夏色 -3-

背中を元親の腕に支えられて、元親の整った顔がすぐ傍にある。

子供のままの関係だった私達はじゃれ合う事はあってもこうして触れ合うのは初めてで。
柄にもなくドキドキした。

私達はいい年をした大人だ。
元親にだって今までに当然彼女だっていたはずだ。
それでも、いつでも元親は幼い頃のままの元親で。
異性と触れ合う元親なんて想像した事もなかった。

いや…。
想像した事がないというより、想像したくなかったのかも知れない。
私以外の誰かにその眩しい笑顔を向けて。
そして、私を決して抱き締める事のないその逞しい腕で、他の誰かを優しく抱き締めるという事を。

私自身はこのぬるま湯のような関係に甘えていて、付き合う勇気なんてなかったくせに。

「私、起きるからいいよ」

何だか居心地が悪くなって身体を起こそうとすると、元親は私を抱き寄せた。
元親の胸に頬を寄せる形になってどういう顔をしていいのか分からない。

「元親…。起きるってば!こういうのは彼女以外の女の子にしたらダメだよ!」

身体を起こそうともがくと、元親は私をますます強く抱き締めた。

「……とことん鈍いやつだな、お前ぇは」
「え…?」

元親は海風に消えそうな低い掠れた声で囁いた。
聞き返すと、元親は少し困ったように笑った後、私の頭を撫でた。

「お前ぇの性格だと、いっぱいいっぱいでも会社で強がってんだろ?仕事なら仕方ねぇけど、せめて俺の前では強がるんじゃねぇよ。疲れてるなら大人しく抱かれてろ。泣きたいなら胸貸してやる。傍にいてやる事しか出来ねぇけど。独りで抱え込むな。……お前ぇが磨り減っていくの、指咥えて見てられねぇんだよ」

潮騒をバックグラウンドに、元親の低い切なそうな声が胸の奥に染み渡っていく。
緊張が解けて、思わず涙が滲みそうになった。

「優しくしないでよ」
「何でだよ」

涙を堪えて震える声で言うと、元親は静かに問い返した。

「甘えたくなっちゃうでしょう?」
「甘えてればいいじゃねぇか」
「ダメなの!」

私が涙目になって元親を睨み付けると元親は目を瞠ってそして私を見つめた。

「折角強がって頑張ってるのに。一旦緊張が解けたら、どんどん弱くなっちゃうんだから!元親に甘えるようになって、元親なしじゃいられなくなって。彼女でもないのにこういう風に優しくしないでよっ!他の誰にも渡したくなくなるでしょっ!」

元親は驚いたように目を瞠った後、優しく笑った。

「他の誰にも渡さなければいいだろ?今のは告白だと思っていいんだよな?」

え…?

元親は嬉しそうに笑うと再び私をギュッと抱き締めた。

「餓鬼の頃からずっとお前ぇの事が好きだった。でも、お前ぇ頭いいし可愛いしモテただろ?いつも周りに男がいたから。幼馴染みのポジションに甘えてた。ずっと傍にいられるならそれでもいいとずっと思ってたけど。お前ぇの接待の相手って医者だろ?いつか永遠にさらわれちまうんじゃねぇかってずっと気が気じゃなかった」

元親が私と同じ気持ちでいたなんて知らなかった。

でも……。

私は元親と少し違う。
私が元親と付き合わなかったのは、一度そういう関係になってしまったら、必ず別れが来ると思っていたから。
幼馴染みという関係はまるで血縁のように一生消えない。
私は元親を失いたくなかった。

「元親の気持ちは嬉しいけど、私、元親と付き合いたくない」

そう言うと元親は笑みを消して身体を強張らせた。
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