メビウスの輪 -2-

大学受験時代の参考書をまだ捨てていなくて良かった。

政宗が知りたがったのは、いかにして日本がこんなに平和な国になったかという事だった。
政宗の生きていた時代は、西洋の絶対王政期。
ヨーロッパの国々が、官僚制と常備軍を整え、重商主義政策を取る過渡期だった。
一足先に絶対王政期を迎えたスペインやポルトガルは重金主義政策を取り、他国を圧倒したが、それも長く続かなかった。
長い目で見れば、イギリスが取った政策が世界の覇権を握るには一番だったかも知れない。
そのやり方は人道に反するものだったため、第二次世界大戦後、多くの植民地を失った。
人間というものは、過ちを犯さない限り、良い方向へ変われないのかも知れない。

でも、覇権を握るのがもし政宗だったら…。

ヨーロッパと日本ではそもそも物の考え方も国民の気質も歴史も違う。
でも、同じ人間としての普遍性はあるはずだ。
政宗だったらより良い世界を作ってくれるのかも知れない。
私は政宗に世界史を教えた。

日本に初めて世界地図がもたらされるのが、丁度政宗様の治世の時だった。
世界はこんなにも広いものだと初めて知った諸国の大名は驚きを隠せなかったはずだ。
実際、政宗様も世界地図の写しの屏風を所有していた。
だからこそ、政宗様はヴァチカンに使節団まで派遣した。
私は政宗に世界史の資料集を見せながら、歴史を説明した。

「Unbelievable…。日本ってこんなに小せぇんだな…。そして、俺の時代より数百年後に大国が不平等な要求を突き付けてくる訳か…」

政宗は、地図をじっと眺めて考え込んでいた。

「海の向こうの国々とは貿易してりゃあいいって考えは甘かったんだな。遙、まさかお前に帝王学を教わるなんて、思ってもみなかった。お前は得がたい女だ。やっぱり連れて帰りてぇ」

政宗は私を抱き寄せて、頬にキスをした。

「私、天下取った後、政宗の役に立てそう?」
「Of course. お前は大局で物を考えられる」
「そんな事ないよ。知ってる知識を並べているだけ」

慌てて首を横に振る。
世界史を知っているからと言って、もし自分がその渦中に放り込まれて何が出来るだろう。
今、この時代に生きる人だって、真の意味での平和を実現していないのだから、真理は誰にも分からない。
ただ、分かるのは何が過ちだったのかという事だけだ。
それがその時の最善の政策だったのかも知れないという事も分かるけど。

所詮は綺麗ごとだ。
でも、政宗には綺麗ごとでもいいから知っていて欲しかった。
知った上で未来を考えて欲しかった。

政宗はじっと私の話を聞き、そして次々に質問をした。
時間が過ぎるのなんてあっという間だった。

「…やっぱりお前を連れ帰りたい。お前と生きる世界が違うのは分かってる。俺が帰らなくちゃならねぇ事も。お前を愛してる。それだけで理由に十分足りるのに、お前の知識を知ったら余計に連れ帰りたくなった。何でお前はこんなに俺を惹きつけて止まねぇんだ」

畜生と呟いて、政宗が苦しいくらいに私を抱き締める。

「遙、お前が欲しい。欲しくて堪らない。俺の傍にずっといて欲しい」

何度も繰り返す政宗に何も答えられなかった。

政宗とはずっと一緒にいたい。
でも、戦国の世に行って生活するなど想像も出来ない事だった。
それに初めから知っていた。
政宗はゲームの世界の人間で、いずれは別れなければならないという事を。

政宗の事は愛してる。
それでも21年間生きて来たこの世界を捨て去る事なんて想像も出来なかった。
私には家を継ぐ責任がある。

政宗に初めて出会った時に時折頭を掠めていた思いが蘇る。

政宗はゲームの中の人間なんだから…。

政宗の事は心から愛している。
政宗の愛情も疑っていない。
こんなに温かくて、優しくて、愛情深い人を私は知らない。
それでも私が政宗の世界に行く事だけには懐疑的だった。
そんな事、有り得ない。
政宗がこちらの世界に来られたのだから、逆もしかりとの考えも分かるが、それでも二度目の奇跡が起こるとは私には思えなかった。

傍にいたいのに。
離れたくないのに。
政宗に全てを委ねる事が出来ない。
奇跡を信じられない。

こんなに好きなのに。
私はこの温もりを手放せないのに。
何故素直に頷けないんだろう。

私は二律背反な思いに苦しんだ。

政宗の気持ちを受け入れる事が出来なくて。
何も答える事が出来なくて。
私には政宗をはぐらかし、そっと抱き締め返す事しか出来なかった。



今思えば、あの時、政宗を信じれば良かった。
奇跡のような、あの出会いを。
運命を…。

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