夏の憧れ -1-

窓の外は強い日差しに照らされ、一面に広がった緑色の稲穂が風にそよいできらきらと輝いていた。
そのはるか遠くに海が見える。
海が近づくにつれ、胸が高鳴ってくる。

もうすぐ政宗に会える。

最後に会ったのが冬休みだったから、もう半年以上も前だ。
政宗、また背が伸びているんだろうな。
昔は政宗よりも私の方が背が高かったのに、追いつかれ追い越され、この間会った時には、私の目線は丁度政宗の口元あたりだった。
私達は高校1年生。
男の子は高3まで背が伸びるって言うから、政宗もきっと前に会った時よりも、逞しくなっているに違いない。
その事に私は戸惑ってしまう。

私と政宗は、今も政宗が住む町で、幼稚園から中1までずっと一緒だった。
家も近く、ほとんど家族同様にして育ってきた。
一緒にいると、お互いの成長なんて気付くことが出来ない。
政宗は政宗のままで。
それが、中2になって私が遠くに引っ越してから変わった。
長期休みの時は、政宗の住む町から2時間のところにある親戚の家を訪れる。
その際、1日だけ私は政宗に会いに行くようになった。
冬と夏の年2回。
会う度に変わっていく政宗が、手の届かない存在になっていくような気がして、怖かった。
私はいつまで政宗とこうして会うことが出来るのだろう?


物思いに耽っていると、アナウンスが政宗の住む町の駅を告げた。
私は慌てて立ち上がり、電車が停まるとホームに下りた。
小さな駅のホームには誰もいない。
クーラーの利いた車内から外に出ると、強い日差しがじりじりと肌を焼いた。
陽光の眩しさに目を細める。
改札を出ると、噴水がある。
そこで政宗は私を待っているはずだ。

改札を出た私は思わず足を止めた。
噴水の周りには自転車が数台止められていて、女の子達が群がっている。
どうやら噴水の縁に腰掛けた人物に話しかけているようだった。
ドクンと心臓が跳ねる。
あれは多分、政宗。
やっぱりあの容姿だし、女の子が寄ってくるのは仕方がない。
政宗を取り囲んでいる女の子達は、みんなスタイルが良くて、こんな田舎なのに、可愛い服装をしていた。
色落ちしたジーンズにキャミソールというなんの変哲もない格好の私は、気後れして声をかけることが出来なかった。
バッグを肩にかけたまま、その場に佇む。
と、女の子の群れがすっと二手に分かれ、その間から政宗が姿を現した。
私に気付くと眩しそうに笑い、足早にこちらに歩いてくる。
その笑顔にまた心臓が飛び跳ねた。
政宗の笑顔なんて見慣れているはずなのに。
子供らしさが抜け、段々と大人の男の顔をするようになった政宗。
そんな政宗の一挙一動にどうしようもなくときめいてしまう。
久しぶりに会った政宗はまた背が伸びたようだった。
細身のブラックジーンズに、ゴシックなプリントのされた黒いTシャツ、その上に真っ白なシャツを腕まくりして着ていた。
女の子達の視線が痛かったが、そんなことより政宗に会えたことが嬉しかった。
私の前に立った政宗は軽く眉間に皺を寄せた。

「紗夜歌。着いたなら何で声かけなかった?I was waiting for you」
「ごめん…。何か取り込み中かなって思って」
「Ha!!Nonsense!!俺があんた以外の女を待つわけないだろ?さあ行くぞ」

政宗は私の手を取り、指を絡ませるようにぎゅっと手を繋いで自転車の方へ歩いて行った。
女の子達が黄色い悲鳴を上げる。

「政宗!!その子誰?」
「俺の大切な幼馴染だ」
「なーんだ。ただの幼馴染か」

女の子達が安心したように笑いさざめく。
『幼馴染』という言葉に胸がちくりと痛んだ。
そうだよね。政宗にとって私はただの幼馴染なんだよね。
いつか、彼女が出来て、こうして会うこともなくなるんだ…。
そう思うとどうしようもなく悲しくなる。
政宗と離れたくなくて、私は繋いだ手をぎゅっと握り返した。
それに気付いた政宗がちらりと私を見下ろし、軽く口元を綻ばせて笑った。
その笑顔にまたドキリとしてしまう。
どうしよう。
私、政宗のことすごく好きかも……。
政宗は私のことをただの幼馴染としか思ってないかも知れないのに…。

政宗は女の子達に目もくれず、私のバッグを取ると自転車の籠に入れて、私を後ろの座席に座らせる。

「ああっ!!私達だって政宗の後ろ座ったことないのに!!」
「悪ぃな。後ろはこいつのために空けてあるんだ」

女の子達を振り返り政宗はニヤリと笑った。
その笑みに思わず女の子達から溜息が漏れる。
私だって久々に間近で政宗のその笑みを見てドキドキせずにはいられなかった。
それに、後ろは私のために空けてあるって……。
政宗の中に私の居場所がまだあるということがとても嬉しい。

自転車に跨ると、政宗は私の腕を取って自分の腰に回した。

「危ないからしっかりつかまってろよ。前にあんた座席から落ちただろ?」
「それは政宗が飛ばしすぎるからでしょ?」
「あれくらい普通だ。ほら、もっとしっかり掴まれ」

政宗が私の腕をさらにぐいと引く。
政宗の背に抱きつく形になってどうしようもなく恥ずかしい。
おかしいな。
昔はこれくらい普通だったのに。
久々に会った政宗の背はやっぱり前よりも広くて。
シャツ越しに伝わる背中はとても筋肉質で温かかった。

また女の子達の黄色い悲鳴が上がったが、政宗が気にする気配もない。
私が観念して政宗の腰に抱きつくと、政宗は漸く自転車を走らせ始めた。
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