佐助先輩は、アンプの音を切って、リフを暗記している様子だった。
アグレッシブな力強い疾走感のあるリフだ。
元親先輩のテクニカルで力強いツーバスドラムが身体を刻む。
こんな曲に私の声が合うのかな……。
不安に思った瞬間、政宗先輩の歌が始まった。
とても伸びのある綺麗なメロディ。
さっきまでのシャウトとは違って、まるでオペラ歌手みたいな歌い方だった。
以前見に行った、オペラ座の怪人と重なる。
政宗先輩、こういう歌い方も出来るんだ…。
張りのあるテノールが部屋に響き渡る。
その艶っぽさにドキリとしつつ、でも、この曲にはやはりソプラノが合うような気がした。
きっと政宗先輩はそれを承知の上でこうして歌っている。
なるべく私にイメージを作りやすいようにしてくれているに違いない。
哀愁を帯びたメロディは自然と身体の中に入ってきて。
すぐに覚えられた。
疾走するギターとドラムに煽られて、自然と声が出そうだった。
二番に入ると、佐助先輩はギターで参加する。
もう覚えたのか、変則的なトリプルギターの低音のリフが完璧に息が合っていて、ものすごい重量感がある。
リフの途中がハモる形で刻まれて、その美しさにドキドキする。
私も立ち上がると、政宗先輩が歌いながら目で頷いて、私にマイクスタンドを譲った。
パズルのピースが嵌るように完璧なシンフォニーが出来上がる。
陶酔感に身を任せ、私はいつの間にかレクイエムの歌詞を当てて歌っていた。
聖歌の歌詞を当てるにはこのリズムはあまりに激しく攻撃的で冒涜的だ。
それを美しく感じるのだから私はやっぱりクラシックに向いていない。
サビが終わると、元就先輩の少し線の細いギターソロが始まった。
先程の元就先輩とは違って情緒的でテクニカルなソロに驚く。
リズム隊の変則的なリフが絶妙で胸がドキドキする。
そして、それにかぶさるように政宗先輩のソロが始まって元就先輩はリズムギターに戻る。
切なく美しくギターが鳴く。
ワンフレーズ終えるとそのまま政宗先輩のソロにきっちり下三度元就先輩が合わせてツインギターが鳴く。
あまりの切なさに胸がきゅっと締め付けられる。
ツインギターのパートの最高潮で、一際ギターが切なく鳴いた瞬間、元就先輩がソロを抜けて、速弾きの高音アルペジオを入れた。
超絶技巧的で扇情的。
言葉を失って元就先輩と政宗先輩を交互に見る。
政宗先輩もそれは計算していなかったのか少し驚いたような表情だった。
そのアルペジオは絶妙で、政宗先輩のソロの切なさを掻き立てていて、思わず胸が熱くなった。
扇情的なアルペジオに煽られて私はまたサビを歌い始めた。
ザクザクとした低音のギターリフが心地よい。
声を出し切って歌い終わると、やがて攻撃的なギターリフは止んだ。
身体の中から何かが抜けていったような感覚に陥り、私は座り込んだ。
抱かれたことがないから分からないけれど、これがいわゆるエクスタシーなのだろうか。
「すげぇ……。元就のアルペジオは反則だぜ……。政宗のギターもあそこまで鳴くとは思わなかった」
「俺様、同感」
「私も」
元親先輩の声に私と佐助先輩は頷いた。
あのアルペジオとギターソロにはやられた。
魂が抜かれるかと思った。
勿論、政宗先輩のギターが切なくて綺麗だったから元就先輩はあのアルペジオを入れたんだろうけど。
元就先輩はフッと口許を綻ばせて笑った。
「これも我が策の内。シンフォニック・メタルらしくしたまでよ」
「よく言うぜ。土壇場で思いついたくせに。紗夜歌の声に煽られたんだろ?お前の表情、イきそうだったもんな」
「なっ!!」
意地悪く政宗先輩が笑うと元就先輩は頬を薄っすらと染めて言葉を失った。
私も唐突に名前を出されて、しかも『イきそう』だなんて言われて一気に頬に血が上っていった。
「隠すことはねぇ。俺も紗夜歌の声が綺麗で煽られてイきそうだった。あんなソロ入れる予定なかったし」
「せ、先輩!!」
私は慌てて先輩を見上げた。
政宗先輩はクッと笑って私の傍で身を屈めて耳元で小声で囁いた。
「お前もイった後みたいな顔してるぜ。そのうちベッドの中で見せてくれよ、その顔」
「もう!!何でそんな恥ずかしい事言うんですか!!」
耳元をくすぐる吐息に耐えられなくなって私は声を上げた。
「えー?別にいいじゃない。褒め言葉だよ」
佐助先輩がニヤニヤと笑っている。
「なんかさ、竜の旦那の言うことも分かる気がするんだよね。紗夜歌ちゃんの純潔そのものっていう綺麗な声をさ、俺たちの攻撃的な演奏で穢してるっていうか。うん、陵辱っていうのかな?」
「ああ、分かる分かる」
「あんなに綺麗に歌われると激しく刻みたくなるよね?穢したくなるよね?」
「だな!」
ちょっ、陵辱とか何ですか!!
