それは乗馬だった。
私達は自然溢れる郊外へと車を走らせた。
長いこと車の中にいた政宗は、車が停まるとようやく羽を伸ばすように機嫌良く伸びをした。
駐車場は馬場の裏手にあり、車を降りて少し歩くと、牧場で乗馬をしている人達が見えて政宗の目が輝く。
懐かしそうに嬉しそうに隻眼を細めて政宗は笑った。
「早く行こうぜ」
手続きを済ませると、待ち切れないように政宗は足早に馬場へと歩いていく。
私はその背を追いかけた。
ライセンスも何も持たない私達はいわゆる体験乗馬のコースを申し込んだ。
係員の説明をろくに聞かず、政宗はひらりと馬の背に乗った。
「政宗!?」
「お客さんっ!?」
私達が驚きの声を上げるのを無視して、政宗は鮮やかな手綱さばきで馬を操っている。
牧場を颯爽と馬を駆る政宗は嬉しそうだった。
柵の中を走っているのがもったいないほど軽やかに馬を駆っている。
これが本来の政宗の姿なんだろう。
風を切って馬を走らせる政宗は凛々しくて頼もしくて。
私はその姿に見蕩れた。
「お客さん、とても上手いね。ライセンスを持ってないのがもったいないくらい」
愛想良く笑う係員のお兄さんに微笑み返すと、間近に蹄の音が迫る。
顔を上げようとする前に身体がふわりと浮き、私は政宗に抱き上げられていた。
「他の男と嬉しそうに話してんじゃねぇ!」
「政宗!?」
政宗は私を馬の背に跨がらせると、私の腰を片手で抱いて馬を走らせる。
係員のお兄さんが慌てた声を上げるが、私はそれどころじゃなかった。
政宗は柵に向かって走っていた。
「政宗!ぶつかる!」
柵は、とても馬が乗り越えられるような高さではなかった。
怖くなって身体をこわ張らせて目を瞑ると、政宗は不敵に笑った。
「Ha!Partyはこれからだぜ!Ya-ha!」
次の瞬間、馬は勢い良く跳躍し、一際空が近くなったと思ったら、柵を乗り越えていた。
後ろから係員の慌てた声が聞こえてくるが、それがすぐに遠ざかっていく。
疾走する馬の背の上は思ったより不安定で、私が立て髪にしがみつくと、政宗は私を抱く腕に力を込めた。
「Don't be afraid. 楽にしてろ」
やがて政宗は木々に囲まれた遊歩道へと馬を進めた。
視界に鮮やかな緑が広がり、それが勢い良く過去っていく。
眩い木漏れ日の中、風を切って走って行くのは何だか心地良かった。
道路を走るのとは全然違う。
全身が自然に包まれて、生命の躍動感が伝わって来る。
景色を見る余裕が出てくると、政宗は私の耳元で忍び笑いを漏らした。
「馬もなかなかいいだろ?」
「うん!」
しばらく政宗は無言で小道に沿って馬を走らせる。
背中に躍動する政宗の温もりを感じて愛しい。
言葉なんていらなかった。
振り返らなくても政宗の生き生きとした表情が目に浮かぶようだった。
私も段々馬のリズムに身体が慣れていく。
私を抱き締める政宗の腕が力強くて頼もしい。
背中を政宗に預けると、政宗は忍び笑いを漏らし、後ろから私のこめかみにキスをした。
やがて森の中に泉を見付けると、政宗はそこで馬を止めた。
馬を泉のほとりに連れて行くと、手慣れた手つきで馬に水を飲ませる。
「You did a great job!God boy!」
ぽんぽんと政宗に首を叩かれて馬も何だか嬉しそうだった。
「な、遙!やっぱり乗馬はいいだろ?」
「うん、風が気持ち良かった」
私が笑うと政宗も一層笑みを深めた。
「お前ともっと遠乗りしたい。果てがないほど遠くまで…」
「政宗…」
切なげに揺れた瞳が哀しかった。
その瞳が離れたくないと告げていた。
哀しくて目の奥がじんとする。
政宗はそれに気付き、すっと目を閉じて開けると悪戯っぽく笑った。
「まぁ、例えお前を連れ帰れても、小十郎が許してくれそうにねぇけどな」
「ふふっ、じゃあ、小十郎も一緒に行けばいいじゃない」
これは私達の切なる夢だ。
二人共叶わない事なんて知っている。
でも、もう少し楽しい夢を見ていたかったから、私も悪戯っぽく笑って答えた。
「Ha!それもそうか」
「いいなぁ。私も一人で馬に乗れるようになりたい。そうしたら、皆で遠乗りに出かけられるね」
「そうだな。これから俺が手取り足取り教えてやるよ」
政宗は十分馬を休ませると、私に馬の扱い方を教えてくれた。
まだまだ一人で乗るのは難しいけど、木漏れ日の中、政宗と乗馬の練習をするのは楽しかった。
政宗と同じ視線で自然を身体で感じられるのが嬉しかった。
きっと政宗と一緒にこうして馬に乗る事などこの先ないだろう。
でも、私は政宗が教えてくれた事を忘れたくないから、政宗が帰ってしまった後、乗馬を学ぼうと心の中で誓った。
追憶の欠片を拾い集めるように、政宗との思い出をずっと抱き締めていようと誓った。
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