シャワーから上がると、すでに、ベッドは引き伸ばされ、奥の部屋に布団が敷かれている。
遙の姿を探すと、奥の部屋から、南蛮のdressのようなものを着て出てきた。
じっと見つめていると、遙が小さく笑う。
「あ、この服?ワンピースって言うんだよ。私は部屋着として着ることが多いかな」
柔らかそうなその生地は、肩は紐になっていて、鎖骨と肩のラインが艶かしい。
裾は、太ももの真ん中くらいの丈で、細い足が露になっている。
俺は目のやり場に困って、タオルでがしがしと頭を拭いた。
いつもなら、sexyだとか言って余裕の笑みを浮かべるんだろうが、今の俺にはそんな余裕はない。
遙の白い肌が眩しくて。
かき抱いて口付けたい。
そして……。
またふつふつと湧き上がる劣情をぐっと抑えつけて俺は笑みを浮かべた。
「あんたに似合ってるぜ。疲れただろう?早くシャワー浴びて来いよ」
「うん、行ってくるね」
ふわりと笑みを浮かべて、遙は洗面所に消えていった。
俺は遙のベッドに横たわり、天井を見上げた。
腕にまだ遙の柔らかい温もりが残っている。
昨日までは抱き締めても平静でいられたのに。
ただ、その温もりが心地よいだけだったのに。
今日の俺は、平静でいられない。
外で抱き締めるのとは違う。
こんな寝具の上で抱き締めたら、きっと止まらなくなる。
ただ、抱き締めて慈しみたいのに。
それ以上を渇望してしまう。
遙の滑らかな肌をなぞり。
甘い吐息を奪いつくすように口付けて。
そうじゃない。
遙を乱れさせたいわけじゃないのに。
綺麗なままでいて欲しいんだ。
ただ、その瞳に俺を映して欲しいだけなのに。
抱き締めたい。
でも、抱き締めたら……。
相反する想いに心が千々に乱れる。
幾度目とも知れない溜息を吐いていると、部屋のドアが開いた。
いつものように、長い髪が下ろされている。
すっかり乾いた髪は艶やかに輝き、さらさらと肩で揺れていた。
遙が小さく欠伸をしながら、ベッドの上にぺたりと座った。
ワンピースの裾がふわりと広がる。
そして、もぞもぞと腹ばいになり、重ねた腕の上に顎を乗せ、俺を見つめた。
「今日はごめんね。あんなことになるなんて……」
「あんたは無防備過ぎる」
「……ごめんなさい……」
遙は視線を落として項垂れた。
髪に手を伸ばし、指を差し入れるとゆっくりと髪を梳いた。
さらさらとした感触が心地よい。
「でも、無事でよかった」
「うん、政宗のお陰だね。危なかった……」
「そう言えば……」
「何?」
気になっていたことがある。
俺だって、遙を何度も抱き締めていたのに。
遙は一度も嫌がらなかった。
なのに、来栖に抱き締められた時は、拒絶し、怯えていた。
何故だ……?
あいつも遙のことが好きなんだろう?
「俺が抱き締めても平気なのに、何故来栖はダメなんだ?」
俺は期待していたのかも知れない。
遙も俺のことを愛しく思ってくれているのではと。
だからこそ来栖を拒んだのではと。
遙はというと虚を突かれたような表情をしていた。
「え……?それは……」
「それは?」
「来栖君はね…。何かね、襲われるんじゃないかと思ったの。怖かった……」
思い出したように、きゅっと身を竦める遙の頬をそっと撫でる。
くすぐったそうに遙は目を細めた。
「俺は……?」
「え?」
「何故俺は平気なんだ?」
遙は困ったように笑った。
「何でだろうね。やっぱりあれかな」
「何だ?」
「最初の夜に、ただ抱き締めて寝てくれたから、かな?昨日だって。煙草吸わないで眠れたし。政宗なら安心って思ったの。今日も、政宗の姿見て、ホッとしちゃった。本当に怖かったの」
政宗の腕の中は、何故か落ち着くの……。
そう言って、遙は、寝返りを打ち、温もりを求めるように、俺に身体を寄せてきた。
昨日までは、Tシャツだったからそうして寄り添っても気にも留めなかったが。
今の遙は、肩が剥き出しのワンピースで。
ちらりと見下ろすと、白い脚が太ももの真ん中まで露になっている。
肌に触れたらきっと抑えられなくなる……。
これはあまりにも残酷だ。
遙が俺を求めるのは、俺が遙を抱かないから。
遙が望むのなら、いくらでも抱き締めてやる。
俺の理性の続く限り。
俺は遙を愛したいから。
欲情に身を任せるのではなく、遙を大切にしたい。
それでも……。
ふわりと香る肌が芳しい。
湯を使った後、独特の熱がTシャツ越しに伝わる。
かみ殺された欠伸。
胸元にかかる甘い吐息。
あんまりそう長く理性が持ちそうにねぇ。
「遙、寝るなら向こう向いて寝ろ。後ろから抱き締めてやるから」
「そう?ありがとう。おやすみ」
胸にかかる吐息に、もはや理性を保てそうもなくて、俺は苦笑いをして言った。
嬉しそうに笑うと、軽く俺の頬にkissを落として、遙は寝返りを打った。
唇が触れたところがくすぐったい。
胸がドキドキと高鳴る。
ああ、抱き締めて、口付けの雨を降らせたい。
でも、そうしたら、遙は俺をきっと拒むから……。
俺はやりきれない思いで遙をそっと抱き締めた。
「もう少し……ぎゅっとして……」
ねだるように遙が呟く。
初めて出会った夜と同じ台詞。
でも、同じ台詞で返せない俺がいる。
こうして触れていると、愛しさが胸の奥から溢れ出て狂いそうだ。
きつく抱き締めたら、きっと止まらない。
愛しいのに、情欲のままにきっと穢してしまう。
「あんまり男を誘うんじゃねぇよ」
やっと紡いだ言葉は掠れていた。
俺に余裕などなかった。
それでも、遙が望むから、ぎゅっと抱き締めてやる。
満足そうな溜息が遙の口から漏れた。
むき出しになった背中になるべく触れないように、抱き寄せる。
昨日は意識しなかった、胸の膨らみが腕に当たっていることを意識してしまうと、どうしようもなく心臓が早鐘のように脈打つ。
いつまでも触れていたかったのに。
遙の望むような形で触れていられないから。
俺は一刻も早く遙が眠りに落ちることを祈った。
やがて、遙の規則正しい寝息が微かに聞こえてきて、俺は溜息を吐いた。
絶対にこのままじゃ眠れねぇ。
俺はそっと遙の首の下から腕を抜くと、身体を起こした。
軽く遙が身じろぎをしたが、どうやら起こしてしまったわけではなさそうだ。
布団が敷かれた奥の部屋に俺は入って行った。
少し暑いが眠れないほどではない。
眠れないとしたら、それは俺の問題だ。
柔らかな身体を、唇を思い出して、どうしようもなく身体が火照る。
俺が欲しいのは遙の心なのに。
結ばれないと分かっているから告げられない。
それでもそばにいたいから。
こうしてそばにいることを選んだのに。
遙の身も心も貪欲に欲して、胸の奥が苦しい。
『愛は痛くて哀しいから……』
遙の言葉が蘇る。
やっとその意味が分かったような気がする。
届かない想いと分かっているなら捨ててしまえばいいのに。
胸に宿った熱い想いを俺は捨てられなかった。
痛みも、苦しみも、全て愛する遙のためだから。
少しでも、遙と繋がっていたかった。
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