腰には腕が巻き付いていて、それが服越しの感触ではない。
素肌に触れている。
その瞬間私の顔から血の気がザアッと引いて行った。
何も覚えていない。
佐助君と飲んでいた所までは覚えているけど、店を出た辺りからの記憶がぷっつりと途絶えている。
私は…。
佐助君と飲んだ後、そのまま一夜を共にしてしまったの…?
下半身に残る違和感。
それが昨日の夜の出来事を意味しているようで私は凍り付いた。
怖くて自分を抱き締めている男の顔が見れない。
確かめるのが怖い。
そんな気もないのに一夜を共にしてしまって私は何と言えばいいんだろう…。
言葉を探してそのまま息を殺して男の首筋を凝視していると、男が寝ぼけたように軽く呻いた。
その聞き覚えのある意外な声に私は驚いた。
「まさ…むね…?」
何で私は政宗にこうして抱かれているの…!?
言葉にならず、ただ思わず政宗の胸に手を着いて政宗の顔を見つめると、政宗も視線を合わせ、私をじっと見つめた。
「Good morning, honey. 気分はどうだ?頭痛くねぇか?」
「少し痛いかな…」
「そうか」
政宗はゆっくりと私の頭を撫でた。
いつもじゃれつくように撫でるのと違う。
優しく慈しむような撫で方。
まるで恋人にするように…。
それが政宗とそういう関係になったという事を象徴しているようで胸の奥がむかつくような困惑が心の中に広がっていく。
私は昨日政宗に何を口走ったの…?
政宗は何と言って私に想いを告げたの…?
何も覚えていない…。
「どうした?」
政宗は少し困ったような表情で尋ねた。
その隻眼に気遣わしげな色が揺れている。
黙っていても、私が記憶を失っている事は隠し切れない。
それに…。
何があったのか知りたい。
知るのが怖いけど、私は知らなければならない。
私が政宗に身を委ねたのなら、これ以上私は政宗から逃げる事は出来ない。
私は責任を取らなければならない。
「昨日、何があったの?私…覚えてなくて…」
我ながら情けない言い草だと思う。
酒に酔って記憶を無くしてしまうなんて。
政宗は驚いたように目を瞠った。
「マジかよ…?」
そのまま言葉を切り、じっと私を見つめる。
多分、ちょっとの間だけだったのかも知れないけど、私には長い長い沈黙に感じられた。
「どこまで覚えてる?」
政宗はようやく口を開いた。
「佐助君と飲んでて、外に出た辺りまで。その後は何も…」
「俺に会ったのは覚えてるか?」
佐助君に肩を抱かれるようにして店を出た事は覚えている。
でもその後の事は何も思い出せなかった。
ふるふると首を横に振ると、政宗は「そうか」と呟いた。
長い睫毛を伏せ、溜め息一つ吐くと瞳に強い光を湛え、政宗は口許を綻ばせた。
「お前、危ない所だったぜ。あのままだったら、佐助に持ち帰られる所だった」
「えっ!?」
「まあ、自宅まで送るつもりだったのかも知れねぇけど。偶然俺が通りかかったから、俺が連れ帰る事にした。家、隣りだしな」
「そう…なんだ…」
何故佐助君ではなく政宗が一緒なのは分かった。
でも、問題はその先だ。
「でもどうして…」
私が言い淀むと、政宗は艶然と微笑みかけた。
うっとりとしてしまう程綺麗で、どこか危険な笑み。
いつの間にこの子はこんな笑みを浮かべるようになったの…?
胸の奥がざわつく。
ときめきなのか。
何かへの警鐘なのか。
分からない。
私には魅入られたように政宗を見つめる事しか出来なかった。
「真直ぐ帰るつもりだったんだけどな。誘って来たのはお前だぜ?」
「え…?」
やっぱりという思いと、信じられないという思いで政宗を見つめる。
だって、私は政宗と小十郎の間で揺れていた。
なのに、やっぱり私は政宗を選んだの…?
言葉を失って政宗を見つめると、政宗は眉を顰めた。
「覚えてねぇのかよ。残念だぜ。昨日あんなに乱れて俺を求めて来たのに。お前、すっげぇ可愛かったぜ」
「嘘…」
「嘘じゃねぇよ。お前に煽られて、俺、止まんなかったし」
そう言って私の首筋に、胸元に口付ける。
初めて感じる甘い痺れに戸惑い、政宗を止めようと、政宗の頭に手を沿えて自分の胸元を見たら、鮮やかな赤い痣がいくつもちりばめられていた。
やっぱり私は政宗に抱かれたんだ…。
政宗はまた一つ胸元に新しい華を咲かせた。
顔を上げた政宗の唇が美しい弧を描く。
「やっとお前をこうして抱けて嬉しいぜ。仄香、好きだ。昔からずっと好きだった」
「政宗…」
胸が怪しいくらいにドキドキと高鳴り苦しい。
あれ程焦がれていた政宗に想いを告げられた。
こうして抱かれた。
あの日のキスは気紛れなんかじゃなかった。
ちゃんと政宗は私を想っていてくれた。
なのに何故私は戸惑っているの…?
この胸のときめきのままに身を委ねてしまえばいいのに。
でも脳裏に浮かぶのは、あの日車の中で私を抱き締めた小十郎。
私は自分の気持ちに答えを出さないまま政宗を受け入れてしまっていいの…?
「仄香…お前は…?酔ったお前じゃなくて、今のお前の気持ちが聞きたい」
政宗はすっと私の頬を撫で、真直ぐに私を見つめた。
脳裏に小十郎の顔がちらつく。
きっと…。
小十郎はこんな形で政宗に抱かれてしまった私を許してくれない。
もう大人だもの。
自分の行動には責任を持たなきゃ。
もう後戻りは出来ない。
「私も…政宗の事がずっと好きだったよ」
ついに言ってしまった。
私の気持ちの整理が出来るまで秘めておくつもりだったのに。
まだ小十郎と政宗の間で揺れているのに。
もっと違う形で想いを告げたかった。
でも、私に残された選択肢はこれしかなかった。
「やっと素直になったな。仄香、もう誰にもお前を渡さねぇ。後で小十郎に報告しような」
『小十郎』の名前を聞いて胸がきりきりと痛む。
政宗は酷く嬉しそうに、ゾッとするくらいに綺麗な笑みを浮かべると、荒々しく私の唇を奪った。
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