Farewell -4-

部屋に帰ると俺は服を脱ぎ、戦装束を身に着けていった。
約1ヶ月半しか経っていないのに、随分と久し振りで、これが俺本来の姿だというのに違和感があった。
篭手を嵌める前に、もう一度遙の柔らかな頬を両手で包み込む。
肌理細やかな肌は、いつ触れても心地よく、俺の安らぎだった。

もう触れることが出来ない…。

そう思うと、離れがたくて、遙の頬を何度も撫でる。
遙は俺の手に自分の手を重ねると、そっと頬に押し付けた。
遙のこの仕草が堪らなく好きだった。

「遙…」
「政宗の手、好き」

愛しげに頬擦りされ、指にキスを落とされると、胸の奥から何か熱いものがこみ上げてきて、堪らず俺は遙を抱き締めた。

「鎧を着たら、もうこうしてお前を抱き締められねぇ。だから、これが最後だ」

柔らかな温もりを腕に閉じ込めるように、強くかき抱く。
最後だと思うと、いつも当たり前のように傍にあったこの温もりが尊くて、愛しくて堪らなくて、離れがたい。
何度も何度も唇を重ねると、いつの間にか二人の涙の味が滲んでいた。

「政宗、いつまでも愛してるよ」

震える声で遙は囁くと、俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。

「最後なのに、笑って見送れない、私を許して」

遙は、愛してる、離れたくないと何度も言いながら涙を流した。
最後の最後で弱みを見せた遙の想いが痛いほどに胸に伝わってきて。
このまま消えてしまう己の身が恨めしく思えた。
切ないほどに遙を連れて帰りたいと願う。

俺の世界は、この世界ほど便利でもない。
俺が戦に出ている間、遙に寂しい思いをさせてしまう。
もしかしたら危険な目に遭わせてしまうかも知れない。

それでも離したくなかった。
もっと傍にいたかった。

遙は俺の世界のプレイヤーなのだから、連れ帰ってしまったら俺の世界そのものがなくなってしまうのかも知れない。
そうしたら、小十郎や成実も消えてしまう。
それでも、この瞬間だけは、遙とどうしても離れたくなかった。

「俺、やっぱりお前を連れて帰りたい。お前だけは離したくねぇんだ」

遙は涙に濡れた瞳で俺を見上げた。
縋るような瞳には、戸惑いの色が揺れていた。

「一緒に行けるのかな…」
「俺はそう信じる。だから、もう泣くな」

指の背で遙の涙を拭い、そして、もう一度強く抱き締めた。

連れ帰れるかなんて分からなかった。
でも、そう思わないと、いつまでも遙を抱き締めていたくて。
離れたくなくて。
最後にもう一度だけ強く抱き締めて、遙の温もりを記憶に刻み付けた。
涙の味がするキスを繰り返して、そっと身体を離す。
俺は遙に手伝ってもらいながら、着物の上から鎧を身に着けていった。
竜の爪を腰に着けて、兜と風呂敷包みを持ってリビングへ移動する。
兜を被ると、遙は眩しそうに俺を見つめた。

「弦月の前立て、綺麗…。政宗はいつだって私の憧れだったよ」

遙は俺の兜に触れ、そっと頬を撫でる。
背伸びをする遙を抱き寄せ、口付けを交わす。
鎧に覆われた俺の身体で、遙に直接触れられるのは、もう、この唇だけだった。

名残惜しげに唇を離すと、遙は戦国BASARA2のディスクをPS2に挿入して電源を立ち上げた。
OPの画面が流れ出す。
軽快な音をバックに戦場のシーンが流れ出すが、見えない相手に兵士たちがなぎ飛ばされていく。

「やっぱり、政宗がいない」

いつか俺が見たデモ画面では、俺が馬を駆っていた記憶が蘇る。

「天下統一しようとしたら政宗が現れたから、天下統一モードを選んだら政宗が帰れるのかな」

遙はOPを中断させて、ゲームモードを選択していった。
天下統一モードを選ぶと、武将達がずらりと画面に並ぶ。
その中で、俺だけが白い空白になっていた。
不安げに遙が俺を見る。

「きっと、これを選択したら、本当にお別れなんだね。政宗…」

遙が両手で俺の頬を包み込む。

「今まで、ありがとう。私を愛してくれて、ありがとう。本当に、本当に、幸せだったよ。政宗が好きで堪らなかった。心から愛してた。別れてしまうと思うと寂しくてたまらないけどっ…上手く笑えないと思うけどっ…今まで、ありがとう。ずっとずっと元気でいてね」
「遙、俺は…!」

離したくない。
お前を連れて帰る。

そう言いたかったのに、口を開く前に遙が口を開いた。

「政宗、さようなら。愛してるよ」

別れの言葉に雷に打たれたような衝撃を感じた。
言いようのない喪失感に打ちのめされ、言葉を失うと、遙がコントローラーのボタンを押そうとした。

「遙、よせ!遙っ!」

遙を抱き締めようとすると、その前に遙の指がボタンを押した。
途端に、俺の身体が淡い光に包まれ、実体をなくしたように自分の身体が透けて見える。
抱き締めようと伸ばした腕は、遙に触れることなく、まるで宙をかくように遙の身体をすり抜けた。

「遙っ!遙っ!!」

何度も腕を伸ばしても、虚しく宙をかくだけだった。
遙も震える手で俺に触れようとするが、それも叶わないと悟ると、俯いて顔を手で覆って泣き崩れた。
俯いて震える遙をもう一度だけ抱き締めたくて。
腕を伸ばすのに、段々と俺の身体から色が失われていく。
俺を包み込む光は一層強まっていた。

これが別れなのだと。
もう二度と会えなくなるのだと。
これが俺達の現実なのだと。
突きつけられたような気がした。

それでも諦められなくて。
どうしても離れたくなくて。
連れて帰りたくて。
何度も遙の名前を呼ぶ。

「遙っ!手を伸ばせっ!早くっ!俺が消える前に!!遙っ!!」

遙は身体をびくりと震わせ、涙に濡れる顔を上げた。
そして、震える手を恐る恐る伸ばす。

「遙っ!!」
「政宗…!」

遙が俺の手を握ろうとする。
差し伸ばされた手を掴むと、しっかりと遙の手を握った感触がした。
二人のひたむきな視線が絡み合う。
遙の瞳には、強い意志の色が浮かんでいた。

離れたくない。
そう瞳が告げていた。

そのまま遙を引き寄せようと、遙の手を強く握ったが、その刹那、眩い光に包まれて、握った手は霞のように掻き消え、視界が光で埋め尽くされた。
そのあまりの眩さに、俺は目を閉じた。
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