夏の憧れ -5-

大きな窓の向こう側はテラスになっていて、その奥は大海原が広がっている。
私達はアイスティーを注文した。
席に落ち着くと、政宗がタオルを差し出した。

「ほら、濡れたままだと風邪引くぜ?」
「うん、ありがと」

ぐっしょりと濡れた髪を拭く。
長い髪は、タオルで拭いたくらいじゃ乾かなくて、肩に当たって気持ち悪い。
さらに、店の中はクーラーが利いていて寒いくらいだった。
私の腕に鳥肌が立っているのを見て、政宗はリュックの中からシャツを取り出した。

「これ脱いでおいて正解だったぜ。これは濡れてないから着ておけ」
「でも、政宗は?」
「俺は寒くないから大丈夫だ。ほら」
「じゃ、借りるね。ありがとう」
「No problem」

政宗のシャツはやっぱり少し大きかった。
袖を伸ばすと私の手は指先しか見えない。
シャツからはほんのりメンズの香水の香りがした。
政宗、どんどん大人になっているんだな……。
やっぱり遠い存在になっていっているんだろうか。

頭を撫でられる感触に私はハッと視線を上げた。

「What's wrong?やっぱりまだ寒いか?」

気遣わしげに政宗が眉間に軽く皺を寄せている。

「ううん、大丈夫。政宗、大きくなったな、って思って」
「Ha!!当たり前だ。いつまでもあんたより小さいわけねぇだろ?」
「そうだよね……」

通したシャツの袖をそっとつまんでみる。
その大きなシャツにどうしようもなくときめいてしまう。
やっぱり、多分、私、政宗に恋してる。
どうしよう。
もう、ただの幼馴染でいられないかも…。
でも、この関係が壊れるのが怖い。

政宗はリュックの中から先ほど撮ったポラロイド写真を取り出した。

「Oh〜、思ったより結構撮ったな。焼き増し出来ねぇから、ここで山分けしようぜ」

そう言って、テーブルの上に写真を並べていく。
政宗の写真はどれも格好いい。
さっきはあんなにおどけていたけれど、改めて見ると、引き込まれてしまう。

「なあ、あんたペン持ってないか?写真に書くやつ」
「あ、持ってるよ」
「落書きしようぜ」
「えー、もったいないよ」
「誰が顔に落書きするって言った?comment書くんだよ、comment!」

私がペンケースを出すと、政宗はペンを取り出し、日付やらコメントを書き出した。

『2007.08.XX. With my sweetie』

「ちょっ、何、sweetieって!」
「honeyの方がよかったか?」
「そうじゃなくて!!誤解されるよ?」
「Ha!これは俺の部屋に貼るから小十郎以外誰も見ねぇよ」
「でも、でも!!もしそのうち彼女とか出来たら誤解されるってば!」

すると、政宗は少し不機嫌な表情をした。

(バーカ。彼女なんて出来るかよ。俺はあんたのことがずっと……)

「Okay。じゃあ、次、honeyとmy sexy babyだな」
「はぁ……。もう、いいよ。好きにして」
「ああ、好きにさせてもらうぜ」

政宗が嬉々として恥ずかしいコメントを書くので、私も悪ノリしてコメントを書き出した。
さっきまでのもやもやとした気分が晴れていく。
また、二人で波打ち際ではしゃいでいたみたいに、馬鹿みたいにはしゃぎながら写真をコメントで埋め尽くしていった。
そして、二人で写真を山分けしていく。

気付いたら、アイスティーの氷は溶けていて、グラスが汗をかいていた。
窓からオレンジ色の日差しが差し込む。
もうすぐ夕方だ。

「俺、東京の大学に行くぜ。あんたもどうせ東京の大学だろ?またいつでも会えるようになるぜ」
「え?東京?小十郎さんはどうするの?伊達の屋敷は?」
「俺だって大学生になったら独り立ちしてぇ。どうせ両親は海外から帰って来ねぇし。どこに住んだって変わらねぇよ。小十郎はどうとでもなる。伊達の屋敷を守るのならずっとここに住むだろうし、俺が心配なら一緒に東京に来るだろうな」
「そうなんだ……」

政宗が東京に来たら、また一緒に過ごせる。
それは酷く魅力的だ。
でも、伊達の屋敷を放っておいてまで出来ることなのだろうか?

