翳る日差しに映し出されて -3-

土曜日の遊園地は混んでいた。
夏の終わりを惜しむように、人々は羽を伸ばして思い思いに楽しそうな笑顔を浮かべている。
肌を焼く太陽の熱は先週より和らぎ、もうすぐ秋が到来する事を予感させた。
変わらないのは政宗と繋ぐ手の温もりだ。
私達は指を絡めて手を繋ぎ、行列を待つ間も互いの指をそっと愛撫して微笑み合うだけで何だか満たされて、時間が過ぎるのもあっという間だった。

ゲートをくぐると私達は遊園地の一角にあるプールを真っ直ぐに目指した。
政宗に更衣室の使い方を説明する。
今まで政宗が私以外の他人の前で着替える事なんてなかったから、少し不安だったけど、政宗は大丈夫だと言って手を振ると更衣室へ消えて行った。

政宗の事を心配しながら私も着替える。
政宗が選んだ水着は、黒いワンピースで、裾にヒラヒラとしたスカートがついていて、そのスカートはアンシメトリーでダークグレーのゴシックな柄が描かれていた。
ちょっと私の好きなブランドに似ている。
胸元も布がクロスしていててろてろとした感触のレースがあしらわれていて可愛い。
鏡の前で着た事がないので似合っているか不安だったけど、私は荷物を確認して政宗の所に向かう事にした。

…更衣室の外が騒がしい。

いや、騒がしいというより、出口が混雑していてなかなか出られない。
外から聞こえるがやがやとした音に黄色い声も混じっていて、何だか嫌な予感がする。
人の波をかき分けて外に出ると、人だかりが出来ていた。
その人々は皆女の子で、その中心に頭一つ分抜きん出ている長身の男の人がいる。

「Honey, I was waiting for you!」

嬉しそうに笑った渦中の人は政宗だった。
政宗はまるで芸能人のように取り囲まれていた。
それもそのはず。
鍛え上げられた綺麗な長身美形がいたら、誰だって思わず振り向くだろう。
政宗は自分の肌の事を気にしているけど、そんなの言われなければ気付かないほどだ。
周りを取り囲む女の子達の熱い視線なんてどこ吹く風。
さらりと無視をして私に歩み寄ると、少し距離を置いて立ち止まり、私の爪先から頭のてっぺんまで眺めて、言葉を失い頬を染める。

「お前、すっげぇ可愛い!でも…谷間が気になる…。お前、絶対に俺から離れんなよ?」

嬉しそうに口許を緩めていたと思ったら、いきなり少し不機嫌な表情になって、政宗は周りを牽制するように私の肩を抱いて歩き出した。

「ねぇ、政宗。見られてるよ?」

女の子達の視線が痛い。
こんなにも顔立ちが整った男の人なんてなかなかいない。
大方、私が釣り合っていないとでも思われているのか、その視線は羨望に満ちていて、少しの悪意が込められている。

「見られてんのはお前の方だ」

政宗は少し厳しい顔で私を見る。
以前もこんなやり取りをした事を思い出して、なんだかおかしくなった。

「前にもこんな事あったよね」
「そうだな」

ようやく政宗が頬を緩めて笑った。
私も政宗の腰に腕を回して寄り添うようにして歩くと、政宗の機嫌が少しずつ浮上していく。
少し混雑したプールサイドを、政宗が私の肩を抱いて器用に人ごみをすり抜けていく。
力強いエスコートに心がときめく。
政宗を見上げると、視線に気付いた政宗がフッと笑った。
その笑顔が眩しくて。
私は思わず見蕩れる。

「どうした?」
「政宗がカッコいいなって。素敵な彼氏と二人でプールに来るのが夢だったの」
「お前、男と来たことねぇのか?」
「友達とグループで来たことはあるけど、彼氏と二人っきりは初めて」
「そうか」

政宗は微笑むと、私の耳元で囁いた。

「まぁ、正確には『彼氏』じゃなくて『旦那』だけどな」
「あ…」

東京の喧騒に戻ってきて少し忘れる事があるけど、政宗はもう恋人ではなくて夫だ。
それでも、まるで恋人のように政宗が私に接してくるから忘れてしまう。
政宗は、きっといつまでも新婚のような恋人夫婦になるのだろう。

