狂い咲き -3-

幕が開くと、正面に岩を模した台があり、右手に御囃子を演奏する人達が裃を着けて正座している。
政宗は「ほう」と感嘆の声を漏らした。

「袴なんて見るの一月振りだぜ」

そのまま食い入るように政宗は舞台を見詰めている。
三味線の演奏に合わせて長唄が始まる。
鼓と笛の音色が重なると、政宗の表情はリラックスしたように緩み、心地良さそうに楽の音に耳を澄ませている。

「あの楽士、なかなかやるじゃねぇか。小十郎ほどとは言わねぇが、かなり上手いぜ」

私の耳元で小声で囁くと、政宗はまた舞台に目を戻した。
私は役者がまだ舞台に上がっていない事を確認すると、チラシに目を通した。

親獅子が子獅子を千尋の谷から突き落とし、見事谷を駈け登ってきた子獅子を親獅子が褒め迎え、親子で獅子の狂いを舞い踊るというのが連獅子のストーリーだ。

シャンと鈴の音が鳴ると拍手が沸き起こった。
どうやら花道から役者が現われたらしい。
やがて舞台に現われた役者は、獅子の姿ではなく人型で何だか拍子抜けする。
でも、初めて生で見る舞は迫力があってすぐに私は夢中になった。
時折隣りに座る政宗を見やると、腕組みをして、鋭い視線で値踏みをするようにじっと舞を見詰めていた。

父獅子に母獅子と子獅子が加わり、舞台が華やぐ。
子獅子の愛らしさに目を奪われていると、やがて父獅子が舞台中央で踊り出した。
父獅子役は中村橋之助。
テレビでしか見た事がない事を改めて思い出し、オペラグラスで眺める。
見栄を切った瞬間、すぐそばの席から絶妙のタイミングで「成駒屋!」と声が上がる。

見栄を切る角度。
粋な長唄。

全てがカッコ良くて思わず溜め息が漏れる。

「カッコいい…!」

小声で呟くと、政宗にぐいと腕を引かれた。
思わずオペラグラスを取り落としそうになって隣りの政宗を見ると、ギロリと睨み付けられた。

(他の男に見蕩れてんじゃねぇ!)
(そんな無茶な!演劇なんだから仕方ないじゃない!)

耳元で囁かれて抗議すると、政宗は一層眉間に深く皺を寄せて、私をぐいと引き寄せた。
そして、首筋に噛み付くようなキスを落とすと、私の肩に腕を回し、抱き寄せるようにしてまた舞台に視線を戻した。

映画館でこういうカップルはいるかも知れないけど、流石に歌舞伎座ではいないだろう。
周りから浮いてないか不安になり、辺りを見回そうとすると、また政宗が首筋にキスを落とす。

(大人しく俺の腕の中にいろ。気が散るだろ)

いや、落ち着かなくて気が散るのは私の方なんだけど、と思ってみても、政宗が聞き入れてくれないのなんて分かりきっているから私はそのまま諦めて政宗に身体を預けた。

子獅子が岩の上から飛び降り、奈落へと消えていくと拍手が沸き起こり、やがて親獅子も舞台から去って行った。

しばらく御囃子が続く。
政宗にとって、やはり鼓や三味線の音色は心地良いのか、口許を綻ばせ、軽く指先で膝を叩いてリズムをとっている。
三味線の早弾きのソロでは、また軽く感嘆の声を漏らし、食い入るように見詰めている。

長唄が始まると、私もテレビで見た事のある長いかつらを被った親獅子が舞台に登場した。
千尋の谷に落とされた子を心配する母獅子の様子が伝わってくる。
父獅子は悠然と構えていて、何だか亭主関白だなあと思う。

子獅子が戻って来ると、一気に舞台が華やぐ。
御囃子も最高潮に盛り上がり、テンションが上がっていく。
人型より獅子型の方が見栄一つ切っても断然カッコいい。
隣りの政宗も身を乗り出すようにして舞台を見つめている。

最後に、獅子の狂い舞が始まった。
いわゆる元祖ヘッドバンギング。
乱れ狂うような楽の音と相俟って、否応なしに心が高揚していく。
観客からは拍手が沸き起こり、狂い舞う獅子を舞台に遺したまま、幕が閉じて行った。
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