砂に書いたLove Letter -3-

ゆるゆるとまどろむように、飽く事なく遙と温もりを分かち合っていたが、やがて遙がそわそわと窓の方を見遣った。
開け放たれた窓からはそよそよと風が吹き込み、レースのカーテンを翻していた。
白いレースのカーテンは、眩い日光に照らされていた。
昨日の雨が嘘のようなほどいい天気だ。

「いい天気…」

窓の方を焦がれたように遙が見遣るので、俺は小さく笑い、遙の髪をかき上げ、額にキスを落とした。

「そろそろ海に行くか?もうすぐ昼だろ?」
「うん!シャワー浴びて水着に着替えよう」

待ち切れないというように身体を起こそうとする遙をもう一度引き寄せてキツく抱き締める。
正直、そんなにも遙の心を引きつける海にすら何だか妬けた。

「政宗、どうしたの?」
「もう少しだけ…」

甘えるように首筋に顔を埋めて囁くと、遙は小さく溜め息を吐いた。

「もう、ずっとこうしてたら日が暮れちゃうよ。ねぇ、政宗。なるべく人気のない浜辺に行こうか?そうしたら、こうして抱き合えるから、ね?政宗だから一緒に海に行きたいの」
「俺だから特別?」
「うん。浜辺でね、一緒に手を繋いで歩いたり、波の音を聞きながらゴロゴロしたり。そんな事を一緒にしたいのは政宗だけだもの。ちょっと恥ずかしいから、誰もいない所に行きたいな」

燦々と陽が照る中、爽やかな海風と潮騒に包まれ遙と抱き合う。
それは目が眩みそうになるほど魅力的な誘惑だった。

「Okay!じゃあ急がねぇとな!」

俺はあっさり遙を解放すると身体を起こして立ち上がった。
そんな俺を呆気に取られたように見上げている遙を抱き上げる。

「ほら、シャワー浴びるぞ」
「政宗って本当に現金だよね…」
「あぁ!?文句でもあるのか?」

楽しい気持ちに水を差された気分になって軽く遙を睨み付けると、不意打ちのように軽くキスをされて我知らず頬が緩む。

「怒らないで。何かね、政宗に愛されてるなぁってすごく幸せになっただけ。政宗、大好き」

照れ隠しに笑いかける遙の笑顔を見て、胸の奥がきゅんと疼いて、心なしか頬に血が上っていくような気がした。

遙はいつも俺が狡いと言うが、俺から言わせれば遙の方が狡い。
こんな風に愛されたら多少の我儘は聞いてやりたくなる。
俺も照れ隠しに遙にキスをすると、遙を抱いたまま浴室に入って行った。


浴室から出ると、遙は濡れ髪から水を滴らせながらスーツケースの中を漁り始めた。
そんな子どもっぽい事をする遙は珍しく、思わず口許に笑みが上る。
タオルで濡れ髪を拭いてやると、遙は振り向いて嬉しそうに微笑んだ。

「政宗の水着はこれね。私はどっちにしようかなあ」

遙は先日買った2着の水着を畳の上に広げて、形の良い眉を少し顰めて思案している。
ゴシック調の黒いワンピースタイプの水着と、紫色の蝶があしらわれたビキニ。
でも、折角『人気のない』ビーチに行くなら、アレを着せるしかないと俺は思っていた。
あの日、遙に気付かれないうちに密かに買ったあの水着だ。
俺は素知らぬ顔をして、スーツケースの中から袋を取り出した。

「お前はこれ着ろよ」

取り出した水着を見て遙は言葉を失い、薄っすらと頬を染めた。

黒い光沢のあるその水着はシンプルなデザインだ。
胸は三角の当て布で、背中と首の後ろで紐で留めるようになっている。
下もサイドは紐で、身体を申し訳程度に覆うものだ。

