Suspicious -4-

俺も遙も食欲がなくて、簡単な食事を摂り、別々に風呂に入って、こうして今はベッドの中にいる。
あのゲームのエンディングを見て以来、俺も遙もどう距離を取っていいのか分からず、少し身体を離して所在無くベッドに横たわる。
つい昨日まで、互いの肌の一部ではないかというくらいに触れ合っていたのに、目に見えない壁がそれを阻む。
何も知らずにいられれば良かった。
ただ、優しく触れ合って微笑み合いたいだけなのに。

遙は憔悴しきったように、ぐったりと横たわっていた。
そっと手を伸ばして頭を撫でると、遙はぴくりと身体を震わせ、睫毛を震わせる。
一生懸命涙を堪えていたようだが、やがて堪えきれずに目尻を涙が伝っていく。
薄っすらと目を開けた遙はまた眩しそうに俺を見つめた。

あのゲームをプレイして以来、遙は何度もこうして俺を遠い目で見つめた。

やっぱり、俺も現実には存在していなくて、ゲームの中の人間なんじゃないだろうか。

「なぁ、遙…俺……」
「なあに?」

思い切って聞こうとして、出来なかった。
自分自身が作り物だとしたら、酷く傷付きそうだったから。
疱瘡にかかったことも母上に忌み嫌われたことももし作り事だったら、それを作った人間を恨まずにはいられそうになかった。

「俺…伊達政宗ってどんなやつだったんだ?」
「ついこの間話した通りだよ。政宗様は、智に長けた方で、私の憧れの方」
「何か、俺に関わるもの、持ってるか?」

確かめたかった。
自分自身の存在を。
未来を知りたいとは思わなかったが、この世界に、遙と同じ世界に存在していた証が欲しかった。

「実家に帰ればもしかしたら何かあるかも知れないけど、ほとんど博物館に寄贈されちゃって、政宗様ゆかりのものはなかなか残っていないと思うよ。どうして?」
「仙台に行けば、俺ゆかりのものが残ってるんだよな?」
「うん、そうだけど…。どうして?自分の未来は知りたくないでしょう?」
「それはそうだが…」

言いよどんで目を伏せると、遙は携帯をいじりだした。

「政宗様ゆかりのものを直接持っているわけじゃないけど、私、実家に帰ると時々政宗様のご霊廟にお参りに行くから…ほら、瑞鳳殿の写真」

遙は携帯に映し出された写真を取り出した。
絢爛豪華な霊廟。
そこには、竹に雀の家紋と九曜紋、菊の御紋が彫りこまれて眩く金色に輝いていた。

間違いない。
この家紋は伊達家のものだ。
そして、天皇家の菊の御紋が彫りこまれているということは、俺はもしかしたら天下人になったのかも知れない。

先程見たゲームのグラフィックとは違う。
この世界の、遙と一緒に写真を撮ったのと同じようなリアルな風景。
これは、この世界に実在しているものだ。

「政宗の未来に関するものはあまり見せたくなかったんだけど。仙台城は戦争で焼けてなくなっちゃってて。このご霊廟も戦後に建て直されたものなの。仙台に行きたかった?」
「いや、いい」

きっと俺自身は見る事が叶わなかった霊廟、瑞鳳殿。
俺好みのシックな黒漆の壁に、金箔で覆われた煌びやかな家紋。
仙台に行かなくても、この写真から伝わって来た。
これは、多分未来の俺が望んで作られたものなのだと。

胸に渦巻いていた不安が、写真を眺めていると少しずつ治まってくる。
俺は深く息を吐くと、遙を引き寄せ、遙の頭に顔を埋めて抱き締めた。

「お前、あったかいな」
「政宗、どうしたの?何か変だよ?」

もぞもぞと動く遙をキツく抱き締める。
さっきまでの緊張から緩んだ顔を見られたくない。
額にキスをして、抱きすくめると、遙はようやく抵抗を止めた。

「お前こそ変だろ?」
「だって…」
「Stop. いいか、遙。俺はここにいる。まだ帰らねぇ」
「うん」
「俺達、結婚して何日目だ?」
「まだ5日目」
「そうだ。だから、そんな辛気臭い顔すんな。お前には笑っていて欲しい。俺が帰ることも全部忘れて。遣り残した事がないように、精一杯お前と遊んで、抱き合って微笑み合って。悔いがないようにして帰りたい。もっとお前の笑顔を見せてくれ」

