夏色 -2-

「相変わらずお前ぇのお袋さんは面白ぇな!」

元親は玄関を出ると腹を抱えて盛大に笑い出した。

「元親、笑いすぎ!」

再び元親に蹴りを入れると、元親は悪ぃ悪ぃと言いながら笑いをかみ殺す。

「どこ行くの?」
「子供の頃、お前ぇと毎日遊んでた浜辺。久しぶりだろ?」
「夜に海に行っても何も見えないじゃん」
「まあ、いいから来いよ」

元親は私をママチャリの後ろに乗せた。

「道路交通法違反…」
「堅い事言うなよ」

刺々しい私の不機嫌な口調を気にする事なく、元親はゆっくりと自転車を走らせる。

幼い頃、元親とよく遊んだ細い裏道を抜けて海への近道を通る。
何だかノスタルジックな気分になって、私は元親の腰に抱き付いた。

あの頃は、私の方が身体が大きくて、内気だった元親は私の背に隠れるようにしていたのに、中学生になった途端、形勢は逆転した。
元親の周りには、彼に憧れる女の子がたくさんいたけれども、それでも元親はそれまでと変わらず私に接していた。
高校も大学も違ったけれど、家が近所の元親はよくうちに遊びに来ていたから、私達は何だか子供の頃のままの関係だ。
母さんは、元親と付き合って欲しいみたいだけど、何だか今更な感じがする。

このままの距離が酷く心地よい。

元親の大きな身体が頼もしい。
こうして抱き付くと、Tシャツ越しに温かい鋼のような筋肉が感じられる。


元親の自転車とかバイクの後ろに乗るの、実はすごく好きだ。
でも、そんな事言ったら絶対付け上がるから教えてあげない。


ほどなくして、潮風が段々肌をべたつかせていく。
坂をゆっくりと下っていくと、月明りに照らされた蒼白い水面が見えた。

「おっ!今日は満月だから浜辺も明るいぜ!夜の海も結構いいだろ?」

普段忙殺されていて、ゆっくり景色を見る事なんてなかった。
月明りに照らされた海岸は、モノクロの写真のように色を失い入り江の崖の岩肌の陰翳がくっきりとして幻想的だった。

「夜の海を眺めるの、随分と久し振りな気がする。案外綺麗だね」
「だろ?」

元親は上機嫌に声を弾ませた。

坂を下りると、国道の向こうに砂浜が広がっている。
道路を渡ると堤防に自転車を停め、階段を下っていく。
私達は波打ち際までやって来て腰を下ろした。

寄せて返す波が仄白く輝いている。
ゆったりとした潮騒をこうして聞くのは随分と久し振りだ。
ストレスで強張っていた身体から少しずつ緊張が解けていく。

横から元親の視線を感じてそちらを見ると、元親と目が合いニカっと微笑みかけられる。

「家にいた時は死にそうな顔してたが、少しは元気になったみてぇだな」
「まだ死ぬ程疲れてるよ。このまま寝たい。帰る気力もないよ」

はぁっと溜め息を吐くと、元親はフッと笑った。

「じゃあ、こうしてろ」

肩を抱き寄せられたと思ったら、視界は回転し。
月明りに照らされて少し星の光が弱い夜空が目の前に広がる。

私は元親の膝の上に横抱きに抱かれていた。
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