カムフラージュ -2-

目を覚ますと、見知らぬ天井が見え、寝返りを打つとベッドが広いことに気付き、私は怯え、がばりと身体を起こした。
もしやホテルに連れ込まれて……。
私は着衣が乱れていないことを確認し、ふと視線を落とすと、ベッドに寄りかかり微かな寝息を立てている小十郎の姿が目に入った。
周りを見回すと壁にジャケットが掛けられていてクローゼットがある。
ここは…?小十郎の部屋…?
私が身じろぎをしてベッドのスプリングが再び軋むと、小十郎は睫を震わせ薄っすらと目を開けた。

「ああ、平塚。気が付いたか?気分は悪くねぇか?」
「あ、はい。大丈夫です。ここは?」
「俺の部屋だ。お前ぇの部屋から近いって聞いたからな。俺が介抱することになった。大学から歩いて帰れるの、お前ぇと俺くらいだからな」
「そうですか、すみません。えっと、あ、そうだ、片倉さんにご迷惑をおかけして……」
「……おい、お前ぇ。俺を先輩と勘違いしてねぇか?俺はお前ぇと同じ1年だ」
「えっ!?1年生!?」
「やれやれ……」

小十郎はフッと苦笑いをした。

「まだサークルの人間の顔と名前覚えてねぇんだろ?俺は歯学部1年の片倉小十郎だ」
「あ、私は経済学部1年の平塚紗夜歌です」
「同じ1年だ。敬語はいらねぇ。名前も小十郎でいい」
「わかった、小十郎……。歯学部……。すごいね」
「勉強すりゃあ誰でも入れる。たいした事ねぇよ」
「それでもすごいよ……」

でも。
その時、私が思ったのは、小十郎って歯学部って顔じゃないなということ。
むしろ、夜の世界に生きていそうな面構えをしているのに。
それが私の顔に出ていたのだろう。
小十郎はまた苦笑いをした。

「似合わねぇって思ってるだろ?お前ぇの顔に出てるぜ」
「そんなこと!!」
「隠す必要はねぇ。まぁ、俺が歯学部を目指した動機も不純だしな」
「不純って……?お金が稼げるから?」
「普通はそう思うだろうな。歯科医から連想するのは何だ?」
「うーん。あの、キィンって歯を削る音かな」
「……マスクだ」
「え?」

小十郎は少し視線を泳がせると再び私を見つめて話し出した。

「歯科医っていつもマスクしてるだろう?あれをしていたらこの頬の傷も見えねぇ。俺の柄が悪いせいもあるが、この頬の傷のせいで普通に堅気の仕事は出来ねぇんだよ」

そう言った小十郎はバツが悪そうで、その見かけによらず少し可愛らしくて思わず笑ってしまった。
ああ、この人は見かけで損をしているけど、とても優しいいい人だ。

「大丈夫だよ。小十郎はいい人だから。ちゃんと私を介抱してくれたし」
「さぁ、どうだろうな?男は狼だぜ?」

ニヤリと笑った小十郎の顔は艶っぽく、私はドキリとして身を強張らせた。
端正な顔立ちの、獣のようなその眼差しは見るものを虜にしてしまう。
どうしようもなく胸が高鳴って、頬が染まっていくのがわかった。
すると、小十郎はくすりと笑った。

「クッ、冗談だ。女がいるのに他の女には手を出さねぇよ」
「小十郎、彼女がいるんだ……」
「ああ、高校からの付き合いでな」

その時、少しチクリと胸が痛んだ。
知り合って間もないのに、少し小十郎に惹かれ始めていたから。
そしてはたと気付く。

「ご、ごめんっ!!あのっ!!えっと…。ベッド借りてごめん!!だって、あの…か、彼女と寝たりするんだよね?このベッド広いもんね!!」

言ってしまって恥ずかしくなった。
一気に顔に血が上っていく。
小十郎は驚いたように目を見開いた後、プッと噴出して声を立てて笑い始めた。
くそう。そんなに涙流すほど笑わなくていいじゃん。
本気で申し訳なく思ったんだからね!!

「お前ぇ、面白いやつだな。気に入ったぜ。よっぽどのことがねぇ限り部屋には上げられねぇが、外で遊ぶ分には付き合うぜ」

小十郎はいまだくすくすと笑っている。
私が膨れっ面をしているとその頬を指でつつかれた。
完全に馬鹿にされている。

「さて。お前ぇも元気になったようだし、部屋まで送って行くぜ。今度はゆっくり遊ぼうな」

そう言って、小十郎は私を部屋まで送ってくれた。


それから、サークルでも、そうでない時でも、私は小十郎と過ごすようになった。
仲の良い友達。
いや、それ以上の気持ちを次第に抱いていったのだけれど。
彼女のいる小十郎にそれを告げることは出来なかった。
彼女にはなれなくても、親友と言ってもいいほど仲の良い友達というポジションは酷く心地が良かった。
そうしているうちに、私も男の子に告白され、心の中は小十郎で占められていたけれど、届かない思いよりも、手近な恋愛を選んだ。

女子高育ちの私は男心がわからなくて、彼氏と衝突したりすれ違ったりする度に小十郎に相談した。
小十郎はいつも駆けつけてくれて、ただ黙って話を聞いてくれて、泣きそうになるとくしゃりと頭を撫でてくれた。
その少しごつごつした手の温もりに安堵すると共にどうしようもなく期待してしまった。
もしかしたら小十郎も私と同じ気持ちを抱いているのではと。
でも、小十郎には彼女がいて。
小十郎が彼女と別れた時は、私はまた別の男の子と付き合い始めたばかりだった。

そうして、すれ違いながらも、小十郎とはずっと親友のポジションを守り続けてきたのだ。
そう。かれこれ十年。
小十郎が歯科医で開業したら、私が税理士になって税務関係は私が担当するね、と冗談のように大学時代に話していたことが現実となって、仕事でもプライベートでもずっと付き合い続けている。
prev next
しおりを挟む
top