夏色 -1-

今日は土曜日。
今日も接待で休日がつぶれてしまった。
先週は土日両方なかったから明日休日なだけマシかも知れない。
私は家に着くなり、スーツのままベッドの上にうつ伏せに倒れこんだ。
ずっと締め切りだった部屋は夜になってもむしむしとして暑い。
クーラーをつける余力もなく、ただじわりと汗がスーツに染み込んでいく。

「元親君が来たわよー!」

階段の下から母さんが呼ぶ声が聞こえる。

「今、行くー!」

私は疲れた身体に鞭打って、何とか身体を起こすと、よろよろと階段を下りていった。
階段のすぐ下の玄関では元親が、母さんと世間話をしているところだった。
ハーフパンツにTシャツにサンダルというラフな格好を見て、ああ、そう言えばもう夏なんだよな、と改めて認識する。
元親がすっかり寛いだ様子で羨ましくなる。

「よう!……なんか、相変わらず満身創痍だな。お前ぇの会社、女だからってホント容赦ねぇな。みんな今日はのんびり羽伸ばしてたぜ。お前ぇを息抜きに連れ出してやるから着替えて来いよ」
「ゴメン、元親。とりあえずベッドで惰眠を貪りたい」
「お前ぇ、そう言って、毎日仕事して寝るだけの生活じゃねぇか。たまには魂の洗濯しろ」
「そうよ。元親君の言う通りよ。出かけてらっしゃい」

母さんも苦笑いを浮かべて私を促す。

「とりあえずその暑苦しいスーツ脱いで着替えて来い」
「今、着替える元気すらない」

疲れ過ぎて思わず溜息を吐きながら言うと、元親も笑顔を消して大きな溜息を吐いた。

「マジで重症だぜ。着替える元気がなかったら俺が手伝ってやるよ」
「ぇええ!?いいよ、ってか母さんの前で何言ってんの元親!!」
「餓鬼の頃は一緒に風呂入ってたじゃねぇか。今更だろ?」
「もう!そういうのは記憶から抹消してよ!!」

元親の腹に一発蹴りを入れるが、全く堪えた様子もなく元親は相変わらず大らかに笑っていた。

「こら、年頃の女の子が足癖悪いわよ」

母さんが私をたしなめる。
ああ、もう、ホント、この人は昔から元親がお気に入りだったな、そう言えば。

「そんだけ元気があれば着替えられんだろ。ここで待ってるぜ」

元親は眩しいほどの笑みを見せて笑った。

そんな風に笑われたら断れないじゃない……。

「わかった…」

私は重い足取りでまた階段を昇っていった。
部屋に戻り、サブリナパンツとキャミソールに着替えてホッと一息つく。
素足のまま階段を下りていくと、玄関に元親は座り込んで、母さんと麦茶を飲んでいた。
あまりにほのぼのしていて毒気を抜かれる。

「……元親。私、部屋で寝てるから、母さんとお茶でもしてれば?」
「何だ、お前ぇ、妬いてんのか?」
「バッカじゃないの?」
「コラ!元親君に対して何て事言うの?元親君、ごめんね〜。こんな娘に育てたつもりはないんだけど」
「いや、そんな事ないっすよ。おばさんに似て可愛いし」
「あら、やだ〜、もう、元親君ったら!」

母さんはきゃぴきゃぴと喜んでいる。
いっそ、母さんが元親と付き合えばいいと思う。

「はぁ〜。この子が元親君と付き合ってくれればいいのにね〜。元親君似の孫が欲しいわ〜」
「ちょっと母さん、何言ってんの!?」

このまま放置しておくと何を言い出すか分からないから、私は母さんを押しのけサンダルをはいた。

「元親、行こう」
「おう」

元親の手を引いて玄関を出ようとすると、母さんの声が後ろから聞こえた。

「元親君となら朝帰りしてもいいからね」

私が頬を染め、母さんを振り返り睨み付けると、元親は大笑いをした。
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