言霊 -6-

どうやら料紙はこの世界ではなかなか手に入らないものらしい。
その代わり、便箋というものを買った。
季節の花や、空、海などが描かれた便箋を選んで行く。
遙と二人、一つの傘に入って肩を寄せ合って歩くのも何だか酷くくすぐったくて楽しかった。

宿に帰ると、買ってきた便箋を机の上に広げ、硯の上で墨を擦る。
遙は興味津々に俺の手元を見つめている。

「すごい!この硯小さくて可愛いね。煙草の箱より二周りくらい小さい」
「ああ、携帯用だからな。戦に行くところだったからこれしか持ってなくてな。でも、結構便利なんだぜ?ほら、お前も文書けよ」
「え?でも、政宗様が字を書くところ、見てみたい」
「お前の目の前でlove letter書けるわけねぇだろ?」
「どうせ草書体読めないから同じだもん」

今の遙はまるで駄々をこねる子供だ。
今までこんな我侭を言っているところを見た事がない。
何だかそれが新鮮で、思わず笑みが零れた。

「仕方ねぇなぁ。じゃあ、『いろは』を書いてやるからそこで見てろ」
「うん!」

花びらが散りばめられた便箋を選び、筆を滑らせる。
ちらりと遙を見遣ると、遙は正座をして、真剣な眼差しで俺の手元を見つめていた。
『あさきゆめみし ゑひもせす』まで書いて筆を置こうとすると、遙が声を上げる。

「鶺鴒…」
「ん?」
「政宗様の鶺鴒の花押が見たい!」
「いろはの手習いに花押かよ」

俺は堪えきれず、声を立てて笑った。
俺の世界じゃ考えられない発想だ。

「だって、だって!政宗様の花押は憧れだよ?政宗が書くところがどうしても見たいの!お願い。政宗の花押が見られたら、ちゃんとラブレター書くから」
「しょうがねぇなぁ。遙、kiss me on my lips. そうしたら書いてやる」

遙は一瞬言葉に詰まったが、おもむろに俺の頭を引き寄せると、軽く触れるだけのキスをした。
柔らかな口付けに、胸の奥が甘く疼く。
何だか甘ったるい空気が流れて幸せな気持ちでいっぱいになり、俺は筆に墨を付けて鶺鴒を書いた。
遙は夢見るような表情でそれを眺め、甘い吐息を吐いた。

「すごい…夢みたい…。政宗の花押が見られるなんて、すごく幸せ…」
「お前がそんなに喜ぶなんてな。ほら、お前にやるよ」

いろはを書いた便箋を遙に差し出すと、遙は目を細めてふわりと微笑んだ。

「ありがとう。大切にする」
「ただの『いろは』だぜ?」
「それでもいいの。嬉しい」

にこにこと微笑む遙が愛しくて、遙を引き寄せそっと額にキスをする。

「じゃあ、今度はもっとrareだぜ?何しろ俺の初めてのlove letterだからな。照れるから書いてるところを見るなよ?」
「うん。私も向こうで書いてくる。見ちゃ嫌だからね?」
「さあな」
「絶対にダメだからね?見たら途中で止めちゃうからね?」
「Alright, alright. 見ねぇから」
「うん、じゃあ行ってくる」

遙は空をモチーフにした便箋を手にして、俺の頬に一つキスを落とすと、窓際のテーブルへと移動した。

俺も硯に水を足して、墨を擦りながら文面を考える。
今まで愛の言葉なんて形にした事がなかったから、なかなか言葉が浮かんでこない。
筆を戯れに弄びながらちらりと遙を見遣ると、遙もじっとテーブルの一点を見つめながらペンを弄んでいる。

言葉が浮かばねぇのはお前も俺も同じか。

触れ合ったら温もりから想いが伝わる。
見つめ合えば、「愛してる」という言葉だけで想いの全てが伝わる。
言葉しか頼ることの出来ない手紙で、一体どれだけこの想いが伝えられるだろう。

俺も遙も、なかなか言葉が浮かばないまま時間だけが過ぎていった。


ようやく言葉少ない文を書き終えて、筆を置いて墨を乾かしていると、遙も文を書き終えたのか、封筒に入った手紙を俺に差し出した。

「後で読んでね。恥ずかしいから」

遙は手紙を読もうとする俺を邪魔するように俺の膝の上に座った。

「遙、邪魔だ」
「知ってる。邪魔してるの。わぁ!政宗の字、綺麗!読めないけど」

遙は俺の文を手に取り、しげしげと眺めている。
横から顔を窺うと、幸せそうに緩みきった表情をしている。

「お前、読めねぇのにそんなに幸せか?」
「うん。政宗の書は見ているだけで幸せ。だって、芸術だよ?私のために書いてくれたと思うと尚更幸せ」
「そうか?お前が読めるように楷書の文も書いておいた」

先程書き上げた、楷書体の文を手渡す。

『いかでか伝へむ我が想ひ
言尽くしてもえ伝ひぬべからず
君を知りて恋を知りつ
君恋し 君愛し
君に逢ふたび燃ゆる恋の火
天地絶えても消ゆることこそあらざらめ
とわに君を想ふ

遙へ
まさ』

「意味、分かるか?」

遙は無言で小さく頷いた。

『俺の想いをどうやって伝えたらいいだろう。
言葉を尽くしてもきっと伝えられないだろう。
お前を知って、恋を知った。
お前が恋しい。お前が愛しい。
お前を抱くたびに燃える恋の火は。
この世界がなくなっても消えることはないだろう。
永遠にお前を愛している』

便箋が小さかったから、文字の配置を考えたらこの程度しか書けなかった。
でもそれは、言い訳で、本当のところは何も上手い言葉が浮かんで来なかった。
どんなに言葉を尽くしても、到底この想いを伝える事は出来ないと思う。
それをそのまま書いただけだ。
我ながら拙いと思う。

遙はしばらく楷書の文と草書の文を見比べていたが、やがて小刻みに肩を震わせ始めた。

「遙、泣くな」
「だって…嬉しい…から…」

ぽろぽろと涙を零す遙の手から文を取り、机の上に置く。
抱き寄せると、遙は俺の首に両腕を回し、首筋に顔を埋めて静かに泣いた。

「ありがとう。政宗、ありがとう」

何度も「ありがとう」と繰り返す遙の背をそっと抱き締める。

本当は、そんな文じゃ、俺の想いなんて伝えられねぇ。
それでも、お前がそんなに喜ぶなら、拙い言葉でも書き綴ろうと思う。
それでお前の心が縛れるのならば…。
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