ドラマでしか見たことのないような光景。
スーツをハンガーにかけることもなく。
無造作に脱ぎ捨て。
そんなに私は政宗を求めていたの…?
シーツを身に纏わせ一つずつ拾い、畳んでバスローブに着替える。
ふと二の腕に目をやると、そこにも紅い華が咲いていた。
何も覚えていないけれど、これが私の現実なんだ。
想いを通わせることもなく、身体から結ばれてしまうなんて…。
そんな事になるなんて思いもしなかった。
もっと違う形で政宗と結ばれたかった。
私の不安を聞いてもらって。
きちんと分かってもらって。
その上で好きだと。
学生と社会人の壁をしっかりと分かってもらって、その上で覚悟を持って好きだと言って欲しかった。
お互いの想いを確かめて、優しいキスをして。
休日の午後、手を繋いでゆっくりとウィンドウショッピングをして。
オープンカフェで他愛もない話をする。
そして、お互いの心が固い信頼で結ばれてから政宗の腕で抱かれたかった。
なのに何も覚えていないなんて…。
全ては前後不覚になるくらい飲み過ぎてしまった私の責任だ。
政宗が言う通り、私が政宗を求めて乱れていたのなら、おそらくそれが私の心の答えなんだろう。
私は小十郎じゃなくて政宗を選んだんだ…。
この部屋の隣りに小十郎がいる。
小十郎は政宗と私がここに泊まっていると聞いてどんな気持ちだったんだろう。
自分できちんと答えを出して。
そして、それを小十郎に報告してから政宗と結ばれたかった…。
小十郎、ごめんなさい…。
小十郎を想うと胸が苦しい。
こんな形で政宗と結ばれてしまって、もう、小十郎は以前のように私に微笑みかけてくれないかも知れない。
ずっと小十郎に会いたかった。
政宗から連絡が来なかった10日間ずっと。
小十郎に話を聞いてもらって、優しく頭を撫でて欲しかった。
いや…。
私は、あの日のようにもう一度、小十郎に抱き締めて欲しかった…。
あの逞しい腕で押し包むようにもう一度…。
でも、私はもう、あの日のように小十郎に抱き締められる事はない。
どんな顔をして私は小十郎に会えばいいの…?
思考がぐるぐると回る。
ベッドに座り込み、同じ事を何度も繰り返し考えていると、政宗がシャワーを浴びてきた。
「お前もシャワーを浴びて来い。着替えたら行くぞ」
「うん」
少し熱めのシャワーを浴びて身体を洗う。
もう、昨日までの私の身体と違うと思ったら何だか淋しかった。
政宗にこの身体を愛されたのなら、それを覚えていたかった。
髪を乾かし、スーツに着替える。
香水をほんの少し着けて、政宗に手を引かれて部屋を出た。
隣りの部屋のドアの前に立つ。
政宗がドアをノックして、私は思わず俯いた。
あんなに会いたかった小十郎に会うのが怖い。
間もなくドアが開けられた。
「政宗様」
「Good morning, 小十郎」
小十郎の声は静かだった。
何を想っているのか分からない。
私は小十郎の顔を見るのが怖くて俯いたままだった。
「仄香…」
やがて、私の名前が呼ばれた。
想像していたよりずっと優しくて。
いつもより幾分優しくて。
私は顔を上げて小十郎を見た。
小十郎は、疲れた顔をしていた。
私を見つめる眼差しは心配そうで。
でも、とてもとても優しい眼差しだった。
政宗から連絡を受けて小十郎はここに来たんだろう。
私は小十郎の想いを知っている。
何も小十郎に告げずに政宗と結ばれて。
軽蔑されても仕方がない。
でも、何でそんなに優しいの?
私は小十郎を傷付けたんだよ?
