カムフラージュ -1-

顧客訪問の帰り、ヒールの高い靴に疲れた足に鞭打ってスクランブル交差点を横断している時に、私は見てしまった。
彼が知らない女の子と親しげに身体を寄せ合い、腕を組んで歩いているところを。
そして、彼女の頬に軽く口付けるところを。
彼は向こうの歩道からやって来て、顔を上げると私と目が合い、そしてすっと逸らした。
さっと血の気が引いていくのを感じた。
付き合って2年。
波風もなく、普通の付き合いをしていたと思っていたのに。
私はまた裏切られた。
頭の中が真っ白になってぐるぐると思考が回る。
そして、気付いたら小十郎に電話をしていた。

「どうした平塚?」
「ごめん、小十郎…。あ、今診療中だよね。忘れてた。またかける」
「待て。今の時間は予約が入ってねぇから大丈夫だ。どうかしたか?」
「ちょっと声が聞きたくなって……。何でもない」

電話の向こうで溜息と共に苦笑いする気配がした。

「お前ぇがそう言う時、大抵へこんでるじゃねぇか。診療が済んだら迎えに行ってやる。今どこだ?」
「これから事務所戻るところ。書類を置いたら帰るから」
「じゃあそのまま待ってろ。あと30分で診療が終わるからお前ぇの事務所に着くのは1時間後だな」
「私もそのくらいに終わると思う」
「そうか、わかった。じゃあな」
「うん」

電話を切ってほぅっと溜息を吐く。
幾度となく繰り返されてきたやりとり。
小十郎の低い声を聞くと、いつも安心してしまう。


私達は大学のサークルで出会った。
雰囲気がとても落ち着いていて、いや、落ち着きすぎていて、顔の傷のこともあり、近寄り難い雰囲気で、私は最初遠巻きに見ていた。
女の子の中には、その渋さと端正な顔立ちが堪らないという子達も結構いたが、私は怖かった。
大学が始まって、一月経った新歓の飲み会で、飲みすぎた私はつぶれてしまい、気付いたら小十郎の部屋で介抱されていた。
思えばあの日を境に小十郎と私は親しくなったのだった。
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