Because I love you -7-

部屋に戻って書を解いても、政宗様と紗夜歌の姿がちらついて集中出来ない。
俺はぼんやりと書を眺めていた。
政宗様が『I love you』という言葉を知りたかった理由はただ一つだ。
紗夜歌に想いを告げるため……。
そう思うと、胸の奥が苦しくなる。
主の恋が成就する事はなによりも喜ばしい。
例え異世界から来た人間であろうと、絶対に政宗様との縁談を結んでみせる。
そう心に誓うのに。
やりきれないほどほろ苦い思いが胸に広がっていく。
と、部屋の外に気配を感じた。

「小十郎、入るぜ?」
「政宗様、どうぞ…」

俺は平静を装って答えた。
すぐに政宗様が襖を開けて部屋に入り、文机を挟んで俺の前に座った。
政宗様はいつものように軽く唇の端を吊り上げて笑っていて、その心が読めなかった。
その鋭い隻眼で俺をじっと見つめると、政宗様はゆっくりと口を開いた。

「紗夜歌の唇を奪った」

その言葉が頭の中をぐるぐると回る。
そうか…紗夜歌はやはり政宗様のものに…。
酷く落胆しそうになる気持ちを奮い立たせ、俺はそっと政宗様に頭を下げた。

「おめでとうございまする」
「だが…」

何故そこで逆接語が来るのだ?
俺は顔を上げ、訝しげに政宗様を見つめた。

「ふられちまった。他に好きな男がいるらしい」

政宗様は自嘲気味に笑っている。
他に好きな男……?
政宗様とあれほど仲睦まじくしていたのに…。

「異世界に想い人でもいたのですか?」

政宗様をふってしまうほど、その男の事が好きならば、俺には到底手が届かない。
自分の想いのみならず政宗様の想いまでも実らなかった事に、俺は落胆した。
政宗様はフッと笑った。

「さあ、そいつはどうかな…。小十郎、ヒントをやる」
「ヒント…とは?」
「答えの手がかりってところだな。いいか、一度しか言わねえ」
「心得ました」

俺は居住まいを正して政宗様の言葉を待った。
政宗様の唇はその兜の前立てのような美しい弧を描き、そして開かれた。

「She loves you」

一語一語区切るようにはっきりと発音されたその言葉を理解するのにたっぷり十秒ほどかかった。
紗夜歌の部屋で政宗様と紗夜歌が話していた内容が走馬灯のように頭を過ぎる。
Sheは彼女。Youはあなた。そして、Loveは愛している。
俺の理解が正しければ、紗夜歌は俺を愛している…?
それならば何故逃げる?
わからない。わからない。
会って確かめなければ…!!
逸る心を抑え、俺は政宗様に一礼した。

「御前を失礼致します」

俺が顔を上げた時の政宗様の笑みは、俺が幼少の頃から見守って来た笑みの中で一番綺麗な微笑みだった。
政宗様は一体どのようなお気持ちでそのような笑みを浮かべていらっしゃるのだろう。
自分の心を抑え。恋敵に塩を送って。
心が熱くなる。
思わず目頭まで熱くなるのをぐっと堪え、俺は立ち上がり、部屋を後にすると、紗夜歌の部屋へ急いだ。


小十郎が部屋を出て行って、俺は一気に脱力した。
壁に寄り掛かり、天井を仰ぐ。
俺は綺麗に笑えていただろうか…?
小十郎があの時紗夜歌の部屋の前にいたことには気付いていた。
それだけではない。
時折紗夜歌の部屋の前で立ち止まり、しばらく耳を澄ませてから立ち去っていく事にも気付いていた。
紗夜歌の姿を目で追うことも。
小十郎も紗夜歌に想いを寄せている…。
あのヒントは賭けだった。
あれがわからないようだったら、何としてでも紗夜歌を奪うつもりだった。
だが、小十郎ならきっと理解するだろうと思っていた。
ほうっと溜息をつく。
俺の背中を守る事に全力を尽くすからと言って、今まで妻すら娶らなかった小十郎。
いつも俺の事ばかり優先させて…。
だから俺の一番大切なものを譲ってやる。
まだ腕の中に愛しい温もりが残っている。
もうあの柔らかい身体を抱き締める事は出来ない。
俺の腕の中で屈託なく笑う紗夜歌が堪らなく好きだった。
拗ねた顔も怒った顔も全て。
愛していた。
でも、これも惚れた女の幸せのため……。
あいつを幸せに出来るのは俺じゃなくて小十郎なんだ…。
視界が歪む。
涙が一筋だけ頬を伝って流れ落ちていった。
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