良さそうに吐息を吐いた。
「気持ちいい。何か、すごく幸せ」
「そうか。俺もだぜ。のんびりしていいよな」
「ねぇ、政宗ってさ…」
「ん?何だ?」
遙は言いにくそうに口ごもった。
「お城の女中さんに背中流してもらったりするの?」
「遙、こっち向け」
「えっ?ヤダっ!」
嫌がる遙を無理矢理こちらに向かせると、遙は頬を染めて、少し思い詰めたような表情をしていた。
「お前、妬いてるのか?」
「見ないで」
顔を隠そうとする腕を掴み、遙の顔を覗き込む。
遙は顔を背け、悔しそうに唇を震わせた。
「政宗のそばにいられる女の人が羨ましい。それがお仕事なのかも知れないけど、羨ましい。誰にも政宗に触れて欲しくない」
先ほどから遙がやけに積極的だったのは、城の女中に妬いていたからだと気付く。
でも、それは誤解だ。
思わずくつくつと笑うと、遙はますます拗ねたような表情になった。
「笑うなんて酷い…」
「Sorry, 遙。誤解だ。女中はそんな事しねぇよ。風呂に入るのも独りだ。眼帯外すしな。たいていの女は気味悪がるから、絶対に浴室には入れねぇ。汗を拭かせる事はあるが、それは小姓の役目だな。女が俺の身体に触れる事はねぇよ」
「え…?そうなの?だって…」
「どうした?」
「初めて会った時、私に背中を流してくれって…。だから、政宗はそういうのに慣れてるんだと思った」
言われて思い出す。
女に背中を流させるなんて初めてだった。
「ああ、あの時は夢だと思ってたし、分らねぇ事だらけだったからな。それに…何があったか分らなかったが、お前、辛そうな顔してるくせに、見ず知らずの俺にやけに親切だったし。俺が奥州筆頭だからじゃねぇ。きっとお前なら誰が相手でも困ってる奴は放っとけなかっただろ?お前の好意に甘えたくなった。お前に甘やかされるのはとても心地いい」
遙を抱き寄せ、濡れ髪をかき上げてやると、ようやく遙は笑った。
「俺こそ嫉妬して自分が嫌になる」
「政宗が?」
「ああ。さっき悪夢見たって言っただろ?途中まではいい夢だったんだ。お前が俺の正室で、お前の膝枕でうたた寝して。でも、俺とお前の息子がやって来て、甘い雰囲気ぶち壊しやがった。俺そっくりの顔して、お前にべったりでな。お前、子供出来てもあんまり甘やかすなよ?」
じとっとした目で遙を見つめると、遙はくすくすと笑った。
「子供が母親に甘えるのは当たり前だよ?」
「そうかも知れねぇけど。でも、たかが手習いが出来たくれぇで、あんな事、絶対に許せねぇ」
「あんな事?」
「いや、何でもねぇ」
俺はぷるぷると頭を振った。
例え夢でも思い出したくねぇ。
「大体、俺が5つくらいの時は、もっとマシな字を書いてたぜ」
「うん、知ってる」
「Huh!?」
俺が幼い頃の書は、小十郎と俺しか持っていないはずだ。
なのに、何故遙が知ってるんだ?
「政宗の書は有名だよ?初めて見た時、何て素敵な字を書くお方だろうって思ったの。5歳の頃の書を見た時は感動したよ。あんなに綺麗な文字を書ける子供なんて見たことないもの。姫様だって後生大事にしたくなるよね」
「姫様?」
ますます遙の言っている意味が分からない。
「政宗様は仙台の誇りだって前に言ったよね?政宗様の書は仙台で大切に保管されていて、時々展示される事もあるの。政宗様の5歳の頃の書は、ご正室様の文箱から見つかったんだって」
「マジかよ…。滅多な事を文で書けねぇじゃねぇか」
深い溜息を吐くと、遙はくすくすと笑った。
「きっと、ご正室様、嬉しかったんだろうね。政宗様の幼い頃の手習いの書を頂いて。私もきっと一生大切にすると思う。羨ましいな…」
「何言ってやがる。正室はお前だろ?帰ったら、手習いの書くらいお前にやるよ。幼い頃のものなら小十郎も持ってるはずだしな。それに、そんなに書が欲しかったら、風呂から上がったら書いてやるぜ?」
「えっ?本当?でも、お習字の道具なんてないよ?」
「俺が持ってる。携帯用の小さなやつだから、たいしたものは書けねぇけど。美紀に文を送ってやろうと思ってな」
「嬉しい…!きっと美紀も喜ぶよ。政宗、ありがとう!」
遙は花が綻ぶような笑みを浮かべ、俺に抱きついた。
遙の嬉しそうな笑顔は今まで何度も見てきたが、今ほど嬉しそうな表情は久しぶりに見たような気がする。
文を書くのは好きだ。
遙が喜ぶのなら、いくらでも書いてやる。
でも、俺だって遙からの文は欲しい。
「ただし、条件がある」
「条件?」
途端に遙は不安そうな表情になる。
「I want a love letter from you. お前が俺に文を書いてくれたら俺もお前に文を書いてやるぜ?」
「ええっ!?ラブレター?どうしよう!今まで書いたことないよ!」
「安心しろ。俺もlove letterは初めてだ。前にお前に送った歌をカウントしなければな」
「私、お習字下手だし、筆でなんて書けないよ…」
「筆じゃなくてペンで構わねぇ。俺の書が欲しいんだろ?」
「うん…」
「どうする?止めるか?お前がどうしても嫌って言うなら俺も諦めるしお前には文をやらねぇ」
「嫌っ!書く!書きます!」
「よく言った!じゃあ、早速料紙を買いに行こうぜ」
善は急げとばかりに風呂から上がると、後ろから遙が追いかけて来る。
「あんまり期待したらダメだからね?」
「俺の書が欲しかったら気合入れて書くんだな」
「そんなぁ。政宗様に敵うわけないよ」
がっくりとうなだれる遙の濡れ髪をタオルで拭いてやりながら俺は笑った。
字の上手い下手なんて関係ないんだぜ?
お前の想いがお前の言葉で綴られた文が欲しいだけなんだ。
だから、お前が俺の期待を裏切るはずがねぇ。
でも、俺へのlove letterについて真剣に悩む遙をもう少しだけ眺めていたくて、俺は敢えて何も言わなかった。
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