遙は身体を強張らせて俯いた。

「……すぐには無理かも……」
「遙……」

今日の出来事は、俺にとってもショックだったが、俺よりもっと繊細な遙にとっては耐え難いほど辛かったのだろう。

「でも…」
「何だ?」

遙は俺の背中に腕を回してギュッと抱き締めた。

「今夜はたくさん抱いて。政宗でいっぱいにして。考える余裕がないくらい、たくさん。そうしたら、私、きっと別れを忘れられる。いつもの私に戻れるよ…」

泣き虫なくせに、恥ずかしがり屋のくせに、時折こいつは大胆に俺を誘う。
それが、俺にだけ向けられる愛情だと知っているから余計に愛しい。
繊細で感受性が豊かなのに、本当に芯が強い女だと思う。
守ってやらなければと思うのに、本当は俺の方が救われているのかも知れない。

「今夜は気絶する覚悟でいろ」
「うん」

そう言って遙の頭を引き寄せてキスをする。
言葉とは裏腹に、あの浜辺で飽きることなく交わしたキスと同じ、優しい甘いキス。
目を閉じれば思い出せるように。
別れを意識しなかったあの頃と同じ純粋な気持ちで愛し合えるように。
そんな願いを込めて、俺は遙を愛撫しながらひたすら蕩けるようなキスを繰り返した。

もしも願いが叶うのなら、あの逃避行を繰り返したい。
俺達の別れからの逃避行。

あと15日間。
考える余裕がないくらい、俺はお前を愛して幸せにするから。

結局、乱れる遙に誘われるままに抱いてしまって気を失ってしまった遙を見つめる。
何時間も休む間も与えずに抱いたのだから仕方がない。
水を取りに行こうと思って身体を起こそうとすると、意識がないと思っていた遙の指が手首に絡みついた。

「遙、起きたのか?」
「行かないで」

遙は縋るように俺の胸に頬を寄せた。

「政宗、好き。愛してる。傍にいて」
「分かった」

遙を抱き寄せると、遙はようやく嬉しそうに笑った。

「ねぇ、政宗。私、考えたんだ。どうしたら幸せになれるかって」
「ああ」

少し寂しげに弧を描いた口許は儚くて。
でも、とても穏やかで綺麗な表情をしていた。

「私ね、政宗と別れるその日までもう泣かない。たくさん、政宗と出かけたり抱き合ったり、楽しい事をするんだ。後で後悔しないように。恵比寿のライブハウスでライブ見たり、六本木で朝まで遊んだり、ホテルで夜景見たり、政宗とやりたい事、まだまだたくさんあるもの。プールも一緒に行きたい。花火もしたい。そうして、やりたいこと、全部やって、一緒に笑いあって。楽しい思い出を増やすの。だから、もう悲しんだりしない。これから政宗と一緒に出来ること、したいことだけ考えて、政宗の隣りで笑っていたい」

言葉が出なかった。
さっきまで泣いていた女とは思えないほどに、柔らかい表情で告げる遙は美しかった。
遙のいじらしい決意に、俺の方が泣けてきそうになる。


何で、守ってやらなきゃと思うのに、お前はそんなに強いんだ。
何で別れることしか出来ない俺をそんなに愛してくれるんだ。


言葉にしたら、涙がとめどもなく溢れそうで、俺はただ短く返事をすることしか出来なかった。

「ああ。思い出たくさん作ろうな」
「うん」

遙は穏やかな笑みを浮かべたが、またその瞳が潤み出す。

「あれ?約束したのに、ゴメン…」
「構わねぇ。今日だけ許す」

遙の後頭部を引き寄せ、顔を胸に押し当てると、胸元を温かい雫が濡らしていく。
声を殺して遙は泣いた。
そして、遙に見られないように、俺も静かに泣いた。

もしかしたら俺はお前より弱い男かも知れない。
お前を失うと思うだけで、涙が溢れてくる臆病者だ。
それなのに、お前には微笑んでいて欲しい、我侭な男だ。

今日だけ泣くのを許してやる。
だから…。
今日だけ俺も泣かせてくれ。
明日から、もう一度この世で一番幸せな花嫁にしてやるから。


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