狂い咲き -1-

久し振りに早く目覚めた私達は、築地で朝食を取る事にした。
確かに仙台は海が近いけれど、政宗の時代に新鮮な魚介を城まで届けるのは難しい。
折角築地が近いから、政宗には一度江戸前寿司を食べて欲しかった。
朝からゆっくりと色々なネタを少しずつ食べて贅沢な気持ちに浸る。
政宗は生で食べる新鮮な魚に目を輝かせていた。

「朝から食い過ぎた。少し歩かねぇか?」

少し顔をしかめてお腹の辺りを擦る様子に小さく笑ってしまう。

「笑うなよ」
「ゴメン。何か可愛くて」

笑いを堪えながら謝ると、政宗はますます不機嫌になった。

「男が可愛いって言われて嬉しい訳ねぇだろ。お前の方がずっと可愛い」

ふいと顔を背けて政宗が歩き出す。
拗ねている様子も何だか可愛らしくて笑みを零しながら私も政宗を追いかけた。

「家の方に歩けばいい?それとも銀座の方がいいかな?」
「銀座だな」

政宗は即答し、振り返った。
口許には楽しそうな笑みが上っている。

「銀座にARMANIがあるだろ?」
「もう…。私はいらないからね?」

念を押さないと、今度はどんなドレスを着せられるか分からない。

「ただ見るだけだ。……多分な」

政宗はARMANIがよっぽど気に入ったのか、今もARMANIのブラックジーンズと黒いシャツを着ている。
広く寛げられた胸元にはロケットと悪魔十字が揺れている。
築地を歩くオバちゃん達の視線釘付けだ。
早く銀座に行った方がいいかも知れない。

私達は足早に交差点を渡った。


築地から銀座は地下鉄で2駅。
歩いてもさほど遠い道のりではない。
高層ビルが立ち並ぶメインストリート、晴海通りをのんびりと歩く。
首都高速を下に眺めながら橋を渡ると、もうそこは銀座の入口、東銀座だ。
このまま真直ぐ歩けば政宗のお目当てであるARMANIの路面店がある。

不意に政宗に手をぐいと引かれて私は政宗を見上げた。

「Hey, あの建物は何だ?」

政宗の指差す方を見やると歌舞伎座が見えた。
周りは近代的なビルが立ち並んでいるのに、歌舞伎座だけ正面が純和風で異質なたたずまいだ。

「あの絵は芝居か?じゃあ、あれは芝居小屋か?」
「芝居…うん、歌舞伎だよ。政宗、知ってる?」

日本史の知識を思い出しながら尋ねる。
歌舞伎は確か、出雲の阿国が始めて、広まったのは江戸時代だったような気がする。
政宗様や信長といった戦国大名は歌舞伎ではなく能の観賞を楽しんでいたはずだ。
政宗様は確か能楽師の育成に熱心だった。

「ああ、知ってるぜ。出雲の阿国が始めたと言われてる。城下でも女歌舞伎や若衆歌舞伎が流行ってたな。ただ…」

政宗はそこで言い澱んで眉を顰めた。

「どうしたの?」

少し言い難そうに政宗は続けた。

「前にお忍びで城下の芝居小屋に行った事がある。女歌舞伎だったが見られたもんじゃないぜ。あそこは春を売る所だ。俺は同じ買うなら太夫の方が洗練されてて好きだ」

芝居小屋を思い出しているのか、眉を顰めて話していたのが、色町の話になり、政宗の頬が緩む。


…政宗ってやっぱり太夫の所に通っていたんだ…。


太夫と言えば、芸事も教養も作法も一流。
そして、男を悦ばせる技だって一流だ。

政宗様といえば天下の伊達男。
趣味も教養も一流。
私にはそんな洗練された趣味もないし、果たして政宗を満足させているかなんて自信がない。
男性経験だって乏しい。
きっと太夫達は政宗を精神的にも肉体的にも満足させて来たんだ。
そう思うと、政宗が抱いて来た女の人に妬けて仕方ない。

唇を噛んで俯くと政宗は私の顔を覗き込んだ。

「What's wrong?」
「Nothing」

ふいと顔を逸らすと顎に手をかけられて政宗の方を向かされる。
嫉妬して歪んでいる表情なんて見られたくなくて、顔を再び背けると、今度は強引に政宗の方を向かされた。
私は目を合わせる事が出来なくて、視線だけは背けたままだった。
政宗が喉の奥で笑う。

「妬いたか?」

揶揄するような口調に悲しくなってきて、涙が滲みそうになる。
政宗の手を振りほどこうとすると逆に引き寄せられ、ギュッと抱き締められた。

「Sorry, come around. I was just teasing you. (からかっていただけだ。)嫉妬されると愛されてるって気がするな。お前は可愛い」
「っ…意地悪。嫉妬してる私なんて可愛くないじゃないっ」


私なんか太夫みたいに綺麗じゃないし、洗練されてないし、政宗を満足させられてるか分からないもの…


そう呟くと、政宗はそっと私の額に口付けた。

「遙、お前以上に俺を満足させられる女なんていねぇよ。俺にとってはお前の存在自体に意味がある」

私はまだ素直になれなくて俯いたままだった。
政宗はそっと私の頭を撫でた。

「お前を試したかっただけだ。俺の過去を知って尚、俺を愛せるか」
「出来れば知りたくなかったよ…」

呟いて溜め息を吐く。

「でも、仕方ないね。政宗だって私の前の彼氏の事知ってるし…。政宗の過去を知ったからって嫌いになれるわけないでしょう?どうして苛めるの?」

政宗を見上げると、政宗は嬉しそうに悪戯っぽく笑っていた。

「お前が可愛いからだ」
「嫉妬してる私なんて可愛くないよ。そんなの嬉しくない」

一層笑みを深めると政宗は私の頭を軽く小突いた。

「これでおあいこだ。男が可愛くねぇのと同じだぜ?」

さっき可愛いって言ったのをまだ根に持っていたのかと思うと思わず脱力してしまう。
やっぱり天下の伊達男だ。
政宗のプライドの高さは伊達じゃない。

政宗は私の手を引いた。

「400年以上も芝居が続いているなんて驚きだぜ。見に行こうぜ」
「好きじゃないって言ってたくせに」
「楽の音が恋しくなっただけだ」

政宗の目はどこか懐かしむようだった。

小十郎は笛の名手だった。
その腕を輝宗様に見込まれて政宗様の守役に抜擢された程だ。
普段はそんな所は微塵も見せないけど、政宗だって故郷が恋しくなる事だってあるのかも知れない。
こちらの世界に来て一月近く。
政宗がホームシックになっても誰も責められない。

「うん、分かった。じゃあ見に行こうか」

私達は交差点を渡り歌舞伎座に向かった。
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