「政宗、いつの間に買ったの!?」
「俺も好きなの選んでいいって言っただろ?」
「確かに言ったかも知れないけど…」
「お前が選んだのだって変わりねぇじゃねぇか」
「でも…」
「口答えはなしだぜ、遙?お前がその水着を着ないなら俺は出かけねぇ」
「えー!?ヤダヤダ!」

冗談で言ったのに、遙は真に受けて必死に首を横に振る。
遙が嫌がるのは分かっていた。
遙が着てくれるかどうかは一種の賭けだったが、これはイケるかも知れない。
困ったように眉根を寄せる遙を抱き寄せ、俺は耳元で甘く囁いた。

「Sexyなお前が見たい。どうしても嫌だったら、ここで俺に見せてくれるだけでいい。な?」
「…試着するだけだからね?」

遙は俺の肩口に顔を埋め、蚊の鳴くような声で答えた。
案外あっさりと遙が折れた事に口許に笑みが上る。
俺はそれを隠すように、遙の頬にキスをした。

「ああ、いいぜ」
「じゃあ着替えてくる。覗いちゃ嫌だからね?」
「覗かねぇよ。俺もここで着替える」
「分かった。じゃあ行って来るね…」

遙は水着をもう一度眺めると溜め息を吐き、そして再び脱衣所に消えて行った。
俺も水着に着替える。
膝丈のサーフパンツで外に出るのは初めてだ。
今まで殆ど肌を露出して外に出た事などないから少し戸惑う。
弓の練習をする時もせいぜい片肌脱ぐ程度だ。
無防備に上半身を晒すのは湯を使う時と閨に入る時くらいだ。
遙の気持ちが少し分かるような気がした。
己の上半身を眺める。
所々ある疱瘡の痕を見るとやるせない気持ちになった。
いつもこんな己の肌を遙の前に曝しているのかと思うと恥じ入りたい気持ちになる。

「政宗、入っていい…?」

襖の向こうから遙に声をかけられて我に返った。

「ああ、いいぜ」

遙は襖を少し開け、首から上だけを部屋に入れ、複雑そうな表情を浮かべている。
おそらく俺も複雑な表情をしていたのだろう。
二人の間に奇妙な沈黙が訪れる。

「俺、何か変か?」
「ううん、政宗はいつも通りカッコいいよ。そんな綺麗な身体をしている人なんていないもの」

俺はホッと息をついた。
少なくとも遙には醜いと思われていないのであればそれでいい。
俺自身のためにも、ビーチは人気のない方がいい。

「そうか…。どうした?入らないのか?」

いつまで経っても遙がその場から動こうとしないので、俺は立ち上がった。

「え?政宗、ヤダヤダ!!」

慌てたように首を横に振る遙を無視して、襖を開ける。

「キャッ!!」

遙は目を瞑って、両腕で胸を覆って小さく震えた。
綺麗な身体を縮こませるようにして震える姿は酷く嗜虐心を煽った。
黒い水着は日焼けしていない肌の白さを一層際立たせていた。
際どい所を隠すように覆っている光沢のある水着が艶かしい。
俺は遙の両手首を掴んで胸から腕を外した。
頬を染めて遙が顔を逸らす。
俺が思い描いていた通り、豊かな胸は三角形の当て布だけでは覆いきれず、柔らかなカーブを描いた白い胸が下から零れ落ちていた。
そっとそのカーブを指先でなぞると、遙はますます頬を染め小刻みに震える。

正直、想像以上に似合っていた。
最近やたらと色香が漂う身体つきになってきた遙にぴったりだった。
呼吸をするのも忘れてじっと遙の身体を見つめる。

「ヤダ!恥ずかしい!」

手首を掴んだ俺の手を振り払おうと遙が身を捩るがそれを許さず俺は遙を抱き寄せた。

「Why?綺麗だぜ?遙、顔を上げろ。いい子だから」

あやすように後頭部を撫でると、ようやく遙は顔を上げた。

「お前は綺麗だ。この首筋のラインも。華奢な鎖骨も」

言いながら、指先で遙の身体をなぞっていく。

「小さな肩も。白い柔らかな胸も。細くくびれた腰も。この世のどんな財宝より、お前は綺麗だ。You're my treasure. お前は俺だけの宝だ。生まれたままのお前の姿もいいけど、今の姿も堪らなく綺麗だ」