「それなりの学歴のためだったら俺の両親も文句はねぇだろうさ。それに、あんたの家に一緒に住むってのも有りだしな。それだったら小十郎も文句はねぇだろう。この間、あんたのお袋さんに東京の大学に行くって言ったら、4年間下宿していいって言ってたぜ?」
「嘘っ!?お母さんが!?いつの間に!?」
「まあ、そういうわけだから、あと2年半の辛抱だな…」

そう言うと政宗はフッと笑った。
また政宗と一緒に過ごせる。
そう思うと、胸がドキドキと高鳴った。
でも、もう、政宗をただの幼馴染として見られない私が政宗と暮らすなんてきっと無理。
意識しすぎて自然に振舞えない。

「あんた……」
「え?」
「そんなに、俺と住むのが嫌か…?」

政宗が難しい顔をして私をじっと見つめている。

「ううん、そうじゃなくて……」
「じゃあ、何なんだ?」

それを告げたら今までの関係が崩れてしまう。
それだけは避けたい。
私は無理矢理に笑みを作ると政宗に答えた。

「そんなことないよ!政宗と一緒にいられて嬉しいに決まってるじゃん!」

政宗がホッとしたように微笑んだ。

「そうか。なら、よかった……」

しばし二人とも無言になって、薄くなったアイスティーを飲んだ。
窓から差し込む光はいよいよ濃いオレンジになってきている。
もうすぐ帰らねば。
この夢のような逢瀬はもうすぐ終わる。
次に会えるのは冬だ。
それまでの間、政宗のくるくると変わる表情も見られないし、温もりも感じられない。
それがどうしようもなく寂しい。
政宗もそれを感じているのだろうか。
眩しそうに私を見ると、くしゃりと頭を撫でた。

「もうすぐお別れの時間だな。あっという間だったぜ…」
「うん……。寂しいね」
「ああ、寂しいな……」

どちらからともなく、手を握って指を絡ませた。
こうして手を繋げるのも、次は半年後。

「そろそろ行くか。あんまり遅くなったらあんたの両親に悪いからな」
「うん。じゃあ、帰ろっか」

私達は会計を済ませて外に出た。
さっきまでの夕立が嘘のように晴れ渡った綺麗な夕焼け空だった。
政宗の自転車の後ろに座ってぎゅっと腰に抱きつく。
きっと、次に会うときはもっと政宗は逞しくなっているんだろうな。
この感触は今だけのもの。
それを忘れたくなくて、覚えていたくて、私は政宗の背に頬を寄せてしっかりと抱き締めた。

いつまでも政宗の温もりを感じていたかったのに、あっという間に駅に着いてしまった。
荷物を持って、政宗がホームまで見送りに来てくれる。

「そのシャツ、着て帰っていいぜ。電車の中は冷えるから」
「うん、ありがとう。洗って返すね」
「次に会うときでいいぜ」
「わかった」

私達は離れがたくてその後無言のままずっと手を繋いでいた。
影が段々と長くなっていくのが、とても悲しかった。
政宗とももうすぐお別れ。

ホームに電車がやってきた。
ドアが開いて、私は政宗と繋いだ手を離して電車に乗り込もうとした。
すると、ぐいと腕が引かれて、気がついたら政宗にぎゅっと抱き締められていた。

「紗夜歌。必ずまた戻って来いよ。俺のところに……」

そう低く耳元で囁いて、軽く私の頬にキスをすると、政宗はそっと私を電車の中に押し込んだ。
すぐ目の前でドアが閉まる。
私は、今起こった出来事が信じられなくて。
政宗の逞しい胸の感触も、柔らかい唇の感触もまざまざと身体に残っている。
電車は動き出し、軽く手を挙げた政宗の姿がどんどん遠くなって行った。
きっと私の顔は赤い。
でも、窓から差し込むオレンジ色の太陽の光が隠してくれている。

私は熱い頬を押さえて、がらがらの電車の座席に座った。
バッグから海で撮った写真を取り出した。
政宗に見せなかった唯一の写真。
白いシャツを風にそよがせて沖を見つめている政宗。
私は政宗のシャツの袖をそっとつまんだ。
両手で頬を押さえると、シャツから政宗の香りがする。
私は、このまま政宗に恋していいの?
私はそっと目を閉じると、政宗の香りに包まれたまま、眠りに落ちていった。


Fin…
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