夏の憧れ -3-

「Hey, 紗夜歌。今の、男だろ?」
「うん、そうだけど?クラスの隣の席の男子。数学と化学教えて欲しいってさ」
「行くな。そんな奴ほっとけ」
「えー、何で?いつもお世話になってるし。こういう時にしっかり恩返ししとかなきゃ」
「世話になってるって、何をだ?」
「んー?お昼おごってもらったりとかかな」

政宗がはぁっと溜息を吐く。

「また、食い物かよ。とにかく行くな」

そう言うと政宗は私の手から携帯を取り上げた。

「ちょっ、返してよ!!」

政宗の長い腕が恨めしい。
私は政宗の背中越しに奪おうとするが手が届かない。
政宗はビニールシートの上に腹ばいになって私の携帯をいじり始めた。
その背に覆いかぶさるようにして、私も政宗の手元を見る。
政宗はメールの履歴と写メのファイルを見ていた。

「誰だ、こいつ」
「あー、それはクラスの男子。で、こっちが仲のいい女の子ね」
「何であんた、ツーショットで男と写ってるんだ?」
「んー、ノリ?携帯買ったばかりで嬉しかったからさ」
「Shit!!」

政宗は消去ボタンを押した。
写メが次々に消されていく。

「あーー!!!何すんの!!」
「Shut up!!好きでもねぇ男の写真を保存するな!」
「そう言う政宗はどうなのよ!!」

私に背を向けている政宗のジーンズの後ろポケットから私は政宗の携帯を奪った。
ボタンを押してもロックがかかっていて開けない。

「政宗、PINロックかけてる!!政宗こそ疚しい写真とかメールあるんでしょ?」
「んなもん、ねぇよ!」

私の手から携帯を奪うと政宗は何やら操作して私に返した。

「ほら。見たいなら好きにしろ」

そう堂々と言われてしまうと何か気が引ける。
それでも、私は興味本位で政宗の携帯のファイルを開いた。
ロックが解除されている。
まずはメールの着信履歴から。
………。
ほとんど小十郎さんだ……。
相変わらず過保護なんだなあ。
昔から変わらないや。

「政宗……。女の子からのメールは?」
「あ?んなもん、来たら速攻消す」
「疚しいから?」
「そうじゃねぇ!!くだらないからだ。溜まっていく一方で保存容量が足りなくなるからな。ったく。気になるなら、送信履歴見てみろ。そっちはいちいち消してないから」

私は言われるままに、政宗の送信履歴を見た。
そちらもほとんど小十郎さんで埋め尽くされていたけれど、中にちらほら知らない名前がある。
女の子の名前のメールを開くと、そっけない文章が1行くらい書かれているものばかり。
男の子にはそれなりにちゃんとしたメールを返しているみたいだけど、女の子には冷たいんじゃないかというくらい簡素な文章が書いてある。

「何か、そっけないね」
「Ha!!期待させる方がよっぽど性質が悪い。じゃなくても、まとわりつかれてうんざりだぜ」

写メの履歴を見ても、男友達の写真とか、風景の写真ばかりだった。

「携帯にロックかけてるのもな、女子が勝手にいじって写真取ったり色々探ろうとしたりするからだ。返事もめったに出さねぇ。Understood?」
「うん、わかった」

私は政宗に携帯を返した。

「それにしても、政宗、いつの間に携帯買ったの?私、知らなかったよ」
「ああ、高校に入ってからな。電車通学になるから小十郎に持たされた」
「小十郎さん、相変わらずだねえ」
「まあな。それより、あんたの携帯番号とアドレス登録させてくれ」
「あ、そうだね」

政宗はいつも私の家に直接連絡を入れてくるので、政宗も私もお互いの番号を知らなかった。
お互いの携帯に自分の番号とアドレスを登録する。
返された携帯のアドレスを開いた。
『伊達政宗』の名前に心が甘酸っぱくなる。
これから、政宗といつでも連絡が取れるんだ…。
でも、声を聞いたらきっと会いたくてたまらなくなるんだろうな。

すると「カシャリ」という音がすぐ隣からした。
政宗が携帯を構えている。

「今の表情、cuteだったぜ」
「政宗、好きでもない女子の写真は撮らない主義だったんじゃないの?」
「あんたは特別だ。俺の大切な幼馴染だからな」

特別だと言われたことの嬉しさと、やっぱり幼馴染というポジションから抜け出せないんだという落胆と、私の胸中は複雑だった。
それでも、今のこの距離は酷く心地がいい。
政宗に無条件に大切にされて誰よりも近くにいられる。

