アンプから切ったギターを元就先輩も抱える。
以前はキーボードを弾いていたから私は驚いた。
「楽器を複数掛け持ちする事は珍しくもない。あの時はたまたまキーボードだっただけだ」
元就先輩は私の視線に気付いてそう言うと、datをデッキに入れてスイッチを押した。
スタッカートを利かせたツインギターのアルペジオにキラキラとしたキーボードの音が重なる。
何て綺麗でゴシックなアルペジオ。
聞き惚れた次の瞬間、お腹に響くようなバスドラの10連符が重なってくる。
「独眼竜。デモで歌え」
「Shit、仕方がねェな」
アルペジオに合わせてギターを弾いていた政宗先輩が悪態を吐きながら歌い始める。
ソウルフルに歌い上げる先輩の声は、とても力強い。
私には出せない声だ。
でも……。
繊細なメロディラインに抗うようなシャウトはこの曲に合っていないような気がした。
それに、何かが足りない。
違う…。
こんなに計算されつくしたギターじゃなくて。
ヴォーカルをアグレッシブにするんじゃなくて。
私がもの言いたげに見つめていたのが伝わったのか。
政宗先輩が歌うのを止め、唇の端を吊り上げて笑った。
「Hey, 言いたい事でもあるのか?」
「え……と。ギターが何か機械的だなって」
そう言うと政宗先輩はくつくつと笑った。
「当たり前だ。全部シーケンサーで作ってる。生で演奏したらこんなもんじゃねぇ。おい、元就。キーボードのデータあんだろ?シーケンサーでそれ鳴らしながら合わせる」
政宗先輩がデッキの電源を落とすと、先輩たちはそれぞれの楽器の準備を始めた。
元就先輩がキーボードの前にギターを持ったまま立つ。
「そなたは譜面を持ってマイクの前にいろ。メロディは覚えたな?」
「あ、はい」
元就先輩が元親先輩に目で合図を送ると、元親先輩は頷いてスティックでカウントを取る。
次の瞬間アンプから大音量の哀愁を帯びた綺麗なアルペジオが流れ始めた。
ディストーションを効かせたアルペジオの最後に切なくツインギターが鳴く。
続いて凶悪なほどに攻撃的なツーバスドラムとベースが加わった。
さっき聞いたのと全然違う。
迫力が違う。
政宗先輩と元就先輩ってあんまり仲良くなさそうなのにギターの息は恐ろしいほどぴったりだ。
音の洪水に陶酔感を感じる。
ざくざくとしたバロック調のアルペジオに身体の中をかき回されているような感覚に陥る。
微かに鳴っているキーボードの優しいふわふわとした音色にエクスタシーを感じる。
想いが溢れ出して、私は自然にマイクに向かって歌い始めていた。
Bridgeのギターのリフに合わせて丁寧に歌う。
発声がクラシックの声だったけど、気にならない。
むしろ、この声をこの激しいギターで陵辱して欲しかった。
そして、サビの部分で目一杯高音部を響かせる。
追い討ちをかけるようなドラムと切ないのにアグレッシブなギターのアルペジオに声が伸びていく。
今まで感じたこともない陶酔感に浸って私の頭の中は真っ白だった。
このままこの音の洪水に飲まれてしまいたい。
無意識のうちに声に艶が増していく。
こんなに綺麗に歌えたのは初めてような気がした。
もう一度、bridgeを歌ってサビを歌うと、ギターソロに入った。
政宗先輩がリズムギターを刻む。
それに被さるように元就先輩の歯切れの良いギターソロが入り、煌びやかなキーボードの音が重なる。
元就先輩らしい、リズムがきっちりとしたソロだ。
キーボードの音が少しずつ下がって行って、そして、突如アグレッシブなギターソロが始まった。
見ると、政宗先輩と元就先輩がパートをチェンジしている。
タッピングもしないでどうやって弾いているんだろうというくらいの速弾きの後に切ないくらいにギターが鳴く。
胸がドキドキと高鳴る。
聞き惚れながら、私はまた最後のサビを歌った。
政宗先輩のギターソロに煽られたせいか、先程よりも声がさらに艶を増す。
ザクザクとしたリズムに身体が刻まれるようで、嗜虐的な喜びが湧き上がってくる。
サビを歌い終えると、名残惜しそうにツインギターが鳴いて曲が終わった。
曲が終わった後、しばらく誰も口を開かなかった。
誰も何も言わないけれど、きっと思っていることは同じだ。
完璧なシンフォニー。
この曲に必要だったのは、アグレッシブなギターと切ないくらいに綺麗な透明感のある声。
私が捨て去っていたクラシックの声だった。
「計算通りだ」
やがて元就先輩が口を開いた。
口許に満足そうな笑みが浮かんでいる。
「計算なんてしてなかったくせによく言うぜ」
元親先輩が笑うと、元就先輩はきっと睨み付けた。
「Dude…。なるほどな、こういう事か…。演奏してこんなに気持ち良かったのは初めてだぜ。ギターに専念出来るし」
政宗先輩は蕩けるような笑みを浮かべた。
その頬が少し上気しているのは、きっと政宗先輩も私と同じように陶酔していたから……?
「新曲、プログレ路線で行く予定だったけど、メロディラインを変えれば、シンフォニック・メタルになるか……。Hey!この間練習した新曲、メロディ変えて歌うから合わせようぜ。ギターソロはノリで。シンフォニック・メタルらしいソロ頼むぜ。元就から入って、俺が引き継ぐ。ソロでツインギター入れるから、佐助はベースじゃなくてギターで。どうせベースの音があんまり鳴らない曲だし構わねぇだろ?トリプルギターでやる。ディストーション目一杯利かせればベースはなくてもいい」
「ちょっ!旦那!俺、ギターのリフなんて覚えてないんだけど!!」
「単純だからノリで覚えろ。一回デモテープに合わせようぜ」
「旦那の単純は単純じゃないんだってば!!」
慌てる佐助先輩とは対照的に、政宗先輩は目を輝かせて少し興奮している。
頭の中でもうメロディが流れているのだろうか。
いてもたってもいられないという様子だ。
「紗夜歌。一度しか歌わねぇから死ぬ気で覚えろ。歌詞は作り直すからとりあえずメロディだけ聴いてろ」
「は、はい!」
私は緊張した面持ちで政宗先輩たちを見つめた。
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