じっと小十郎を見上げると、小十郎は広くドアを開けて私達を中に促した。
ソファに小十郎と向かい合わせに政宗の隣りに座る。
しばらくの沈黙の後、政宗が口を開いた。
「小十郎。俺達付き合う事になったぜ」
政宗は真剣な顔つきでそう小十郎に告げた。
小十郎の眼光が僅かに強くなる。
「仄香と話し合った上で決めたんでしょうね?」
「ああ」
話し合い…。
お互いの想いは告げた。
でも肝心の私の不安については何も相談していない。
それで話し合いと言えるのか…。
でも、こうして一夜を共にして。
もう何の言い訳も出来ないように思えた。
「仄香、政宗様ときちんと話は出来たのか?」
小十郎は優しい兄の顔で私に尋ねた。
まるで、私が政宗に何も言えなかった事を見透かしたように。
小十郎の瞳に気遣わしげな色が揺れている。
小十郎の優しさに縋ってしまいたい。
本当の事を話してしまいたい。
「小十郎、私…」
「仄香」
口を開くと政宗に遮られた。
「昨日、想いを確かめ合っただろ?忘れたのか?」
鋭い瞳で真直ぐに見つめられて、私は何も言えなくなった。
酔った勢いで政宗に抱かれた事を小十郎に知られる訳にはいかない。
私はふるふると首を横に振った。
「政宗が好きって言ったのは私。政宗も私が好きだと言ってくれたの。小十郎の心配するような事は何もないよ」
こんなのは嘘。
本当は心の中は不安でいっぱいだ。
でもそれを小十郎に相談する事など出来ない。
しばらく小十郎は無言で私達を交互に見つめていたが、やがて、フッと少し淋しそうに笑った。
「この小十郎の杞憂でしたか。仄香と話し合いの上で結ばれたのならこの小十郎、何も申し上げますまい。おめでとうございます」
小十郎は政宗に頭を下げた。
「Thanks, 小十郎」
「ただ、一つだけ申し上げます」
「何だ?」
頭を上げると小十郎は真直ぐに政宗を見据えた。
「仄香を悲しませたら許しません」
「分かっている。ずっと好きだった女を泣かせる訳ねぇだろ。大切にする」
「それを聞いて安心致しました。仄香…、良かったな」
小十郎は眩しそうに私を見て笑った。
胸の奥が苦しくなる。
隣りに座る政宗に手を握られて我に返る。
「うん…」
小十郎と話したい事はたくさんあった。
でも、もう私にそんな資格はない。
「さあ、小十郎、食事して屋敷に帰ろうぜ」
「承知」
身仕度を整えて、部屋を出る。
ドアを広く開けた小十郎と視線が交錯した。
心配そうな、もの言いたげな視線。
優しく包み込まれるような…。
もしかしたら、小十郎は全てを知っているのかも知れない。
私も小十郎を見つめ、足を止めた。
こんな事になって尚、私を心配してくれるの…?
私を受け入れてくれるの…?
それなら私、全てを小十郎に打ち明けて…。
「Honey, come on!」
痺れを切らした政宗にぐいと腕を引かれて、絡み合った視線が解けた。
小十郎も我に返ったように、いつもの冷静な表情に戻った。
解けた視線は二度と再び絡み合う事はなかった。
家に帰り、着替えて携帯を見ると電源が切れている事に気付いた。
電源を入れると、メールが2件、着信が5件。
着信は全て小十郎からだった。
メールは佐助君から私を心配したメールが1件。
もう1件は小十郎。
深夜に送られたメールだ。
『お前ぇが政宗様ときちんと向かい合って結ばれた事を祈っている。お前ぇが決めた道なら俺は何も言わねぇ。でも、お前ぇが不安に思っているなら俺はいつでも力になるから。何があっても。例えお前ぇが政宗様のものになっても。俺はお前ぇの全てを受け入れる。今までと変わらずこれからもずっと。それだけは覚えていてくれ。そして、最後に一つだけ。もう、きっと伝える事が出来ねぇから。直接伝えたかったが仕方がねぇ。仄香、愛している。狂おしいくらいに。例えお前ぇが政宗様のものになってもこの想いだけはしばらく消えそうにねぇ。迷惑だったらこのメールはすぐに消してなかった事にしてくれ。あの日、お前ぇを抱き締められて嬉しかった。受け入れてくれて嬉しかった。俺はそれで十分だ。仄香、どうか幸せになってくれ。お前ぇの幸せが俺の願いだから』
私は携帯を握り締め、泣き崩れた。
小十郎の優しさが、想いが胸に染みて苦しい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
小十郎。
私も貴方が好きだった。
もっと早く気付いていたら何かが変わっていたのかな。
歯車は一つ欠けても上手く動かなくなる。
私達はどこで間違えたんだろう。
哀しくて。
哀しくて。
止めどもなく涙が溢れた。
第一部完
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