そっと抱き寄せて耳元で囁くと、ようやく遙は身体から力を抜いて、俺の背を抱き締めた。

「でも、無防備過ぎて怖い」
「安心しろ。俺が守ってやるから」
「絶対に人のいないビーチに行こうね」
「ああ、勿論だ。俺もあんまり自分の肌は人に見せたくねぇからな」
「あ…」

遙は心配そうに俺を見上げた。
俺は小さく笑い、遙の頭を撫でた。

「気にするな。ずっとトラウマだったが、お前に愛されて、少しは気にならなくなった。お前のお陰だ。お前の愛が俺を強くするんだぜ?」

最後は茶化して言うと、遙もくすっと笑った。

「政宗が強くなるのなら、政宗が帰る時ついて行こうかな。絶対に天下が取れるね」
「言っただろ?絶対に連れて帰るって。俺の世界に帰ったらこんな酔狂な事は出来ねぇから、するなら今のうちだな。小十郎の目が黒いうちは絶対にこんなこと許されねぇ」
「あはは!ん、じゃあ、恥ずかしいけど今のうちだけだからこのまま行く。絶対に一人にしたら嫌だからね?」
「心配すんな。仕度して行くぞ」

遙は水着の上からミニスカートとパーカーを着て、長い髪を後ろで一つにまとめた。
俺もTシャツを着て、二人で手を繋いで宿を後にした。

宿から少し離れた所で遙は車を借りた。
運転する遙の白い太腿は半分むき出しで、思わず目が釘付けになる。
運転する遙にちょっかいを出すとまた遙が不機嫌になるから、俺はひたすらに窓の外の景色を眺めた。
街中を車で走っても見る物なんてないから、ただ退屈なだけで正直車は好きではなかったが、今は左手には大海原が広がっている。
岩場に打ち寄せる波は迫力があった。
俺の世界にはこういう道路というものはないが、岩場で砕ける波は、いつか見た風景によく似ていた。
世界は違うのに既視感を覚える。

遙と遠乗りに出かけられたら…。

そんな白昼夢を見ていると、遙がくすりと笑った。

「やっぱり海辺の風は気持ちいいね。どこかに車が停められる浜辺があるといいな」
「人がいない所な」
「勿論だよ。でも、すぐに見つかりそうだね」

この辺りは鎌倉とはだいぶ雰囲気が違った。
人もあまりいなく、所々に干物を売る店がまばらに道沿いにあるだけで、海に遊びに来る若者はいないようだった。

やがて、海沿いに閉鎖された店を俺達は見つけ、その駐車場に車を停めた。
店の裏からは小道が続いていて、海岸に出られそうだった。

「うわぁ、何か寂れてる。人が全然いないのも怖いね」
「Don't worry. 俺がいるだろ?独眼竜は伊達じゃねぇ、you see?お前を守るって約束しただろ?ここならお前を独り占め出来るしな」

そう言って遙の頭を撫でると、遙はくすぐったそうに笑った。

車から荷物を出し、遙の手を引いて小道を下っていく。
水筒の中の氷がカラカラと音を立てるのが聞こえるほど静かな道だった。

小道を抜けると、目の前には小さな砂浜が広がっていた。
岩場の多い海岸で、ここだけ砂浜になっているようだ。
嵐で流されて来たのか、至る所に大きな流木が転がっていて、それを掃除する人もいないようだった。
ただ、波打ち際付近は綺麗な砂浜が広がっている。
足場が悪いので、俺は遙の腕を取り、ゆっくりと歩いた。

