砂に書いたLove Letter -4-

ようやく二人の全身に日焼け止めを塗った頃には、もう薄っすらと赤く肌が焼けていた。

「もう、政宗、時間かかりすぎ!ちょっと肌焼けちゃったよ!」

遙が軽く頬を膨らませて俺を小さく睨み付ける。

「Sorry, but…お前も嫌じゃなかったんだろ?」
「……うん」

遙は目を逸らし、小さく頷くと、照れ隠しのようにバッグの中を漁った。
そして、バッグの中からカラフルな銃のようなものを二つ取り出す。
一体何に使うのだろうとずっと思っていたが、遙が悪戯っぽくはぐらかすので俺も密かに楽しみにしていた。

「それ何だ?」
「水鉄砲」
「水鉄砲って子どもが竹の筒で遊ぶアレか?」
「うん。でもね、これ、もっとすごいんだよ!」

遙は俺にも水鉄砲を手渡すと、俺の手を引いて海へと駆け出した。

海水を水鉄砲の中に入れると、遙が悪戯っぽく笑う。

「えへへ。政宗、Close your eye!」
「Huh!?」

遙は水鉄砲を構えると、いきなり引き金を引いた。
魔王の嫁を彷彿とさせる綺麗な構えに面食らって目を閉じるのも忘れて見つめていたので、次の衝撃に思わず俺は声を上げた。

「痛ぇっ!!What the hell is this!?聞いてねぇぞ!!」

竹の水鉄砲なんかと全然違う、驚くほどの水圧に思わず俺は頬を押さえた。
これは玩具なんかじゃねぇ。凶器だ。
ぎりりと睨み付けても遙は楽しそうに笑うだけだ。

「政宗、いざ尋常に勝負!」
「Ha!望むところだ!」

俺が水を入れている間に遙は給水をあっと言う間に終え、すでに間合いを取っている。
ようやく給水を終え、狙いを定めようとしたが、視線の先に遙はいない。
気配を探ろうとすると、背中にまた勢い良く水が命中した。

「政宗様、背後が隙だらけです!な〜んてね!」

小十郎のセリフを真似して遙が笑う。
図星を指されて少しカチンと来る。
しかも、相手がか弱いとばかり思っていた遙なら尚更だ。

「遙、いい度胸じゃねぇか。俺も手加減しないぜ!」

狙いを定めて引き金を引くと、遙は軌道を読んでいたのかさっと避けて引き金を引く。
憎いくらいにまたまがうことなく水は俺に的中する。
俺は前髪から水を滴らせながら遙を睨み付けた。

「お前、魔王の嫁みてぇだぞ!」
「伊達に射撃やってないもの。射撃なら政宗に負けないよ!」

遙はまた間合いを取って駆け出す。
その背中を目がけて引き金を引くが、なかなか当たらない。
普段、刀の鍛錬ばかりして、銃をあまり扱わないせいかも知れない。
遙は流木の陰に隠れてまた引き金を引いた。
俺も今度はそれを避け、遙目がけて走る。
至近距離なら俺だって当てられる。
遙はそれに気付き、更に奥の流木の陰に隠れると、また引き金を引いた。
まさかここまで届くはずはないと思っていたのに、また水が当たる。
どうやら射程距離が二十尺ほどもあるようだ。
俺も流木の陰に隠れて、タイミングをはかる。

いつか遙と二人で見たテレビを思い出した。
物陰に隠れての銃の撃ち合い。
二人でのんびりビーチで遊ぶものだとばかり思っていたのに、なんだってこんな戦の真似事をしてるんだ?
二人の間には、まるで小十郎との手合わせのようなぴりぴりとした空気が流れる。

「おい、遙!」

流木の陰から顔を出すと、また俺の首筋目がけて遙が打ってきた。
またしても遙はそれを外さない。

「Shit!」

すぐに打ち返すが、遙はまた流木の陰に隠れ、俺の放った水は虚しく空を切った。
よくよく考えてみたら、水鉄砲に当たったところで怪我をするわけでもなく、距離を縮めていけばいいだけの話だ。

さて、どうしてやろうか。

流木の陰から出るとすかさず遙が水鉄砲を打つ。
それを気にせず距離を縮めていくと、立て続けに引き金を引いていた遙が焦りの表情を浮かべた。
俺の上半身は、すっかり海水で濡れていた。

「Hey, そろそろ水が尽きる頃なんじゃねぇのか?」

ニヤリと笑うと、遙は流木の陰から陰へと移動し、海の方へ走っていく。
俺はその背を追いかけた。
遙はちらりと俺を振り返り、また慌てた表情を浮かべて海へと走っていく。
いくら動作が機敏とはいえ、俺と遙じゃリーチが違う。
給水しようとした遙に俺はすぐに追いつき、その手から水鉄砲を奪い、砂浜の上に放り投げた。
ニヤリと俺は笑い、一歩踏み出すと、遙は怯えたように一歩後退した。
いつものような優しい笑みではないことくらい自覚している。
俺の闘争心に火を点けたお前が悪い。