政宗とずっと一緒にいられれば…。

そう思いかけて私は考えるのを止めた。
その先は哀しい答えしか待っていないから。
私は意識を切り替えて、ウォータースライダーを指差した。

「ここのウォータースライダーは二人で滑れるの。彼氏に後ろから抱き締められて遊ぶのが夢だったんだ」
「だから、彼氏じゃなくて旦那だ」

いちいち私の言葉を訂正する政宗がなんだか可愛くて笑みが零れる。

「政宗っていつまで経っても恋人みたいなんだもん」
「結婚したからってそうそう変われるもんじゃねぇだろ?」

愛してる。

そう囁いて、政宗は周囲の目も憚らず私の頬に軽くキスをした。
プールの水面に揺らめく私達の影。
重なり合い、そして少し離れる。
恋人夫婦の私達の影は、陽炎のように滲んで揺れる水面に消えた。


プールサイドに荷物を置いて、私達はウォータースライダーへ向かった。
曲がりくねった大きなチューブのウォータースライダーは人気があるらしく、長蛇の列が出来ていた。
その列に手を繋いで並ぶ。
指先を絡めて、政宗の結婚指輪に触れると、政宗は嬉しそうにフッと笑った。
空は晴れ渡り、夏の名残の太陽の光がじりじりと肌を焼く。
政宗の笑顔も太陽の光も眩しかった。

とりとめもない話をしながら、互いの肌に触れ合うだけで満たされる。
最初は周囲の視線が気になっていたけれど、政宗に優しく微笑みかけられ、時折そっと抱き合ったりしていたら、政宗しか目に入らなくなった。

人々が着水する度、大きな水飛沫が上がり、太陽の光を反射してキラキラと煌めく。
それが涼しげで、同時にとてもわくわくしてくる。

「気持ち良さそうだな」
「そうだね。早く順番が来ないかな」

政宗と水で戯れるのが楽しみで、手摺から身を乗り出して眺めると、政宗は「子どもみたいだ」と言って、私を後ろから抱き締めた。
忍び笑いの吐息が耳元をくすぐり幸せな気持ちになる。
振り返れば政宗の優しい視線とかち合った。

そうしているうちに列はゆっくりと短くなっていき、ついに私達の順番がやって来た。

スライダーに座ると、政宗が後ろから私を抱き締めるようにして座る。

「遙」
「なあに?」

政宗が笑いを含んだ声で私の名を呼ぶので振り返った。
政宗は唇の端をつり上げて笑っている。

「温いのは好きじゃねぇ。覚悟しろ」

言うが早いか、政宗は勢いをつけて滑り出した。

「きゃあ!」

身体がふわりと浮くような感覚に包まれたと思ったら、水色のチューブが目まぐるしく視界を過去っていく。
私を抱き締める政宗は楽しそうにくすくすと笑っていた。
視界が開けて、青い空が広がる。
思わず歓声を上げるとすぐに私達はプールの中へ投げ込まれた。
頭まですっぽりと水に浸かり、冷たい水が肌に心地良い。
プールから顔を出すと、少し離れた所で政宗がぷるぷると頭を振っていた。
目が合うと、政宗は楽しそうに唇の端をつり上げて笑った。

「気持ちいいな!もう一度乗ろうぜ!」
「うん!」

太腿近くまで深さのあるプールから上がろうとするけれどなかなか前に進まなくて焦れる。
政宗はそんな私を見てくすくすと笑い、私の手を取って歩き出した。
互いの濡れた髪をかき上げて笑い合う。
何の他愛もない事なのに、それが楽しくて、幸せで。
私達はまたスライダーの列に並んだ。


何度かスライダーで遊んで、今度は浮輪を膨らませて流れるプールへ行った。
浮輪でぷかぷか浮かび、流れに身を任せる。
政宗は私を浮輪ごと抱き寄せ、同じく流れに身を委ねていた。
プールは混んでいたけれど、こうして抱き寄せられると、自然と二人の世界に入っていく。

「何か幸せ」
「そうだな。水遊びなんてお前と出会うまでした事ねぇからな。こんなに気持ちいいと思わなかった。海とまた違っていいな。水が穏やかだ」

目を細めて笑う政宗が何だか愛しくて、可愛くて。
ふとした悪戯心を起こして、手のひらで水鉄砲を作り政宗の顔にパシャリと水をかける。
政宗は驚いたようにびくりと身体を跳ねさせて、そしてニヤリと笑った。

「Hey, 遙。いい度胸だな」

政宗は言うが早いか私の顔にバシャンと水をかける。
顔を拭う暇もなく立て続けに水をかけられ、私も顔を背けながら、政宗に水をかけて応酬した。
馬鹿みたいに二人とも頭のてっぺんから水を滴らせて、どちらからともなく笑い合う。

水面に反射する太陽の光が眩しい。
でも、一番眩しかったのは政宗の笑顔だった。
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