いつまで経っても遙が戻って来ないので、俺は奥の部屋を覗いた。
遙は俺の布団の上で、小さく縮こまるようにして丸まり、小さく寝息を立てて眠っていた。
まだ濡れた髪が頬に張り付いている。
遙の傍らに跪き、頬にかかった髪をかきあげてやると露になる表情。
少し眉根を寄せて、辛そうな表情だ。
先ほど何故泣いていたのか気になる。
前の男を思い出して泣いているのかと思ったが、そう尋ねるときょとんとした表情をしていたらからきっと違う。
遙自身のせいだというが、わからない。
ただ、はっきりとしているのは、昨日までの遙の微笑が消えてしまったということだけだ。
遙には笑っていて欲しいのに…。
「遙……」
遙の横に俺は横たわり、その頬をそっと撫でた。
遙は相変わらず眉根を少し寄せ、哀しそうな表情で微かに寝息を立てている。
頬に触れると、指先から想いが溢れ出す。
こんなにも遙が愛しい。
なのに、俺はその哀しみを癒すことすら出来ない。
今までは大人しく腕に抱かれていた遙が、初めて拒絶をするように腕の中からするりと抜け出て逃げてしまった。
もう、俺では駄目なのか……?
俺ではお前の哀しみを癒すことは出来ないのか……?
こんなに近くにいるのに、その心の奥が見えなくて。
こうして、頬を撫ぜ、髪をそっとかきあげてやることしか出来ない。
「遙……愛している……。お前だけだ……」
遙が愛しくて。
その微笑が消えてしまったことが哀しくて。
胸の奥が苦しい。
普段言いたくても言えない言葉が。
眠っている遙にはきっと聞こえないから。
口を開くと零れてしまう。
「愛している……」
そう口にすると、少し胸の苦しさが楽になるような気がする。
柔らかな頬に口付けながら何度も繰り返すと、激情に荒れ狂っていた心が少しずつ穏やかさを取り戻していく。
「遙……」
名を呼ぶだけで、こんなに心の奥が甘く切なくなるなんて思いもしなかった。
「まさ…むね…」
ふいに遙が微かに俺の名を呼んだ。
哀しそうな表情で。
「いかない…で……」
どくんと心臓が脈打つのを感じた。
遙は……。
夢の中でも俺を求めるほど、俺を慕ってくれている……?
胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
「俺はここにいる。どこにも行かねぇよ」
今はまだ…。
いずれ別れの時が来るのが分かっていることがこれほど辛いことだとは思いもしなかった。
溢れる想いは止められないのに、常に頭の隅で、そう遠くはない別れの時のことを考えている。
俺はその哀しい未来を打ち消すかのように、遙の身体に身を寄せて、そっと抱き締めた。
眠っている遙の前では、本当の俺を見せられるから。
「遙……。愛している……。永遠に……」
俺は囁き、そっと唇を重ねた。
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