1時間後にでもホテルにかければ捕まるだろう。
主がその電話に出るとは限らないが。
俺は仕方なく政宗様から仰せつかった通りに部屋の手配を済ませた。
そしてソファに身体を預け、天井を振り仰いだ。
全くあの御方は一体何をお考えだ…。
仄香の気持ちを考えると深い溜め息が零れる。
政宗様の女癖が悪いのは分かっている。
止めようとしなかった自分も悪い。
ただ、政宗様はいつも相手も遊びと割り切っている女としか寝ない。
そして同じ女は二度と抱かない。
それは、心の中に仄香がいるからこそだった。
好きな女がいるなら貞節であるべきだなんて言うつもりはなかった。
好きな女を抱く時に、手慣れていなかったら恥をかくのは男だ。
だから、俺は政宗様を止めるつもりはなかったし、俺自身、仄香を想いながら女を抱いた事は数知れない。
でも、このタイミングで女を連れ込む事はないだろう…。
政宗様が仄香に口付けてから10日。
あいつは今頃独り悩んでいるだろう。
そばにいてやりたい。
力になりたい。
でも今回ばかりは俺も力になれそうになかった。
会えば想いが溢れ出す。
政宗様と俺の間で揺れているあいつに俺が手を差し延べるのは不公平だ。
いくらあいつが悩んでいても、こればかりは俺が助けてやる事は出来ねぇ。
他のものならいくらでも政宗様に譲れる。
でも、仄香だけは譲れなかった。
今まで想いを告げなかったのは、あいつの心が政宗様で占められていたから。
俺の入る余地がない程仄香の心は真直ぐに政宗様に向かっていた。
でも、あの初詣の日…。
独り淋しそうにしている仄香を俺は放っておけなかった。
苦しい恋をしているあいつを見ていられなかった。
今思えば、俺が余計な事をしなければ、仄香はいつまでも純粋に政宗様を想っていられたのだと思う。
それでも、もう、堪えきれない程、俺は長いことずっと仄香だけを見てきた。
グラスぎりぎりに入った水の表面張力が決壊し。
溢れ出した想いは止める事が出来なかった。
報われない想いでもいい。
いっそはっきり断ってくれれば諦めがつくと思った。
ただ、俺の想いを知ってくれるだけで良かったんだ…。
仄香は俺の想いを断る事も受け入れる事もせず。
少しずつ俺の事を意識し始めた。
人間は貪欲な生き物だ。
諦めていたものが手に入りそうになった途端、余計に欲しくなる。
ただ遠くで見つめているだけで満足だったのに、もっとそばにいて、その心に触れたいと願ってしまう。
仄香に会いたい。
あいつは今、何を想っているのだろう。
他の女を抱いてるとは知らずに相変わらず政宗様を想っているのか。
そう考えると、仄香が不憫で胸が苦しくなった。
仄香に手を出すなら、他の女になんか手を出してる場合じゃない。
仄香に想いを告げようとする政宗様を止めたのは俺だが、もし、仄香が未だに悩んでいるのなら俺が答えを聞き出して…。
そう思い、携帯に手を伸ばすと着信があった。
『仄香母』と表示されている画面にしばし凍り付く。
一体こんな夜更けに仄香の母上が何の用事だ?
まさか…仄香に何かあったのか…?
そう思い当たって俺は慌てて電話に出た。
「もしもし、片倉です」
「ごめんなさいね、こんな遅くに。政宗君から電話があったの。仄香、飲み過ぎちゃったから、小十郎君と政宗君にお世話になるって」
「はぁ」
咄嗟に曖昧に返事をしたが、心の中はそんな所じゃなかった。
政宗様が電話を切る直前に女の声がした。
どこかで聞いた声だったような気がしたが、電話越しのその声は遠く、いつものように、行きずりの女だとばかり思っていた。
でも…。
まさかあれは仄香だったのか…?
政宗様は仄香をホテルに連れ込もうとしているのか…!?
「小十郎君?」
「ああ、すみません」
「明日、私、旦那と早く出かけて夜まで帰らないから、もし二日酔いが酷かったら小十郎君に仄香の面倒お願いしちゃってもいいかしら?」
「はい、分かりました。責任持ってお預かり致します」
「そう?助かるわぁ。本当に、小十郎君と仄香が結婚してくれたらいいのにって思うわ」
「仄香がその気になってくれれば、俺はいつでも仄香を頂きたいと思ってますよ」
「嬉しいわぁ。じゃあ、明日よろしくね」
「はい、では失礼致します」
電話を切って、政宗様との会話を思い出す。
電話越しの女は確かに抵抗していたような気がした。
政宗様はまさか無理矢理…!?
そう思うといてもたってもいられなかった。
綱元に『出かけて来る』と一本メールを入れて、屋敷を飛び出す。
車を車庫から出すと、俺はエンジン全開で、静かな夜の道を走らせた。
間に合ってくれ。
俺はお前が傷付くのを見てられねぇんだ。
政宗様が無理矢理お前を抱くというなら必ず助け出すから。
だから、待っててくれ…!!
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