道に面した店の外に誂えられたテーブルについた人々が談笑している。
犬を連れた人もいる。
遙があれはオープンカフェというのだと教えてくれた。
遙の家の周りと随分雰囲気が違う。
遙の家のそばで見かける人々は、何かに急かされるように、無表情に動き回っていた。
ここでは、皆、のんびりとして、穏やかな顔をしている。
海に近付くにつれ、穏やかな雰囲気を纏った明るい店が増えていき、少しずつ遙の表情も明るくなっていく。
「あ、政宗!もうすぐ海だよ!!サーフショップがあったり、オープンカフェがあったり、やっぱり湘南の海はいいね!」
遠くに微かに海が太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
それを見ると、遙は憂いを帯びた表情から一転、ふわりと微笑んで俺を見上げた。
俺には遙の瞳の方が海より余程輝いて見えた。
「あれが由比ヶ浜だよ!うわぁ、思った通り、人がいっぱい……」
海に近付くにつれ、明らかになっていく人の山。
砂浜はほとんど人で埋め尽くされている。
砂浜の端のコンクリートの壁際には、びっしりと店が軒を連ねている。
そして、俺は何より、その浜にいる人々の格好に驚いた。
Crazyだ。
男も女も、ほとんど裸とも言える格好をしている。
申し訳程度に布が身体を覆っているだけだ。
真田が見たら、絶対に鼻血を噴くこと間違いなしだ。
「ああ、私も海で泳ぎたかったな……」
ぽつりと呟いた遙の言葉にギョッとする。
泳ぐと言うことは……。
まさか、お前もあんなあられもない格好で人前をうろつくのか!?
今のこの、白い脚を人目に晒す格好でも気が気でないというのに。
いくら俺が惚れているという欲目があったとしても。
それを抜きにしても遙は十分cuteだ。
美しい部類に入ると言ってもいい。
そんな遙の姿を……裸に近いと言ってもいい姿を他の男達が目にするなんて。
考えただけで、頭が沸騰しそうになる。
その男達を薙ぎ倒したくなる。
お前は男が何を考えているか、さっぱり分かっていねぇ。
「ダメだ。俺が許さねぇ」
「えー、何で?」
遙は軽く頬を膨らませて俺を見上げた。
その少し子供じみた仕草がまた可愛らしくて。
遙は普段大人びているから。
そのgapにどうしようもなく愛しさが募って。
思わず抱き締めそうになって、俺は誤魔化すように、遙の額を軽く小突いた。
「あんまり男に肌を見せるな。襲われるぞ」
「うーん、それもそうかな……。じゃあ、男友達と行けば安心だね」
遙の出した結論に、俺は膝から落ちそうになった。
ついこの間、来栖に襲われそうになったばかりだというのに。
遙は警戒心とか危機感というものが欠如している。
俺は思わず深い溜息を吐いた。
「お前なぁ。男友達も信用出来ないってこの間思い知っただろう?」
「……そう言えば、そうだったね……」
しゅんと遙がうなだれる。
遙に二度とあのような哀しい想いをして欲しくないから。
俺は敢えて毅然とした態度を取った。
そのまま少しの間沈黙が訪れる。
そして、遙はハッと思いついたように顔を上げると、俺の手をぎゅっと握った。
「政宗なら……政宗なら、安心だよね?」
縋るような、期待しているような視線に、今度こそ、俺は頭を抱えたくなった。
俺がどれだけ……。
今の遙の姿を見ているだけでも、触れたくて抱き締めたくて、欲情のままに奪ってしまいたいと思うのに。
遙を愛しているから。
傷つけたくないから。
そして、何より、遙には綺麗なままでいて欲しいから。
穢したくないから。
ぐっと劣情を堪えているというのに……。
堪えきれない溜息が口から思わず漏れる。
「遙……。俺も男だということを忘れるなよ。いつ襲いかかるかわからねぇぞ」
思わず低い声で呟き始めて。
最後の方は無理矢理冗談めかして苦笑いしながら言うと。
遙は虚を突かれたような表情になった後、何故か切なそうな表情を浮かべた。
「……私………政宗なら………」
ほとんど聞き取れないような小声で遙は呟き俺の手をきゅっと握る。
「遙……?」
遙……。
俺なら……。
俺なら何だっていうんだ?
俺は期待してもいいのか?
それとも、また、無意識に俺の期待を粉々に打ち砕くのか?
「ううん、何でもない。今日は海では泳がないから。後でちょっとだけ遊ぶかも知れないけど、政宗の心配するようなことは何もないよ。この辺、ナンパが多いから心配だけど、でも、政宗がいるから」
「ナンパ……?」
「うん。知らない女の子に声をかけて、誘うの。そういうの苦手で……」
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
そんな奴ら、刀があれば斬り捨ててやるところだ。
でも、たかが骨の一本や二本折る程度でも遙と一緒にいられないというほどに、この世界は平和だから。
そんな奴らが平気で闊歩出来るということと酷く矛盾しているような気がするが、仕方がない。
ぎゅっと手を握って遙を真っ直ぐ見つめると、遙は眩しそうに笑った。
「ありがとう、政宗。政宗がいるから安心だね」
胸の奥が苦しく疼く。
俺は遙の信頼に足るような男だろうか。
こうして、触れたくて、抱き締めたくて。
そんな想いを断ち切りたいから遙と距離を置いたほどなのに。
遙を想って一人眠りに就く夜は、時折、その夢の中で、遙を無理矢理抱いて、穢してしまっていたというのに。
遙……。
俺は、お前が思っているような男じゃねぇ。
無償の、見返りを求めない愛なんて与えられねぇ。
温もりも、全て。
お前がこんなにも欲しいから。
身も心も全て貪欲に欲しいから。
想いが募って夢の中で穢してしまうほどに……。
それでも、お前が望むから。
俺は俺の全てをお前に捧げる。
温もりも安心感も全て。
「ああ、任せろ。あんたを危険な目には絶対に合わせねぇ」
「ありがとう」
I love you…。
冗談めかして遙が言った。
俺も軽口を叩く時に言うことがある。
きっと……。
この言葉に深い意味はない。
それでも、願わずにいられなかった。
その言葉が遙の本心なのだと……。
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