「わっ!何か冒険しているみたい。ドキドキする」
「Be careful!まぁ、絶対にお前には怪我させねぇけどな」

折り重なる流木の群を抜けると、波の穏やかな砂浜に出た。
流木を背にして、海風に煽られるビニールシートを二人で四苦八苦しながら広げる。
いつもの俺だったらなんて面倒だと思う所だが、遙とじゃれ合うようにして作業をするのは楽しかった。

広げたビニールシートの上に、バスタオルを二枚敷いてその上に座る。
遙は、バッグの中から水筒と握り飯を取り出し、俺に手渡した。

「はい、本日一食目。お腹空かない?今日は仲居さんに悪い事しちゃったなぁ」
「まぁな。でも、俺は後悔してねぇ。それに昨日もあれだけ食って、朝も食うなんて無理だ」
「でも、旅館のご飯美味しいよね。全部食べられないのが残念だけど」
「お前が気に入ってくれて良かった。俺はお前の手料理が恋しくなってきたけどな」
「帰ったら毎日作ってあげるよ」
「ああ、楽しみにしてる」

穏やかな波の音を間近で聞きながら食事をするのは、心が洗われていくようだった。
隣りの遙も目を細めて潮風を楽しむようにゆっくり食事をしている。
そんな遙が可愛くて、そっと肩を抱き寄せると、遙は嬉しそうに笑った。

食事が終わると、遙はバッグから化粧品のような物を取り出した。

「旅館で塗ってくれば良かったんだけど、日焼け止め。これ塗らないと肌が真っ赤に焼けて今日は温泉入れなくなっちゃう」
「日焼け止めなんてあるのか!便利だな!」
「政宗、塗ってあげるからTシャツ脱いで」

Tシャツを脱ぐと、遙は眩しそうに目を細めた。

「やっぱり政宗の身体って綺麗…」
「そうか?疱瘡の痕が醜いだろ?」
「そんなことないよ。小さい頃の病気の痕だからそんなに気にならないし。言われないと分からないよ?」

遙はふわりと笑い、俺の背中に日焼け止めを塗り始めた。
華奢な手が滑っていく感覚が心地よい。
すっかり背中全体に日焼け止めを塗ると、遙は後ろから俺を抱き締めた。

「どうした?」

甘えるように頬を寄せる遙に訊ねる。

「政宗の背中、大きくて頼もしいなって。こうして触れていたら、ドキドキしてきて、愛しくなって…。政宗、大好き」

遙はギュッと抱きつくと、俺の頬に軽くキスをした。
甘い空気が流れて、幸せな気持ちになる。
遙を振り返ると、そっと唇が重ねられた。
そのまま口付けを交わしながら、遙を抱き寄せ、膝の上に横抱きに抱く。
唇を離して見つめ合うと、この広い世界に俺達二人しかいないような錯覚に陥る。
言葉に言い表せないほど幸せだった。
爽やかな海風と潮騒の中で、こうして遙と抱き合うのは、俺が想像していたよりも、ずっと心地よく、いつまでもこうしていたかった。

遙のパーカーのジッパーに手をかけると、遙の瞳が恥ずかしげに揺れる。

「海で遊ぶんだろ?」
「うん…」
「お前にも日焼け止め塗ってやるから」
「でも…あっ!」

パーカーを肌蹴させながら、露になっていく肌にキスを落としていくと、遙は腕の中で震えた。

「政…宗っ!」
「嫌か?」

抗議するように俺の背に爪を立てる遙に問いかける。
遙は一瞬言葉に詰まった後、小さく首を横に振った。

「嫌じゃない…。政宗に愛されてるって感じるから。今は二人きりだから、ね」

恥ずかしそうに囁かれたその言葉が引き金になり、俺は深く唇を重ねながら、遙の服を肌蹴させていった。
乱れた衣服の下から下着姿のような水着が露になり、その艶かしさに息を呑む。

「遙、綺麗だ…」

俺はそのまま手のひらを遙の肌に滑らせながら、遙の頬に唇にキスを落としていった。
背中をじりじりと焼く太陽の熱すら気持ちいい。
それは、まるで俺達の恋の炎のように温かく、眩かった。
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