Suspicious -3-

店で機械を受け取り、部屋に戻ってもなかなか遙と言葉を交わす事が出来なかった。
遙は機械を袋から取り出し、テレビに繋ぐ。
いつもあんなに柔らかく優しい空気に包まれていたこの部屋が、今は重たく苦しい空気で満ちている。
遙が取り出したのは戦国BASARA2のパッケージ。
前田慶次の絵が描かれたものだった。
どのような仕組みになっているのか分からないが、パッケージの中のCDのようなものを機械に入れれば、俺の世界に繋がる事がなんとなく予想できた。
震える手でCDを機械に入れようとする遙の手を俺は咄嗟に掴んで止めた。

まだ離れたくない。
伝えたい事がまだまだたくさんある。
まだまだ傍にいたい。

「待て」
「何?」
「まだ帰れねぇ。今、俺がここで消えてしまってもいいのか?」

遙は雷に打たれたように固まり、涙を浮かべて首を横に振った。

「いいわけないじゃない。でも…」
「言うな。仕方ないのは分かっている。でも、このまま消えてしまって元の世界に戻るのが怖いんだ。お前を置いて行きたくない。心の準備も何もまだ出来ていねぇ」

遙の手をギュッと握ると、遙は困ったように視線を泳がせ、そして別のゲームを差し出した。

「機械が本当に直っているか、動作確認だけはしなきゃ。どれでもいいんだけど、折角だから政宗が選んで」
「まだ帰らなくていいんだな?」

遙は小さく頷いた。
差し出された3つのゲームを見る。
一際グラフィックが綺麗なゲームを俺は選んで遙に差し出した。

「Final Fantasy ]ね。これ、すごく長いゲームだよ」
「だったらいつまでも帰らなくて済むな」
「最後で止まっていて、まだクリアしていないの」
「じゃあ、一緒に見るか」

少しでも帰るのを先延ばしにしたかった。
こんな気持ちのまま別れられない。
遙も俺の気持ちに気付いているのか、何も言わずにゲームを機械に挿入した。

まるで本当の世界のような綺麗なグラフィックに驚く。
確か、戦国BASARA2もとてもリアルで、俺は食い入るように真田幸村や豊臣秀吉を見つめていた事を思い出す。
そう、あれはまるで、ゲームなんかじゃなくて、本当の世界のようだった。

「すげぇ。絵巻なんて子どもの落書きに思えるくらいにリアルだな」
「そうだね」

オープニングが終わると、遙はまだクリアしていないファイルを選び、スタートした。

「長いゲームだから、途中でセーブして、続きからプレイ出来るようになっているの」
「どんな話なんだ?」

遙はそれからストーリーを話してくれた。
このゲームの世界ではシンという巨大な化け物が世界を破壊している。
他にも世界は化け物に満ちていて、それらを倒しながら、最終的にシンを倒すのだと。
主人公の男ティーダは、別の世界からやって来た男だった。
そして、召喚士ユウナと出会い二人は恋に落ちていく。
召喚士はシンを倒すのが使命だが、シンを倒すと、その召喚士が新たなシンとして生まれ変わり、世界を破壊し続けるという。
終わりのないループ。
なんてやるせない世界なのだろう。
歴史は繰り返す。
それでも、こんな形で繰り返される歴史なんていらないというのが俺の感想だ。
遙は最後、シンを倒しに行く途中、最終目的地ザナルカンドでゲームを中断したままだった。

「やっぱりこのゲーム止めようかな…。随分前に買ったから、忘れてたけど…思い出しちゃった…」
「どうした?」

遙は少し迷いつつ、記憶を探るように話し出した。

「主人公ティーダは、祈り子の見る夢の世界の住人なの。作られた世界の人間。その夢やシンを召喚している人を倒さない限り、シンを完全に消滅させられない。つまり…その人をを倒せばシンは消滅するけど…ティーダも消えちゃうってことだよ。…だから、私辛くてこのゲームを進めるのを止めちゃったんだね…」

作られた世界の人間との恋…。
遙は俺が400年前の世界からこの世界にやって来たと言っていた。
俺とは違う。
そう思うのに、何かが心の中で引っかかった。

伊東のゲームセンターでの女達の台詞を思い出す。

「戦国BASARAの伊達政宗によく似ているって言われませんか?」

400年以上のタイムラグがあって、似ているはずがない。
声まで似ているらしい。
そのゲームを見てみたいのに、それを起動したら、きっとその瞬間に俺は消えてしまうのだろう。

確かめる術がなかった。


俺は…俺ももしかしたら作られた世界の人間なのかも知れない。


「なぁ、遙。このゲーム、最後まで終わらせてみねぇか?二人の最後が別れとは限らねぇだろ?お互いに惹かれあっている二人を引き離すほど、酷なゲームなんてねぇだろ?」
「そう…かもね…」

