そして、遙を見つめる。
「遙、聞きたい事がある」
聞きたい事は山ほどあった。
しかし、どれも酷く遙をなじってしまいそうで、激情を抑えるために押し殺した声は震えていた。
心臓が早鐘のように脈打つ。
遙は俺の問いを予想していたように俺を見つめた。
その瞳は哀しみの色に深く染まっていた。
ここまで来れば愚問だろう。
それでも俺は聞かずにはいられなかった。
「遙…。俺はgameの中の人間なのか?」
遙は苦しそうに顔を歪めて、そして頷いた。
分かっていた事なのに、遙自身からそれを確かめると、血の気が引いて行くのが分かった。
身体に訳の分からない痺れが広がっていく。
なのに心の中はぐらぐらと何か沸き立つようで、激情が溢れ出す。
俺は遙の小さな肩を掴んで揺さぶった。
「お前はそれを知っていて俺を愛したのか!?それとも、その愛すらまがい物だったのか!?俺は薄っぺらいgameの中の人間なんだろ!?血も通わない、誰かの創造物なんだろ!?」
一度口を開いたらもう止まらなかった。
全部否定して欲しかった。
あの愛は偽りではないと。
一人の男を愛したのだと。
「まがい物な訳ないでしょう!?見せかけだけで愛せる訳ないよ!」
珍しく遙が声を荒げる。
俺もつられて声を張り上げた。
「じゃあ、何で俺を愛した!?こんな…こんな作り物の俺なんかを…!」
「作り物だなんて言わないで!政宗がgameの中の人間だったって始めから知ってた。でも…。私はそれを信じたくなかった!いつだって認めたくなかったよ!」
遙はそう叫ぶと俺の胸を拳で叩いた。
何度も、何度も。
そして俺のシャツをくしゃりと握る。
「こんなに温かいのに。いつでも私を優しさで包んでくれるのに。作り物だなんて、私こそ認めたくなかったよっ…」
遙は俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
「認めない。認めないんだからっ」
何度も何度も俺の腕の中で遙は繰り返す。
それでも俺は止められなかった。
遙をなじったりしないとあの時決めたのに、口を突いて出るのは刺々しい言葉ばかりだ。
「でも、俺は作り物なんだろ!?この顔も性格も家柄も、全て作り物でheroになるために作られたんだろ!?だからお前は俺を愛したんだろ!?」
「違う!」
「何が違うんだ!?」
違う。
俺が言いたいのはこんな言葉じゃない。
ただ、遙から愛してるという言葉を聞きたいだけなのに。
それが本当の愛だったと確かめたいだけなのに。
言葉が止まらない。
「ねぇ、政宗!」
「聞きたくねぇな」
これも嘘だ。
やる方ない思いを遙にぶつけているだけだ。
あまりに現実が残酷で、受け入れられない俺は遙に八つ当たりする事しか出来なかった。
「一人にしてくれ」
ここで家を飛び出さなかったのは、以前遙を不安にさせたから。
なけなしの理性が俺をここに止どまらせた。
俺は奥の部屋に入って引き戸を締め、そしてつっかえ棒をして遙を締め出した。
「政宗!政宗!」
遙はドンドンと引き戸を叩く。
俺は引き戸に寄り掛かって目を閉じた。
戸の向こうで遙がずるずると縋るように泣き崩れる気配がした。
俺達は戸を挟んで背を合わせるように座り込んでいた。
戸の向こうで遙が啜り泣いている。
俺達はどこで間違ってしまったんだろう。
ただ笑い合っていられれば良かった。
「政宗…政宗…。黙っていてゴメンね。騙すつもりはなかったの」
言い訳なんて聞きたくない。
それでも、以前こうして喧嘩をした時、俺は遙の言葉を聞かなくて、酷く傷付けてしまった。
だから、俺は黙って遙の言葉を待った。
遙はぐすぐすと泣きながら続ける。
「初めて出会った時に言ったのは、嘘じゃない。政宗は別世界の人間だから。でも、誰かの創造物だって知ったら政宗が傷付くと思って言えなかった」
「俺を愛した事は?作り物だと知っていて愛したんだろ?」
冷めた声で尋ねると、遙は口を噤んだ。
そして、ぽつりぽつりと話始める。
「政宗がカッコいいのはゲームの世界の人だからって初めは自分に言い聞かせてた。でもね、ゲームの政宗は戦場で楽しそうに戦っているだけだから。私、政宗がこんなに優しいなんて、温かいなんて知らなかった。泣いてる私を慰めてくれて、本当に救われた。政宗の温もりが嬉しかった。いつしか手放せなくなってた。でも、ゲームの政宗はそんな事しない。そんなシーンないもの。政宗だからだよ。私はそんな政宗に惹かれたんだよ」
gameの中の俺は戦場の俺。
遙はそんな俺ではなく、出会ってからの俺に惹かれたのか。
gameではなく、生身の俺を。
でも、嘘だ。
俺はまがい物の人間だ。
遙を信じたいのに、それを必死で否定したい卑屈な俺がまた口を開く。
「俺の右目は?俺の病も作り事だったのか?」
俺が一番許せなかったこと。
それは、幼い頃に受けた心の傷だった。
あれすら誰かの作為によるものだとしたら、作った奴を八つ裂きにしても足りないくらいだ。
「政宗は、私の世界の政宗様をモデルに作られたの。私の世界の政宗様の身に起きたことは、政宗の身にも起こっているの。だから、作り話なんかじゃない。政宗は、やっぱり政宗様だと思うから。政宗は、ちゃんと心の通った人間なんだよ」
いつか遙が、「政宗は歴史上で有名だからゲームになっている」というような事を言っていたような気がする。
この世界の俺の身に起きたことが、そのまま俺の幼少時代の記憶だとするならば、何故その災いをなかったことにしてくれなかったのかと思うと恨めしい。
gameの世界だからと言って、やはり覆せないものは覆せないのだろうか。
無言のままの俺に遙が語りかける。
「政宗と恋に落ちてから、政宗が作り物だなんて思った事ない。政宗は私の大切な、愛する人だったよ。政宗の想いを知らなかったあの頃も。今だって。苦しいくらいに恋してる。政宗は作り物だなんて思ってない。ねぇ、私を信じて!」
私を信じて!もっと愛して!