「政宗、怒ってる?」
「いや、怒っちゃいねぇよ。楽しいpartyだったぜ、遙。温い戦は好きじゃねぇんでな。覚悟しろよ!」

手首をぐいと引くと遙が悲鳴を上げる。
それに構わず、遙を抱き上げると俺は遙を海に放り込んだ。

「キャア!」

綺麗な弧を描き、遙が海の中に背中から落ちる。
すぐに海から顔を出した遙だったが、またすぐに何かに引きずり込まれるように海中に頭の先まで沈んで、今度は俺の方が慌てた。

「遙!?」

慌てて海の中に入っていくと、砂浜は途中で急に深くなり、遙の足が届かない深さになっていることに気付いた。
遙を引き寄せ、抱き上げると怯えたように遙は俺に抱きついた。

「こんなに深くなってるなんて思わなかった。政宗は足着くの?」
「当たり前だろ?大丈夫か?」
「うん」
「さっきはよくもやってくれたじゃねぇか」
「あ…」
「お仕置きが必要だよなぁ?」

抱き締めていた腕を遙の身体から離すと、遙は怯えたように俺の首に縋った。

「やっ、政宗、怖い!」

遙は俺の腰に脚を絡ませ、俺の肩に腕を付いて海水から上体を出した。
すぐ目の前に遙の丸く柔らかい白い胸があり、思わずごくりと喉が鳴る。
水着の下から手を差し入れて胸を揉みあげると、遙は俺にしがみ付いたまま震えた。

「そんなっ、こんな所で…」
「Honey, お仕置きだって言ったよな?しっかりつかまってろよ。じゃないと沈むぜ?」

俺は、遙が動けないのをいい事に、遙の身体を嬲り始めた。
俺にしがみ付いたまま、遙は甘い声で啼く。

「もっと啼けよ」
「政宗っ!」

遙の声を聞いたらもう止まらなかった。
海中で縺れ合うようにして遙の声と身体を心行くまで堪能する。
初めは嫌がっていた遙もいつしか俺を受け入れ、濡れたキスを何度も交わした。
火照る身体に生温い海水が心地よい。

何故、こんなに求めても足りないんだろう。
何故、こんなに触れ合っても足りないんだろう。

遙の全てが欲しい。

遙が疲れ切ってぐったりしてしまっても、俺は止める事が出来なかった。

「政宗、酷い…」

ぐったりとした遙を抱いてビニールシートの上に戻ると、遙は恨めしそうに俺を見上げた。
正直やり過ぎたとは思うが、後悔はしてねぇし、最初に挑発して来たのは遙だ。

「俺を挑発するからだ」
「でも酷い」

遙はすっかり拗ねてしまって、小さく丸まるようにして俺に背を向けると、コホコホと咳をした。
さっき少し海水を飲んでしまったのかも知れない。

「喉渇いた」

俺に背を向けたまま、遙が小さく呟く。
しかし、自分で起き上がって茶を飲む素振りは見せない。
俺に背を向けて拒絶の意思を表しているくせに、甘えたような拗ねた声は、俺に構って欲しいと言っているようなものだ。
俺は水筒からカップに冷たい茶を注ぐと、遙の頭をくしゃりと撫でた。

「ほら、遙。茶を入れたぞ」

あやすように頭を撫でても、遙はギュッと目を瞑って、バスタオルを握り締めてますます小さく背中を丸める。

これは相当拗ねているな…。

俺はやれやれと苦笑いを漏らして遙を抱き起こした。
遙はふいと顔を背ける。
それでも俺の腕を振り払わないのだから、可愛いものだと笑いが込み上げる。
今の遙はあくまで自分の我儘を通すつもりのようだ。

「しょうがねぇ姫君だな」

俺は茶を口に含むと、口移しで遙に飲ませた。
拗ねたようだった遙の表情が一瞬柔らかくなるが、また取り繕うように拗ねた表情に戻る。

「……もっと…」

顔を背けたまま遙が小さな声で呟く。

奥州筆頭を顎でこき使えるのは、遙、お前くらいだぜ?

でも、遙の子ども染みた我儘に付き合うのは何だか楽しかった。

「As you wish」

何度か口移しで茶を飲ませると、ようやく遙は身体を起こし、ごくごくと水筒の茶を自分で飲んだ。
どうやら俺が思っていたより思いっ切り海水を飲んでいたようだ。
悪かったと思うのに、遙の機嫌はかなり悪く、声をかけるタイミングが見つからない。
遙は水筒の蓋を閉めると、また俺に背を向けてバスタオルの上に寝そべった。