と、唐突にぐいと肩が引かれた。
ハッとして政宗を見上げるとニヤリと笑ってる。
政宗は私と頬を寄せ合うようにして、携帯を構えた。

「紗夜歌、smile!」

政宗の逞しい腕に、肩に直接触れる大きな手にドキドキして、私は上手く笑えなかった。
おかしいな。
さっきじゃれあっていた時は平気だったのに。

政宗がシャッターを切って、写真を確認している。

「Hey, I told you to smile. 何で笑ってないんだよ」
「だって、突然だったんだもん。心の準備が……」
「Shit. You were smiling with that guy though(さっきの奴とは笑っていたくせに)」
「え、何?わからないよ」
「何でもねぇ。One more time!」

再び政宗が私の肩を抱く。
またドキドキして緊張してしまう。
政宗がチラリと私を見て意地悪い笑みを浮かべた。

「If you're not gonna smile, I'm gonna make you do it.(もし笑わないなら、そうしたくなるようにするだけだな)」
「え?え?何?」

長い付き合いで分かる。
政宗のあの笑みは危険だ。
慌てて身を引こうとするが、政宗の方が一枚上手だった。
私の腰をぐいと引き寄せるとわき腹をくすぐり始めた。

「ちょっ!!きゃはははっ!!やめっ!!やめてよっ!!小学生じゃないんだから!!」
「あんたが笑わないのが悪い!!」

私は必死でもがいたが逞しい腕がしっかりと身体に巻きついていて逃れられない。
昔は暴れれば何とか逃げられたのに。
くすぐったさと、ぞわりぞわりとした妙な感覚に私は震えた。

「やっ!!…やめっ!!…はぁっ、はぁっ……」

急に政宗がくすぐるのを止めて、私をじっと見下ろした。
その目は熱を帯びたように真剣だったが、私と目が合うと表情を和らげて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「もう笑えるだろ?」
「うん、くすぐられるのは勘弁」
「わかったならそれでいい」

(……まずいな。くすぐるんじゃなかった。あんな声を上げられるなんてな……)

政宗は少し視線を泳がせた後、また私に視線を戻してフッと笑った。
私、何かしたかな?
小首を傾げて政宗を見ると、政宗は私の髪をくしゃりと撫でた。

「Oh my goodness. 折角綺麗なlong hairなのに、海風でぐしゃぐしゃだぜ」

そう言って、私の長い髪の毛を手で梳いて整えてくれる。
少しごつごつした手が頭に触れてとても心地いい。
私も、自分の髪を触ってみた。

「あ、ほんとだ。潮でべたべただ」

髪を梳かそうにもべたついて絡まってしまう。
政宗は私の髪を一房取ると口元に持っていった。
一体何をするのだろうと政宗を見つめていると、政宗はぺろりと舐めた。

「思ったとおり。しょっぱいぜ」
「ちょっ、政宗、何やってんの!?」

一気に顔に血が上る。
髪の毛舐められた!!
別に髪の毛に感覚があるわけではないけれどとても恥ずかしい。
政宗は私の髪を指に絡めたままニヤリと笑っている。

「いや、別に。ただなんとなく、だ」
「もう、なんとなくでそんなことしないでよ!恥ずかしいじゃん!」

私がくるりと背中を向けると、またすぐ隣から「カシャリ」という音がする。
政宗が携帯を構えていた。

「政宗…。メモリの無駄遣い」
「I don't think so。拗ねた顔だってcuteだぜ?」
「何かムカつく…。私も政宗の写真撮る!」

私が携帯を構えると、政宗はフッと笑った。
その笑みにドキリとしてしまう。
思わずシャッターを押してしまったけれど、手が震えなかったのが不思議なほどだった。
画像を確認すると、そのまま雑誌に載ってもおかしくないのではと思うほど完璧な笑みを浮かべた政宗が写っていた。
私の後ろから政宗が携帯を覗き込む。

「おー、結構よく撮れてるじゃねぇか。他の男をもう撮るんじゃねぇぞ」
「そんなのわかんないもん」
「Damn。You seem to need punishment…」
「ちょっ、やだっ!!私は逃げるからね!!」

地を這うような政宗の声に私はさっと逃げ出した。
私の腕を掴もうとした政宗の手が宙を泳ぐ。
ははっ!ざまぁ見ろ!

私は波打ち際まで逃げると政宗を振り返り笑った。
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