まだ夏休みが始まったばかりだから、それほど混んではいない。
私は、PCの前に座った。
大学では、オンラインジャーナルが購読されているので、家では概略しか読めない論文の全文がダウンロード出来る。
私は課題の関連文献を片っ端から印刷していった。
「あ、流石、遙。もう課題やってるの?」
花火の時に一緒だったクラスの女の子が声をかけてきた。
参ったな。
今はあの時のメンバーにはなるべく会いたくないのに。
「うん。早く終わらせたらテスト勉強出来るし」
「またまた〜。本当は早く終わらせて彼氏と遊びたいんでしょ?」
「彼氏?」
彼女はくすりと笑った。
「花火の時に一緒にいた、藤次郎君。彼氏なんでしょ?来栖、悔しがってたもん。折角フリーになった遙を狙ってたのに。あの後、荒れて大変だったんだよ?」
罪作りだねー、と言って彼女はまた笑った。
罪作り……。
確かにそうかも知れない。
政宗を振り回して。
来栖君を振り回して。
自分勝手で。
自分自身の心すらままならない。
「出来れば遙に課題見せてもらいたいけど、うちの教官厳しいからねー。写したらバレちゃうし。遙の書くレポートって参考文献が全部英語だから、それ見せてもらっても私には辛いわ。ははは。頑張ってね!」
彼女は朗らかに笑うと、図書館を出て行った。
今は友達に声をかけられるのも煩わしくて。
私は音楽プレイヤーで音楽を聴きながら、参考文献集めに再び集中した。
シャッフルモードでかけていたので、ある曲が流れて思わずマウスを持つ手が止まってしまった。
I tried to make you happy
God knows I tried so hard to be
What you hoped that I would be
I gave you what you wanted
God couldn't give you what you need
You wanted more from me
Than I could ever be
You wanted heart and soul
But you didn't know, baby
Wild, wild is the wind
It takes me away from you
前の彼と別れたばかりの時よく聴いていた曲。
私がどんなに頑張っても。
きっと神様でも叶えられないくらい彼の望みは大きくて。
結局私には彼の望みは叶えられなくて。
そんな彼を恨めしく思いながら。
同時に恋しく思いながら。
別れたことを後悔しながら。
涙を流しながら聴いていた曲。
でも、今は、私に重なる。
私が我侭だったから。
政宗に甘えていたから。
都合のいいように政宗を欲してしまったから。
政宗の温もりも心も欲してしまったから。
私を包み込んでくれていた政宗の温もりが消えてしまった。
目の奥がじんと熱くなって来て。
私はその曲をスキップした。
遙の音楽ファイルを開く。
膨大な曲のリストに俺は目を瞠った。
流石異世界だぜ。
異国語の曲名ばかりずらりと並んでいる。
プレイリストの右側に再生回数が記録されているので、その上位の曲を何となく順番に聴いていった。
遙は静かな曲が好きそうだと思っていたが、意外にも俺が聞いたことのないような激しい曲が好きなようだった。
ハスキーな男の声が叫ぶように切なく歌い上げる。
You need someone to hold you
Somebody to be there night and day
Someone to kiss your fears away
I just went on pretending
Too weak, too proud, too tough to say
I couldn't be the one
To make your dreams come true
That's why I had to run
Though I needed you, baby
Wild, wild is the wind
It takes me away from you
Cold is the night without your love
To see me through, baby
Wild, wild is the wind
That blows through my heart tonight
That tears us apart
まるで心臓を貫かれたように感じた。
正に俺の心境にぴったりだった。
温もりを欲している遙を。
抱き締めたいのに。
頬に口付けて哀しみを癒してやりたいのに。
そうすると、想いが溢れ出して止まらなくなるから。
自制するには、俺はあまりにも弱すぎたから。
初めて感じる恋心に翻弄されて我を見失いそうだったから。
俺は、遙から逃げるしかなかった。
まるで嵐に浚われるように。
遙と俺の間の溝は深くなっていく。
触れたいのに、触れられない。
遙の温もりを思い出して、一人で眠る夜は気が狂いそうになるほど恋しいのに。
でも、遙は何故この曲を…?
まるで俺の心を見透かしたかのように。
遙も誰かに対して俺と同じような気持ちを抱いていたから……?
それは、きっと前の男のことだろう。
もし、ここ数日遙が涙を流していたのがこの曲のせいならば。
まだ、遙は前の男のことを愛している……?
そう思うとやるせなくなる。
花火の日は、遙は紛れもなく俺だけを見ていたのに。
また遙を失ってしまった。
俺は、音楽を流したまま、ぼんやりと、ノートパソコンをいつまでも弄っていた。
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