Because I love you -8-

私は政宗が去っていった後、畳の上に仰向けに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めていた。
意地悪だけど、乱暴だけど、素直じゃないけど、とてもとても優しい子。
あの子の温もりに甘えていた。
大好きだった。
でも、それを拒んでしまったのは私…。

「私も、政宗を愛したかったよ…」

そっと呟いてみて、切なくなった。
何であの温かい腕を手放してしまったのだろう。
熱い眼差しを。甘い声を。
それほどまでに小十郎への想いが大切…?
私はこの想いを伝えることすら出来ないのに。
そう思うと、情けなくて、政宗に申し訳なくて、泣けてきた。
こんな私を愛してくれてありがとう。ごめんね…。

「おい、紗夜歌、いるんだろう。入るぞ」

涙を拭いていると、襖の外から低音の凛とした声が響いた。
小十郎だ。
何故!?
私はまだ涙の残る顔を見られたくなくて。
そして、何よりも恥ずかしくて。
大慌てで小十郎に答えた。

「ちょっ、ま、待って!!」
「いや、待てねえ…」

小十郎の声と共に襖が開いた。
慌てて私は身体を起こした。
小十郎は構わず真っ直ぐに私に近付いてくる。
私は逃げる間もなく、でも目を合わせることが出来なくて、瞳を伏せた。
小十郎が私の前に座る。
目を伏せたままの私に、小十郎は構う事無く話しかけた。

「先ほど政宗様が俺の部屋にいらっしゃった」
「え?政宗が?」

私は思わず目を上げた。
小十郎の視線と交錯する。
その視線はいつものように、落ち着いていて、でも鋭くて、私は射竦められたような感覚に陥った。
その端正な顔立ちを見つめていると、我知らず頬が上気する。
しかし、先ほどまでの政宗とのやりとりのこともあって、私は小十郎に質問せずにはいられなかった。

「何を話したの…?」
「政宗様が、お前にふられたと」

私は思わず目を伏せた。
やはり…。
小十郎は溜息をつくと、私の頬をすっと撫ぜて言葉を続けた。

「全く、お前は。政宗様ほどのお方をふるし。俺とは目を合わさねえし。目が合ったら逃げるし。そんなに俺達の事が嫌いか?」
「そんな事ない!!!」

私はすぐさま言い返し、小十郎を真っ直ぐに見つめた。
嫌いだなんてとんでもない!!
これだけは誤解されたくなくて、本当は目を逸らしたかったけれど、小十郎の視線を真っ向から受け止めた。
小十郎の視線が鋭さを増す。

「ほう…。ならば何故俺から逃げ回るのか聞かせてもらおうか…?」

い、言えない……。
好き過ぎて正面から直視できないなんて…。
絶対に馬鹿にされる。
鼻で笑われる。
そしてふられる。
ごめん、政宗。
私、あなたのことふっちゃったけど、その想い無駄にしそう…。
でも……。
ここで何も答えなかったら、それこそ政宗の想いを踏みにじってしまう。
政宗も潔くふられた。
それならば私も……。
小十郎は私の答えを促すかのようにじっと私の瞳を覗き込んでいる。
それでも、やはり私は恥ずかしくて、素直に答えられなくて。
口をついて出たのは英語だった。

「Because I love you too much…」

唇が震える。
私は堪えきれず、また目を伏せた。
きっと意味を聞かれるんだろうな…。
と、小十郎がすいと膝を進めてくる気配がした。
そして、次の瞬間には小十郎に引き寄せられ、きつく抱き締められていた。
その胸板は、腕は、政宗よりも逞しく。
え?何故!?
混乱と羞恥で真っ赤に染まっている私の耳元で小十郎は低い声で囁いた。

「俺も愛しているぜ、紗夜歌…」

我が耳を疑った。
何で!?何で小十郎が英語わかるの!?
ってか、俺も愛してるって……!!!!

「小十郎!!何でわかったの!?」
「さっきお前の部屋の前を通りかかってな。襖が開いていたから話し声が聞こえた。『I love you』は『お前を愛している』という意味だろう?最初と最後はよくわからなかったがな。…詳しく聞かせてもらおうか…?」

小十郎の吐息が耳元をくすぐる。
小十郎が放してくれる気配はない。
私は沈黙に耐えられず、くぐもった声で答えた。

「それはね……『貴方を愛しすぎているから』っていう意味だよ……」

恥ずかしくて小十郎の肩口に顔を埋めた。
……言っちゃった……。
きっと呆れてるだろうなあ……。
私の身体に巻きつけられていた腕の力がすっと緩んだ。
ほら、呆れてる……。
私は恥ずかしさに目を伏せていると、小十郎の大きな掌が私の後頭部にあてがわれて。
はっと目を上げると小十郎の端正な顔が吐息のかかる距離にあった。
唇が触れるか触れないかの距離で、小十郎が囁いた。

「随分と嬉しい事を言ってくれるじゃねえか…」

そして、そっと唇が重ねられた。
それはしっとりと柔らかく。
啄ばむような気だるい優しい口付けに私は酔いしれた。
キスまで私の理想だなんて、反則……。
ダメだ…。融ける……。
甘い口付けに身体が痺れたようになり、小十郎の着物をぎゅっと掴んだ。
いつまでもこうしていたい…。
唇が離れた瞬間、また小十郎が低く囁いた。

「本当はな、政宗様にヒントを頂いた」
「え?ヒント…?」
「政宗様は、こう仰った。『She loves you』」

私の口から嗚咽が漏れる。

「あの子はっ……!!どれだけ優しいの……!?」

また涙が零れる。
政宗が小十郎をけしかけなかったら、私の想いは小十郎に伝わることはなかっただろう。
それは勇気のない私にくれた政宗の最高のプレゼント。
政宗、ありがとう…。
意地悪そうな笑み。嬉しそうな笑み。不機嫌そうな顔。
政宗の色々な表情が脳裏に浮んで胸がいっぱいになる。
あなたを幸せにしてあげられない私を許して……。
私の溢れる涙を小十郎は唇で吸い取りながら、言葉を続けた。

「俺は政宗様の想いを無駄にしねえ。お前を誰にも渡さない。死が俺達を別つまで俺はお前と添い遂げる。お前が好きだ」
「私もっ……!!!」

また唇が重ねられた。
今度は先程より深く。
私は小十郎の首に両腕を回した。
口付けを交わしながら小十郎がゆっくりと私の身体を押し倒していく。
私を組み敷くと、小十郎は熱を孕んだ瞳で私を見つめてきた。

「俺をここまで焦らしたんだ。覚悟は出来ているな……?」

魂まで喰われそうなほどの鋭い視線に射抜かれぞくりと身を震わせながら、私はこくりと頷いた。
心の準備なんて出来ていなかったけど。
心臓はバクバクと脈打ち破裂しそうだったけど。
小十郎を愛し、受け入れるのが私の政宗への贖罪。
私はそれを甘んじて受けた。

Because I love you…。


Fin…


自分が塾講師になる前に書いた作品です。まさかヒロインと同じ職種になるとは夢にも思いませんでした(笑)。
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