Farewell -3-

遙から連絡を受けて、私は全ての予定をキャンセルして東京駅で二人を待っていた。
政宗が帰る前にもう一度会えるなんて思っていなかったので、少し驚いた。
最後くらい二人で過ごせば良かったのにと思うけど、私を呼んでくれて嬉しかった。

思えば、最後に政宗に会ったのは、二人の結婚式の時だった。
あの時はろくに別れの言葉も言えなかった。

政宗との秘密の逢瀬を思い出す。
政宗に愛される遙が羨ましくて、政宗の愛が欲しいとちらりと思ってしまったくらいなのに。
それを知っていて私を呼んでくれる政宗は本当に義理堅いと思う。

政宗に励まされて、私と慶君の関係も少し変わった。
どこか友達付き合いの延長で、恥ずかしくて自分の想いなんて今まで言わなかったけれど、言葉や態度に出さないと伝わらないこともあるということを、政宗と遙を見ていて学んだ。
慶君は少し恥ずかしがっているけれど、それでも嬉しそうな顔をするから、私から歩み寄って良かったと思う。
今、私の右手には、慶君とペアのシルバーリングが輝いている。
こんなものを買うようになったのも、政宗と遙の影響だと思う。

リングから目を上げると、あの日と変わらない二人が改札の向こうから姿を現した。
今日別れてしまうのだから、遙はもっと落ち込んでいるんじゃないかと思っていたけど、どこか晴れ晴れとした表情で、相変わらず政宗を愛しそうに見上げていた。
私の姿を見つけて遙の表情が輝く。

「美紀!久し振り!」
「よう、久し振りだな」

二人は軽く手を挙げて、足早に私に近づいてきた。

「遙、政宗、お久し振り!あ、旅行先からの政宗の手紙読んだよ。政宗様からの文って重要文化財級だよね!大切にする!」
「当たり前だ。ありがたく思えよ」
「あ、またそういう可愛げのないこと言う!政宗は相変わらずだね!」

頬を膨らませて見上げると、政宗はニヤリと笑った。
隣りの遙はくすくすと笑っている。

「美紀、アイス買ってから皇居外苑行こう?」
「うん、いいね!ちょっと涼しいけど、まだアイスが美味しい時期だからね」

デパ地下にジェラートを買いに行くと、好きなものを選べと政宗が言ってくれた。
自分じゃケチってシングルしか買わないので、ダブルを頼んだら政宗に笑われた。

「お前、欲張り」
「えー、いいじゃん。せっかくの政宗様の奢りだもん。それに政宗、アイスの交換させてくれないじゃん」
「当たり前だ」

あの頃は、政宗は遙に頼りきりだった。
こうして余裕があるくらいが本来の政宗の姿なんだろう。
それがとても自然で、政宗が生き生きとして見えて。
とても今日が二人の別れなんて思えない。
遙と政宗はそれぞれシングルを頼むと、二人で分け合いながら歩き始めた。
それもあの日と何も変わらない。
私の少し前を歩く二人は本当に幸せそうで。
いつまでも、二人そうしているのが当たり前のように思えて仕方がなかった。


皇居外苑に着くと、芝生の上にビニールシートを広げて座った。
あの日と変わらず、遙がサンドウィッチとコーヒーを作ってきてくれていた。

「美紀、ろくにお礼も言えなくてゴメンね。結婚式、すごく嬉しかった。新婚旅行も楽しかったよ。本当にありがとう」

遙は照れたように笑った。

「良かった!新婚旅行は女の子の憧れだもんね!」
「うん。料理も美味しくてね、部屋から海と花火が見えたの」
「部屋付き温泉も良かったしな。退屈しなかったぜ」
「政宗!」

政宗はくつくつと笑って恥ずかしがる遙の頬にキスをした。
この二人はいつ会っても変わらない。
今日が別れの日だというのに、まるで永遠の恋人達だ。
サンドウィッチを嬉しそうに頬張る政宗に、遙がコーヒーを差し出すと、目を細めて政宗は微笑んだ。
甘ったるい幸せな空気も、何も変わりがなくて、かえって切なくなる。

