ファーストキスはほんのり甘いチョコレートの味だった。
その味と裏腹に、交わされた口付けはあまりに激しくて。
もっと甘くてロマンチックなキスを夢見ていた私は、そのギャップに眉を顰める。
見つめ合って。
頬をそっと大きな手のひらで包みこまれて。
優しく抱き寄せられて。
交わされる甘い口付け。
そう、あの日、小十郎が私を車の中で抱き寄せたみたいに。
そんなファーストキスを夢見ていた。
ずっと好きだった政宗にキスされたのに、何で私の気持ちはこんなに晴れないんだろう。
期待していたようなファーストキスじゃなかったから…?
それとも政宗の気持ちが分からないから…?
政宗の気持ちが分からないなら確かめればいいのに、私には出来なかった。
政宗が戯れでキスをしたなら哀しい。
でも……。
もし本気だったら…?
政宗が本気で私を好きなら…?
私の思考はいつもそこで止まってしまう。
私は片思いにあまりにも慣れていた。
政宗が好意を向けてくれているのは気付いていても、恋人として付き合うようになるなんて思ってもみなかった。
政宗が本気だったら…?
例え政宗が本気でも、あの容姿にあの家柄。そしてあの若さ。
私では政宗を満足させられなくて、例え付き合っても近い将来捨てられてしまうと思う。
政宗が私を好きだと言っても素直に信じられない。
だって5歳も年が離れているんだもの。
有り得ないよ…。
こうして私の思考は袋小路で行き詰まり。
そして闇に閉ざされていく。
こんな状態で政宗に会っても何て言っていいか分からないから、私は政宗に会わないよう、出勤の時間を早め、退勤の時間を遅めた。
そうして政宗から距離を置いたのは私自身のはずなのに。
あれ以来政宗からメールも電話も来ない。
もう10日が経とうとしている。
寒い冬ももうすぐ終わりだ。
月日の流れる速さに、ああ、あれはやっぱり一時的な気の迷いだったんだと落胆する自分がいる。
だってあのキスは優しくなんかなかった。
小十郎に嫉妬した当て付けだったんだ、きっと。
些細な嫉妬でたった一度しかないファーストキスを奪われてしまった。
相手が、ずっと焦がれていた政宗だったから良かったけど。
でも、もっと違う形でキスをしたかった。
仕事に集中している時は忘れられるのに、ふと休憩を取ると押し寄せて来る行き詰まった思考。
あの日とは違う、もっと安いココアをマグに淹れて、暖を取るようにしてゆっくりと飲んでいると、ぽんと肩が叩かれた。
「猿飛君…?」
「仄香ちゃん、元気ないけど大丈夫?ここの所、プロジェクトは順調だから、今日は早く帰っていいってさ」
「そうですか…」
時計に目を落とす。
夜7時半。
いつもより2時間以上も早い。
政宗に家の前で会ったらどうしよう…。
心の中の不安が顔に出ていたのか、猿飛君は私の隣りのデスクに着き、椅子を引き寄せて私の顔を覗き込んだ。
そして小声で囁く。
「何か悩みごと?俺で良かったら聞くけど。こんな所じゃアレだからさ、今から飲みに行かない?」
こんな悩み、猿飛君に聞かせるのは気が引ける。
仕事とは関係ないプライベートな話だ。
もう小十郎を頼る事も出来ない。
小十郎なら政宗と直接会って話をするべきだと言うに決まっているから。
私は逃げている。
一体どこへ逃げようとしているんだろう。
あの日を境に小十郎とも政宗とも話をしていない。
何の進展もなく、ただ心の中の不安の密度が増すだけ。
もしかしたら…。
猿飛君をじっと見つめる。
人当たりのいい性格。
社内でもファンがいるくらいの容貌。
そつのない性格。
きっと恋愛経験も豊富で。
一番私の欲しい言葉をくれる人物かも知れない。
「どうしたの?そんなに見つめられると俺様照れちゃうんだけど」
「あっ、ごめんなさい。考え事してて」
猿飛君は微笑むと、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「一人でそんなに抱え込まないで、吐き出しちゃいなよ。今日は飲み決定ね。さあさあ、ちゃっちゃと帰る支度しよう?」
猿飛君は私のデスクの片付けを手伝い、自身も帰り仕度を済ませると、私の腕を引き、夜の街に繰り出した。
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