確かめたかった。
作られた世界の住人であるティーダと本当の世界の住人のユウナ。
違う世界の二人であっても、最後は結ばれて幸せに過ごしていく。
そんな結末を期待せずにはいられなかった。

遙と言葉を交わすこともなく、ゲームの画面を二人で眺めているのは不思議な気持ちだった。
小さく縮小されたキャラ達が戦うのを眺めながら、ふと、俺もゲームの中ではこんな風に表示されているのかも知れないと思う。
箱の外から俺を眺めていた遙。
その遙と恋に落ちるなんて思っていなかった。
いや、でも、遙は俺の侍医の末裔だと言っていた。
それならば、俺はやっぱり実在する人物で、こんな箱の中にいたはずがない。
こうして、呼吸をして、身体も温かくて、生きている。
プレイヤーの指示通りに動くキャラなんかじゃねぇ。
それでも、ストーリーは作り物のくせにやけにリアルで、もしかしたら、俺だって誰かの作り物なんじゃないかとも思えた。

小骨が喉の奥に引っかかったように気にかかるのに、俺は聞けなかった。
本当は俺は誰かの作り物なんじゃないかと。

ゲームはついにエンディングに差し掛かった。
エボン・ジュを倒し、シンを消滅させたユウナは、命を落とすことなく生きていた。
でも、ティーダが別れを告げる。

そして……。
あれほど期待していたのに。
作り物の世界だから、きっと都合よく二人はずっと幸せに暮らしていくのだと思っていたのに。


ティーダは消えてしまった。
祈り子の見せていた夢だったから。


夢が覚めれば、夢の中のものは全て消えてしまう。
俺も誰かの見ている夢なのか。
誰かの創造物なのか。

聞きたいことは山ほどあったが、ユウナとティーダの別れのシーンを見てポロポロと涙を零している遙にとても聞けなかった。

「やっぱりゲームでもそんなに都合よくみんな幸せになれないよね。あんなに愛し合っていたのに、やっぱり住む世界が違うから、別れなきゃいけないんだね」

ティーダと別れた後のユウナの独白を聞いて遙は静かに涙を流す。

「私、あんなに強くなれない。政宗との思い出はどれも幸せなものばかりだから、会いたくて堪らなくなる、きっと。私、あんな風に笑えるようになるのかなぁ。強くなれるのかなぁ。政宗…」

遙は手を伸ばし、俺の頬にそっと触れた。
そして、指先でそっと俺の顔の輪郭をなぞる。
まるで俺の存在を確かめるかのように。
まるで俺の知っている遙ではないように、遠い目をして眩しそうに俺を見つめる。

遙の指先が俺の唇に触れ、堪らず俺は遙を抱き寄せた。
そんな遠い目で俺を見つめる遙を見ていられなかった。
俺はここにいる。
ティーダのように、ユウナに触れることなく消えたりなんかしない。
消えるその瞬間まで遙に触れて、温もりを離さないように。
最後の瞬間まで、その温もりを腕の中に閉じ込めておきたかった。

「政宗っ…!私、我侭だ。まだ政宗と離れたくない。本当はティーダみたいに、最後まで笑顔でいて、そして別れたいって思うのに、出来ない。私、笑うことなんて出来ないよ。政宗が大切だから。こんなに心の中が政宗で占められているからっ。もっと政宗と一緒にいたい」
「っ……。一緒にいればいいだろ?こんなお前を俺が放っておけるわけねぇだろ?」

遙は頷きもせず、首を横に振ることもせず、ただ静かに俺の腕の中で泣いた。

もっと抱き締めたい。
もっと微笑み合って、優しい時間を過ごしたい。
あと少しでもいいから。
別れを先延ばしにしたい。

「なぁ、遙。お前の大学が始まるのっていつだ?」
「ちょうど3週間後だよ」

遙と最初に出会ったのが約1ヶ月前。
機械は予定通り修理されて遙の元へ戻ってきた。
その頃は俺たちがこんな関係になると思っていなかったから、別れのことなんて考えていなかった。

「遙、俺は帰らねぇ。あと3週間。お前の忙しい日常が始まるまでの間だけでいい。そばにいさせてくれ」

遙はぴくりと身体を震わせ、俯いたまま口を噤んだ。

「……大学が始まる前にやっておきたいことがあるから、9月5日までなら……」

今日は8月21日。
残された時間はあと15日。
それでも今日帰るよりずっとマシに思えた。
15日後、俺達は永遠に別れなければならない。
おそらく。
遙を連れ帰れるという期待をずっとしていたが、さっきのゲームのエンディングを見て、現実はやっぱりあのゲームと同じくらいに厳しいものだと心の底で感じている。
そう、どんなに明るい未来を脳裏で描いてみても、それは期待すればするほど裏切られる結果になると思うと、夢は色あせ、花が枯れるようにしぼんでいく。

「それまでで構わねぇ。遙、まだお前を離したくない」

抱きすくめると、遙は躊躇うように小さく頷いた。
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