「政宗様…。私は紗夜歌に嫌われているのでしょうか…?」
紗夜歌の笑みは政宗に向けられるだけで。
自分に向けられるのは恥じたように伏せられた瞳か、驚愕に見開かれた瞳のみ。
いつか、その笑顔が自分にも向けられればいいのに…と願ってしまう自分は傲慢なのだろうか。
政宗は心の中で嘆息した。
小十郎と目が合ったらすぐに逸らすのは。
すぐに逃げ出してしまうのは。
嫌っているというよりも…。
だが、それを小十郎に告げるのは面白くなかった。
紗夜歌が笑いかけるのは自分だけでいい。
「Ah〜?まあ、最初に会ったときがあれだったからな…」
「やはり、まだ気にしておられるのか…」
小十郎は溜息をついた。
政宗はその肩をぽんぽんと叩くと、訓練場を後にした。
日に日に小十郎は紗夜歌のことが気になりだした。
嫌われているのなら、せめてその固く閉ざされた心を開いて欲しい。
好いて欲しいわけではない。
そこまで求めるのは傲慢だ。
せめて普通に接してくれるようになれば…。
紗夜歌の姿を見かけると目で追ってしまう。
そして、必ずと言っていい程、目が合い逸らされてしまうのだ。
また、ある時は、ふと顔を上げると紗夜歌がこちらを見つめていて、目が合った途端に逃げ出してしまう。
何故こんなにも目が合うのか…?
それは自分が紗夜歌の姿を目で追っているだけではなく。
紗夜歌も自分の事を目で追っているから……?
僅かな期待に胸が膨らむ。
紗夜歌も自分の事を気にかけてくれている……?
紗夜歌の口からその答えを聞きたい…。
しかし、まともに会話してくれるだろうか…?
小十郎は用向きが出来ると、必ず紗夜歌の部屋の前を通り、その気配を感じてから立ち去るようになった。
その日も政宗の部屋に用事があったので、隣りの紗夜歌の部屋を通り過ぎざま足を止めた。
また襖が僅かに開いていて、中の様子が窺えた。
政宗と紗夜歌は腹ばいになって畳の上に横たわり、電子辞書を覗き込んでいた。
「紗夜歌。『おめえら、準備はいいか!?』は『Are you ready!?』でいいのか?」
「うん。合ってるけど、『Are you ready guys!?』の方がcoolかな」
「Gotcha。『銃を装備しろ!!』は『Put ya guns on!!』か?」
「Very good。ちゃんと複数形にしているね。gunsをonの前に挿入しているのも完璧。出来のいい生徒を持つのは嬉しい事だねえ」
紗夜歌が政宗の髪の毛をくしゃりと撫でる。
政宗の目が嬉しそうに細められる。
小十郎は胸がちくりと痛むのを感じた。
「紗夜歌が前に言ってた、What the何とかってのは?」
「ああ、What the hell?あれはね、一体何だ?って意味だよ。The hellを挿入する事によって強調するの。Who the hell are you?って言ったら、あんた一体誰だ?って意味になるし、What the hell are you doing here?って言ったら一体ここで何してやがる?って意味になるね」
「Got it。辞書に載ってなかったからな。気になってた」
「参考になって何より」
紗夜歌はにっこりと微笑んだ。
政宗も微笑み返すと、また電子辞書を覗き込んだ。
何やら操作しているようだ。
「Oh…『あんたが好きだ』は『I like you』か」
「うーん、合っているとも言えるし、合っていないとも言えるかな。日本語の好きってさ、ただ好きってのもすごく好きっていうのも同じじゃない?人に好きだって言う場合、大抵愛してるって意味合いだから、『I love you』だと思うよ」
「I love youか…」
「ってか、何でそんなこと調べてんの?戦場じゃ使わないじゃん!!あ!!まさか、政宗、外国人口説くつもり!?バテレンを側室にするの!?やっらし〜!!白人ってボンキュッボンだもんね!!」
「ああん!?そんなの俺の勝手だろうが。やらしいのはあんたの頭の方だ!!」
「ギャーーーーー、やめてぇえええええええ!!!!!」
政宗は握り拳で紗夜歌の頭をぐりぐりと締め上げた。
紗夜歌は涙目でバタバタと手足をばたつかせている。
政宗の意地悪そうに吊り上げられている唇とは裏腹に。
その瞳はひどく嬉しそうで、愛しげで。
痛みを堪える紗夜歌はそれに気付かない。
しかし、小十郎は気付いてしまった。
主が紗夜歌を愛しているのだと。
政宗のその心に気付いた時、自分の心に燻り続けていた想いが何なのか気付いてしまった。
自分もまた紗夜歌を愛しているのだと。
小十郎はその場をそっと立ち去った。
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