この人混みの中に遙がいるのか?
周囲を見渡すが、人の頭が見えるだけで、見つからない。
「美紀、どこだ?」
「もうちょっと離れたところ。何か、橋の傍だったな。ちょっと路地に入ったところだけど、人がたくさんいるだろうな…。見つかるかな…」
「チッ、来栖のやつ、許せねぇ」
人の波をかき分けて、ひたすら前に進む。
「ここをもうちょっと進んで曲がったところみたい」
美紀が左に折れた。
花火の音はいよいよ近づいている。
どうやら橋の傍で打ち上げているらしい。
花火の音が近づくにつれ、それに比例するように人が多くなっていく。
この人混みの中で、遙が見つかるのか?
「どう?政宗。この辺にいるはずなんだけど。来栖のやつ、二人きりになるために、遠い方のコンビニをわざわざ選んだな…。人混みで戻ってこられないことも計算に入れて」
美紀がチッと舌打ちする。
「裏道だと思ったのに混んでるね!!」
唐突に、ずっと聞きたかった声が耳に飛び込んできた。
いつもより大きな声で話しているからだろう。
視線を動かすと、人に押されながら、よろめき、来栖に支えられる遙の姿が目に飛び込んできた。
「いたぞ!!」
「えっ!?どこ!?」
「Shit, 少し遠いな。あんたからは見えねぇ。俺は行くぜ」
人の波をかき分ける。
蹴散らして一掃したい衝動に駆られるがぐっと堪える。
何より、遙はまだ何もされていないようだから。
「もう、大丈夫だって!!一人で歩けるよ!!早く行こう?美紀たちが待ってるし」
「着く頃には終わっちゃってるかもよ?ここでゆっくり見て行かない?」
遙たちの会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
遙は人の波に逆らって歩こうとして、前から人にぶつかり、よろめいて、後ろから来栖に抱き締められた。
遙の顔がさっと蒼褪める。
Shit!!
絶対に許さねぇ!!
遙と来栖まであと少しの距離だ。
会話が一層鮮明に聞こえてくる。
「遙、男と別れたんだろう?寂しくないか?俺でよかったら……」
後ろから遙の首筋に顔を埋めるようにして、来栖が言う。
「やめて……!!」
遙は身を捩り、助けを求めるように前方に腕を伸ばした。
俺はその腕を取り、遙を引き寄せた。
「遙っ!!」
「まさ…藤次郎!!」
遙がぎゅうっとしがみついてくる。
その身体が震えている。
怒りで急激に頭に血が上っていった。
出来れば今すぐこいつを叩き斬りたい。
「へぇ、ナイトのお出迎え?間が悪いね。出直してくれる?君に遙はつりあわないよ。伊達だか何だか知らないけどね」
来栖が唇の端を歪めて笑う。
いちいち勘に触る野郎だ。
完膚なきまでに打ちのめしたい……。
俺は、唇の端を軽くつり上げて笑った。
酷く残酷な気持ちになる。
「残念だったな。俺はknightじゃねぇ。Fiancéeだ」
驚き見上げる遙を目で制し、後頭部を引き寄せると、俺は見せ付けるように口付けた。
脳裏に浮かぶのは、遙の後悔した表情。
そんな顔をさせたいわけじゃなかった。
ただ、笑っていて欲しかったのに……。
遙をただ、その場から浚ってしまえば済んだのに。
俺の余計なprideがそうさせなかった。
ここから立ち去ったらすぐに謝罪しよう……。
それでも、柔らかな唇に。
その温もりに。
漏れる熱い吐息に。
理性の箍が外れそうだった。
来栖には十分見せ付けた。
そろそろ止めなければと思うのに、止められない。
軽く食むようだった口付けは段々と深くなり。
俺は遙を抱く腕に力を込めた。
俺の胸に付かれていた遙の手がそろそろと這い上がり、俺の首に回される。
それはただの演技だったのかも知れないのに。
初めて俺のkissを受け入れてくれたことが嬉しくて。
信じられないほどの幸福感で心が満たされていく。
胸はドキドキと高鳴り、甘く疼く。
遙が愛しい……。
首に回されていた腕が、外され、頬に宛がわれて、ようやく俺は少し唇を離した。
「藤次郎。人が見てる……」
潤んだ瞳で、困ったように見つめられて、俺はニヤリと笑った。
今まで遙にkissをした時はいつも、遙の瞳には後悔の色が揺れていたのに。
初めてその瞳に後悔の色は浮かんでいなかった。
遙が初めて俺を受け入れてくれたような気がして。
信じられないくらい胸の奥が甘酸っぱくて幸せな気持ちで満たされていく。
「もっと見せ付けてやってもいいんだぜ?」
「もう、意地悪なんだから……」
薄っすらと頬を染めて遙が視線を彷徨わせる。
そんな仕草がまた堪らなく愛しい。
「遙、あんた……」
追いついた美紀が呆然と遙を見ていた。
遙は困ったように小さく笑うだけだった。
「美紀、遙もらってくぜ」
「え?ええっ!?」
俺は、遙の手を引いて、歩き出した。
来栖とすれ違う。
悔しげに歪められたやつに向かってニヤリと微笑んだ。
子供じみた残酷な勝利感に胸が満たされていった。
人の波をかき分けて、橋の上に出ると、ほぼ真正面に花火が見えた。
「わぁ、綺麗!!」
遙の表情が輝いた。
あまり上を見上げるものだから、バランスを崩して、後ろに倒れそうになる。
俺は苦笑いをして、後ろから抱き締めた。
「あんまり上向いてると、後ろに転ぶぞ」
「あ、ごめん……」
「いや、構わねぇ。俺が支えてやる」
腕の中にすっぽりと収まる遙が愛しくて。
抱き締める腕に力が篭る。
「さっきは悪かったな……」
「ううん。助かったから。……びっくりしたけど……。ああ、大学行ったら何て説明しよう……」
困ったように遙が溜息をつく。
俺は何と答えてよいか分からず、ただ花火を見上げた。
先ほどよりも、頻繁にたくさんの花火が打ち上げられている。
遙がいない時はあれほど味気なかったのに。
眼前に広がり、雨のように落ちていく火の粉は儚く美しかった。
「綺麗だな……。光の雨だ」
「もうすぐ、終わりだね……。だからあんなに打ち上げられてるんだよ。よかった、政宗と見られて」
遙が俺の腕にそっと手を添える。
指先が触れて、ぞくりとした。
劣情に似たものがふつふつと沸いてくる。
俺は堪えるように、遙をぎゅっと抱き締め、ひたすら空を見上げた。
夜空一面に無数の華が咲いて一際明るく輝くと、爆ぜるような音がして、光の華は余韻を残しながら消えていった。
「終わっちゃった……」
「ああ、綺麗だったな……。戦のない世が作れたら、俺も花火を作らせるぜ。民のために」
「政宗ならきっと出来るよ。帰ろっか?」
遙が俺の腕をそっと外す。
「ああ、帰ろう」
手を繋いで人混みの中をゆっくりと歩き、食事をして、地下鉄をやっと乗り継いで家に帰った頃は、もう、夜も更けていた。
ずっと、遙が何を言いかけていたのか、どういう気持ちで俺のkissを受け入れたのか聞きたかったが、聞けなかった。
聞いてしまったら、何かが変わってしまうような気がして。
やっと気付いた恋心に終止符を打たれてしまうような気がして。
もう、こうして手を繋ぐことも出来なくなってしまうような気がして。
触れられなくなるというのなら、いっそ、このまま。
ずっと恋心を閉じ込めて。
俺が消えてなくなるその日まで遙の隣にいたかった。
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