私もそう思わなくなかったけど、元親先輩、そこで力強く同意しないで下さい!!
だからデモテープと全然違ってアグレッシブだったんですか!?
呆れて思わず力が抜けた。
ぼんやりと先輩たちを見上げていると、政宗先輩がくすりと笑った。
「良かったじゃねぇか。お前の持ち歌が出来た。これで真の部員だな」
くしゃりと頭を撫でられて初めて気付く。
初めて自分の思い通りに歌った歌。
溢れ出る思いのままに歌った歌。
とても気持ちよかった……。
「はい……嬉しい…です」
じわじわと湧き上がる喜びは到底言葉に出来なかった。
「元就も良かったな」
元親先輩が満面の笑みで元就先輩を見遣る。
「何がだ」
「オクラの名前の返上」
「オクラと言うな!!」
そう言えば、元就先輩、さっきも『オクラ』って怒っていたみたいだけど。
佐助先輩を見上げると、くすっと笑って説明してくれた。
「毛利の旦那は結構曲を書いてるんだけどね。竜の旦那の声にどうしても合わなくて。自分で書いておきながら次々に却下していくからお蔵入りの曲が結構あるわけ。だから、あだ名が『オクラ』」
「そこ!!オクラと呼ぶな!!」
「まあまあ、いいじゃない。これからは紗夜歌ちゃんが歌ってくれるし。『オクラ』返上でしょ?」
キッと睨み付ける元就先輩の視線なんて佐助先輩はどこ吹く風。
私は怖くて思わず政宗先輩の背中に避難した。
「いいなあ、毛利の旦那。俺様も紗夜歌ちゃんを陵辱する曲書きたいなー」
「ちょっ、何て事言うんですか!!誤解されますって!!」
「そなたはハードコア専門だから無理だ」
「ちぇっ」
フンと元就先輩が鼻を鳴らして却下した。
ハードコアは確かに音楽のジャンルですけど。
凌辱って言葉と使うと何かのAVみたいで恥ずかしいんですけど……!!
「じゃあ、セッションして作るか?この間俺が弾いてたリフがあるだろ?元就がキーボードでメロディ作ればいい。とびきり激しいやつ作ろうぜ。こいつの中をぐちゃぐちゃにかき混ぜるような曲を。紗夜歌、are you ready?」
ホッとしたのもつかの間。
ニヤリと笑う政宗先輩の目は笑っていなかった。
先輩たちも同じような笑みを浮かべている。
こ、断れない……。
って言うか、私の位置づけって何ですか!?
音楽の話をしているはずなのに、すごく言葉が破廉恥なんですけど!!
それでも私は断れない。
いや、断るつもりはなかった。
ここには私が歌いたかった音楽がある。
「私も…メロディ思いついたら歌ってもいいですか?」
おずおずと尋ねると、先輩たちは優しく笑って頷いてくれた。
「Sure. 自分の表現したいものをすればいい。俺達も好き勝手やるから」
『自分の表現したいものをすればいい』
初めて自己表現が許された。
ここでは古典の解釈と違うって怒られたりしない。
指揮者の解釈を押し付けられたりしない。
嬉しくて。嬉しくて。
私は政宗先輩に抱きついた。
目頭が熱くなる。
「政宗、ずるいぞ!!」
「ねぇ、紗夜歌ちゃん!俺様も!俺もぎゅっとして!!」
「Shut up!!邪魔すんじゃねぇ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ先輩たちがおかしくて、私は泣き笑いを浮かべた。
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