旅行の話をしながら食事を終えると、政宗は遙の膝を枕にごろんと寝転んだ。
そして、遙のお腹に顔を埋めて深い吐息を吐くと、幸せそうに頬を緩める。
遙は目を細めて微笑み、政宗の髪をゆっくりと梳いていた。
政宗も気持ち良さそうに目を閉じ、遙をより一層引き寄せて「愛してる」と呟いた。
二人の視線が絡み合い、政宗は少し身体を起こして遙の唇にそっとキスをした。
柔らかく、何度も。
二人とも、切なくなるほど幸せそうな表情をしていた。

そんな二人を見ていたら、胸がいっぱいになって。
二人、離れてしまうのが信じられなくて。
涙が溢れる。

何で、こんなに愛し合っているのに別れなければいけないの?
今、この空間にいるどんな恋人達よりも幸せそうな二人なのに。
何で別れなくちゃいけないの?

本当は泣きたいのは遙の方のはずなのに、堪えきれずに涙が零れていく。
声を殺そうと思ったけど、出来なかった。

「うっ…ふぇっ……」

俯いて涙を拭っていると、ふわりと抱き締められた。
遙のジャスミンの香りが私を包み込む。

「美紀、泣かないで」

遙が優しく私の頭を撫でる。

「だって…だって…。私、悲しいよ。遙と政宗に離れて欲しくないよっ」

私は遙の首筋に顔を埋めて泣きじゃくった。
遙を困らせてしまうのが分かっているのに、涙が止まらない。
口を開けば、子供のように駄々をこねてしまいそうで、言葉は嗚咽となって零れた。

「美紀、私達のために泣いてくれてありがとう。美紀が私達の想いを知ってくれてるだけで十分だよ。私、頑張れるから…っ」

遙の声が震える。
遙の頬から涙が伝わり、私の耳元を濡らした。
すると、大きな手で頭を撫でられた。
政宗が、私達二人を長い腕で包み込むように抱き締めた。

「美紀、世話になった。お前が俺達の一番の理解者だ。遙のこと、よろしく頼む。きっとこいつ、泣くから。今は強がってるかも知れねぇけど。遙が泣きたい時、胸を貸してやってくれ。傍にいてやってくれ」
「うんっ…うんっ…約束する…」

政宗の温もりが心地よい。
遙はこの温もりを永遠に手放さなければいけないんだ。
遙の気持ちを考えると苦しくて堪らない。
辛いのは遙の方なのに、遙は優しく私の頭を撫でてくれた。

「美紀、thanks. お前がいてくれて良かった。お前が支えてくれて嬉しかった。きっともう二度と会うことはねぇと思うけど、お前のことは絶対に忘れねぇ」

顔を上げると政宗は優しい微笑みを口許に浮かべていた。
その笑顔が綺麗で、切なくなって、また涙が零れる。

「私もっ、政宗のこと、忘れないよ。元気でね」
「ああ」

政宗は切なげに笑うと、私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
もうそんな風に政宗にいじられることもないと思うと、怒る気になれない。
そんな仕草すら最後だと思うと愛しくて涙が零れる。
私が泣き疲れて涙が止まるまで、政宗はずっと私達を抱き締めていてくれた。

ようやく私が泣き止むと、また三人で思い出話を始めた。
語り尽くせないほどの思い出を噛み締めるように、政宗も遙もいつもより饒舌だった。
いつの間にか陽は傾き、オレンジ色の秋の夕日が私達を照らし出す。

「そろそろお別れだな。遙、帰ろう」
「うん」

私達は名残惜しげに後片付けをした。
遙と政宗が手を繋ぐ。

「美紀、じゃあな」
「うん、じゃあね」

軽く手を挙げると、政宗は背を向けた。
二人の長い影法師が芝生の上に伸びていた。
段々、二人の背中が遠ざかっていく。
それが、私と政宗の最後の別れだった。
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