いつか言われた言葉が胸に蘇る。
あの時も酷く遙をなじってしまって、俺は遙の言葉を聞かなかった。
遙が何かを隠そうとする時、いつでも理由があった。
遙が何かを隠そうとする時。
それは、俺を守るためだった。
遙はいつだって誠実で、言葉を尽くして愛を伝えて来たのに。
全身で愛を伝えて来たのに。
俺はそれを信じられないのか?
いや…。
遙は嘘を吐いてなんかいない。
今までと変わらず、何も。
俺に向けられた愛情はまがい物なんかじゃない。
まだすぐに素直になるには抵抗があった。
それでも、ここで意地を張ったらまたいたずらに遙を傷付けてしまう。
俺はこれ以上遙を傷付けたくなかった。
俺はつっかえ棒を外し、引き戸を開けた。
戸の向こうでは、遙が涙を目に浮かべ、俺を見上げていた。
堪らず俺は遙を抱き締めた。
その小さな身体はとても温かかった。
遙の哀しそうな顔を見て、柔らかく小さな身体を抱き締めると、想いが溢れ出す。
やっぱり憎みきることなんて出来ない。
どうしようもなく俺は遙を愛している。
俺のつまらない意地なんてどうでもいい。
「遙、疑って悪かった。お前を信じる。なぁ、この世界のこと、俺のこと、全部話してくれ」
俺は知りたかった。
この世界のこと、俺の世界のこと、全て。
全てを知って、受け入れたかった。
遙は頷き、やがてぽつりぽつりと説明し始めた。
この世界の俺は織田信長と同じ時代には生きていなかったこと。
もう少し早く生まれていたら天下を取れたかも知れなかったこと。
徳川家康が天下を取ったこと。
でも、gameの中の俺は奴らと同じ時代に生きていること。
戦のgameであること。
そして、プレイヤーが遙であるということ。
それは俺の命運は遙の手に預けられているということだ。
言わば、勝利の女神。
自分の運命は自分で切り開くつもりだった俺は衝撃を隠せなかった。
いつだって、自分の力で道を切り開いてきたと思っていた。
それでも…。
他でもない遙に命を託すのならそれでも構わないと思った。
「全部話してくれてthanks。だいたいの事は分かった。俺は天下取りのgameの中にいたんだな」
箱の中にいた俺を眺めていた遙。
俺と恋に落ちてどんな気持ちだったんだろう。
その先に避けようのない別れがある事を知っているから。
辛かったに違いない。
俺は遙を責めてばかりいたが、きっと遙の方が俺なんかより重い覚悟を決めていた。
だから遙はいつも別れを受け入れていた。
今更ながらに遙が一層愛しくなって俺は遙を抱き締めた。
俺達の人生はこの先きっと交わる事がない。
それでも、俺の住む世界を遙が見守っていてくれるのだと思うと、不思議と別れの寂しさが薄らぐようだった。
「天下、一緒に取ろうな」
そう言うと、遙は弾かれたように俺を見上げた。
「お前がプレイヤーなんだろ?俺を討ち死にさせたら許さねぇからな」
遙は驚いたように俺を見上げていたが、やがて淡い笑みを浮かべた。
「責任重大。でも、大丈夫。政宗を負けさせる訳ないじゃない」
「それを聞いて安心した。お前は勝利の女神だな」
悪戯っぽく言うと、遙もつられて小さく微笑んだ。
「そうだね。私も頑張る」
俺が天下を取っても遙にそれを見せられない事が今まで無念で堪らなかった。
でも、俺達は二人で天下を取れる。
本当は泰平の世を二人で過ごしたかった。
そこまで思い当たって、また別の疑念が沸いて来る。
もし戦国BASARAが戦のgameなら、戦が終わったらどうなるんだ?
「遙…。戦が終わったら俺はどうなるんだ?」
遙は戸惑ったように眉を寄せて考え込んだ。
「分からない…。でも、政宗にこうして幼い頃の記憶があるのなら、天下を取った後も政宗の人生を歩んで行くと思うよ」
「そうか。なら、遙。俺にこの世界の事、全て教えてくれ。歴史も政治経済も科学も全部。俺が天下を取ったら治世に生かしたい。そのためだったらもう未来を知ることも厭わねぇ。この世界の便利なもの、海の向こうの国々のことも、全部。天下を取ったら、その知識を役立てたい」
今まで未来なんて知りたくなかった。
でも、俺自身の未来でないなら。
それを知る事により、民の暮らしが豊かになるのなら。
俺は知りたかった。
遙は穏やかな笑顔で頷いた。
例え俺達の人生が交わらなくても、違った形で二人で人生を歩んで行ける。
二人で未来を思い描いて実現していける。
残り僅か10日間。
俺達は共に夢を追いかける事を誓った。
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