「遙…」

声をかけてみても、遙は拗ねたようにますます身体を小さく丸める。
触れてもいいのか戸惑ってしまって、伸ばした腕のやり場に困っていると、遙がまた小さく呟いた。

「頭、撫でて。いつもみたいに」

ようやく触れる事が許されてホッとする。
ゆっくりと髪をかき上げるように何度も頭を撫でてやると、やっと遙の口許が嬉しそうに緩んだ。

「遙、頼むからこっち向け」

遙を抱き寄せると、今度は俺を拒まずあっさりと腕の中に収まった。
まだ拗ねたような表情を浮かべているが、先程よりはずっとマシだ。
拗ねているくせに甘えるように俺の胸に頬を寄せて、ぴったりと身体を寄り添わせているのがいじらしい。
遙が頑なに無言を貫き通しているので、俺も敢えて何も言わず、ただ遙を抱き寄せ頭をゆっくりと撫でた。

そのままあやすように頭を撫でていると、やがて遙は小さく寝息を立て始めた。
幸せそうに緩み切った寝顔を見て、こんな程度の我儘で機嫌が直るのなら可愛いものだと思い、妙に愛しくなってそっと額にキスを落とした。
じっと遙の寝顔を見つめていると、温かい陽気に何だか睡魔が襲ってきて俺も目を閉じる。
波間を漂うような眠気の中で俺はぼんやりと考えていた。
次にこうして寄り添って眠る事があるならば、眠りに落ちるその瞬間までもっと愛を囁き合いながら眠りに落ちたいと…。



少し肌寒さを感じて目を覚ました。
そして、何故肌寒かったのか悟ると俺は勢いよく身体を起こした。

遙がいない…。

慌てて周囲に視線を巡らせると、遙は波打ち際にしゃがみ込んでいた。
その小さな背中を見つけて安堵すると同時に、あまりにも遙が動かないので具合でも悪くなったのではないかと心配になる。
俺はすぐに駆け出した。

「遙!どうし…た…」

波打ち際まで走って行って、砂の上に書かれた言葉を見て俺は言葉を失った。


政宗、ゴメンね。愛してる。
政宗、好き。大好き。
好き。愛してる。大好き。
ずっとずっといつまでも大好き。
政宗だけが好き。
政宗といる時が一番幸せ。


他にも、様々な異国語の愛の言葉が書き連ねられ、恋歌も至る所に書き散らされている。

遙は小枝を持ったまま俺を振り仰いだ。
その頬には涙の跡があった。

遙は一体どのような気持ちで俺への愛の言葉をひたすらに綴っていたのだろう。
視界いっぱいに広がる愛の言葉に胸の奥が苦しくなった。
この言葉の数だけ、いや、この言葉以上に遙が俺を想っている事が伝わってきた。
潮が満ちて来たのか、波に半分かき消された言葉もあった。

「政宗、ゴメンね…」

遙は砂の上に膝を着いたまま、一筋涙を流した。

「どうして泣く?」
「だって、だって…」

遙は立ち上がると俺に勢いよく抱き付いて、首筋に顔を埋めて涙を堪えるように吐息を震わせた。

「私達に残された時間は少ないのに、私が拗ねるからっ…。もっと政宗に愛してるって言いたい。いくら言葉にしても足りないのに。だから、だからっ…!」

遙は俺の首筋に顔を埋めて涙を流しながら、何度も『ごめんなさい』と『愛してる』を繰り返した。
俺が眠っている間、伝えたくても伝えられなかった愛の言葉の群を見て、また胸の奥が苦しくなる。

それは俺達の別れを暗示しているようだった。
『ずっと一緒にいよう』という言葉はなかった。
未来に絶望した言葉もない。
ただ、どれだけ時が流れても、遙の愛が永劫に揺らがない事、どれだけ深く俺を愛している事だけが綴られていた。
遙は俺達の別れを受け入れ、その上で純粋に俺を愛している。
その想いが鋭利な刃のように俺の胸に突き刺さった。

「愛してるなんていつでも言えるだろ?だから泣くな」

やっと紡いだ言葉は掠れていた。
遙を連れ帰れる確証もないのに紡がれた言葉は空々しく海風にかき消えた。

「ねぇ、政宗。別れてしまった後でもこうして砂の上にラブレターを書いたら、波が政宗の所に私の想いを届けてくれるかなあ。私が政宗に愛してるって伝えたい時、届けてくれるかなあ」
「遙っ!」

すんすんと鼻を鳴らしながらしゃくり上げる遙を俺はキツく抱き締めた。

「お前の想いはいつだってどこにいたって俺の心に届く!俺はお前を信じているから。ずっとお前だけを想っているから。俺の心がお前を求める限り、お前の想いは俺に届く。例え生きる時空が違っても、空に願えば風が届ける。海に願えば、波が届ける。だから、もう泣くな!」
「約束だよ。海を見たら私を思い出して。政宗に伝え切れない想いがたくさんあるから」
「遙っ!」

俺は衝動的に遙の唇を奪った。
否、無理矢理塞いだ。

これ以上聞いていられなかった。
遙の想いがあまりに純粋で。
そして、切なくて哀しくて。
遙の哀しみが伝染したかのように目頭が熱くなる。
それを押し隠すように何度も口付けながら俺は遙に約束した。

お前の想いは必ず届くと。
必ず海に空に俺達の想いを願うと…。


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