Single Malt -2-

外に出ると、もうすぐ春だというのに吹き抜ける風は身を切るように冷たくて私は身震いをした。
猿飛君は私をちらりと見下ろして微笑んだ。

「もうすぐ春だからってまだ薄着には早いよ。ほら、ちゃんとマフラーしときなさい」

そう言って、自分の首に巻いていたマフラーを外して私の首に巻き付ける。

「いえっ、だってそれじゃ猿飛君が寒いでしょう?」
「俺はいーの。寒がってる女の子をほっとけないでしょ?」

へらっと笑って手を振る様子に何だかこのまま甘えたくなってしまう。
マフラーからは微かにメンズの香水が香った。
こういうさり気ない気遣いが出来るから猿飛君ってモテるんだろうなあと思う。
ちょっとカッコいいと思ってしまった。

会社の人に見られてないよね…?
こんな所見られたら誤解されちゃう。

そっと周りを伺うと猿飛君は笑みを浮かべたまま少し首を傾げた。

「仄香ちゃん、どうかした?」
「あ、えーと、こんな所、会社の人に見られたら誤解されちゃうんじゃないかなって。猿飛君のファンにいじめられちゃいます」

周囲を気にしながら言うと、猿飛君はおかしそうに笑った。

「なんだ、そんな事気にしてるの?誤解させとけばいいよ。その方が好都合だし、色々」
「好都合…?」

私が首を傾げると猿飛君は笑顔のままヒラヒラと手を振った。

「何でもない。こっちの話。さあ、じゃあちょっと会社から離れた所でご飯食べようか。渋谷にいいお店があるからそこに行こうよ」

私は猿飛君に促されるままに電車を乗り継ぎ渋谷に出た。



渋谷には大学生や高校生がたくさんいた。
自分もついこの間までこうして大学の帰りに渋谷で遊んでいたのに、もう遠い昔のように感じる。

「何だか懐かしいな…」

そう呟くと猿飛君は声を立てて笑った。

「何言ってんの。俺達だってついこの間まで大学生だったでしょ?スーツだからそう思うのかな?じゃあ、今度は休日に私服で渋谷に飲みに来る?」
「休日は寝てたいな」

ぼそりと呟くと、猿飛君は哀れむように私を見て、ぽんぽんと頭を撫でた。

「まだ若いのに可哀相に。休み明けに毛利主任に抗議してあげるよ」

私は慌てて首を横に振った。
ただでさえ仕事にあんなに厳しい人にそんな事を言ったらどんな嫌味を言われるか分からない。
それに仕事が出来ない女だと思われるのは嫌だった。
たかがこんな仕事で音を上げてしまう女だと思われたくなかった。

「ほら、入社して初めての大きな仕事ですし。それで疲れてるだけです。これくらいで音を上げてると思われたら次から仕事を任されなくなっちゃいますから毛利主任には内緒にして下さい」

縋るように長身の猿飛君を見上げると、猿飛君は仕方ないというように溜め息を吐いた。

「まあ、仄香ちゃんがそう言うならいいけど。俺だってまた仄香ちゃんとチーム組みたいし?だから、無理だと思う前に俺にちゃんと言ってね。手伝ってあげるから」

表情を曇らせていたが、いつものように明るい笑顔になってパチンとウィンクをした。
人懐っこい笑みに私もつられて笑う。

「ありがとうございます」

うんうんと頷いて、猿飛君はまた私の頭を撫でた。
勿論会社ではこんな事はしない。
猿飛君に頭を撫でられる度、既視感を覚え、胸の奥が苦しくなる。


猿飛君よりもう少し大きな手で。
もう少し子供扱いしたような撫で方。


小十郎…。


小十郎に会いたい。
いつもみたいに私の泣き言を黙って聞いて。
そして、よしよしと頭を撫でて欲しい。

表では鬼の片倉と言われるくらい超やり手で隙も容赦もない小十郎だけど。
私には優しいお兄ちゃんだ。


いや…。
もう小十郎はお兄ちゃんじゃないかも知れない。
だって私は知ってしまったから。
小十郎の腕に抱き締められる心地よさを。


政宗と小十郎の顔が交互に脳裏に浮かんで私の思考はまたフリーズした。
私は答えを出す事を恐れている。

ずっと好きだった政宗。
兄の顔から一転男の顔を見せるようになった小十郎。

二人共私のかけがえのない大切な人。
どちらかを選んで、どちらかを傷付けるなんて出来そうになかった。
どちらを選んでも私は傷付いてしまいそうだった。

「仄香ちゃん?」

猿飛君の声に我に返ると、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫?相当参っているね。お店までもう少しだから。早く人込みから抜けようか」

また一つ頭を撫でると猿飛君は人込みから守るように私の肩をそっと抱いて促した。
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