私はいつも、会社から少し離れた定食屋でご飯を食べて、その傍のコンビニの前で煙草を吸って会社に帰っていた。
大学時代に相当ヘビースモーカーになっていた私にとって、昼休みの一服は唯一安らげる貴重な時間だった。
一般職の女の子はみないい人達ばかりだったけど、総合職の私との間に見えない壁があって心から打ち解ける事は出来なかった。
同僚の男の人達も、表向きは笑っていても、女のくせに総合職だなんて、と思われている気がして心が休まらなかった。
会社の人と離れて一人になる時間は私にとってとても貴重だった。
あの日も私は定食屋の帰りにコンビニの前で煙草を吸っていた。
背後から人が近付く気配がして、私はチラリと振り向いた。
その人が誰かすぐに気付いて私は逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
まさか、いつも社員達に檄を飛ばしている片倉部長その人だとは思っていなかった。
部長に煙草吸ってるのがバレた…!
混乱のあまり、慌ててまたコンビニの窓に向かい、挨拶する事も立ち去る事も出来ずに震える手でまた煙草を取り出し火を点ける。
部長は私に気付いていないのか、私の後ろに立って煙草をふかしながら電話をしていた。
「今日は早く帰れそうだ。お前ぇ、大学の課題は順調か?今日なら見てやれそうだぜ。…ああ、たまには政宗様と揃って食事しねぇとな。…分かった、楽しみにしてる。また電話する。じゃあな」
片倉部長がこんなに優しい声で電話しているのを初めて聞いた。
恋人だろうかと思い巡らせていると、唐突に名前を呼ばれて私は恐る恐る振り向いた。
私の名を呼んだ鋭い声とは裏腹に、片倉部長は呆れたような苦笑いを浮かべていた。
「盗み聞きとはいい度胸じゃねぇか」
「も、申し訳ございませんでした!」
勢い良く頭を下げた私の頭上からは楽しそうな忍び笑いが聞こえて、私は片倉部長の表情をこっそり窺った。
怒っているようではないのでホッとして顔を上げると、片倉部長が僅かに眉を顰める。
「新入社員が一人でこんな遠くまで出歩くな」
「すみません…」
一人になりたくてわざと遠くまで来ていたけど、もうそれも出来なくなると思うと残念な気持ちでいっぱいになっていく。
「お前ぇ、煙草吸うんだな。知らなかったぜ」
「あ…あの…」
色んな意味でやらかしてしまったという気持ちでいっぱいになって視線を彷徨わせると、片倉部長は小さく溜め息を吐いた。
「大方、会社の人間に知られたくねぇとかそんな所だろうが甘いぜ。世間はお前ぇが思っているより狭い。休憩室に入りにくかったら俺が休憩するタイミングに合わせろ。それで文句言う奴なんかいないぜ?社外には極力出ないようにしろ。いいな?」
「はい。でも…」
「言わなくても分かる。社内にいづれぇんだろ?だったら尚更俺のそばにいろ」
部長はちゃんと気付いていたんだ…。
私が自分の居場所を社内で探していた事に…。
「ありがとうございます」
「急がねぇと昼休みが終わっちまう。行くぞ」
「はい!」
それ以来、部長は休憩室に行く時はそれとなく目配せをして誘ってくれるようになり、いつしか部長の煙草に火を点けるのは私の役目になっていた。
あの時私にもう少し余裕があったら気付けたのかも知れない。
私に話しかけた時、部長は電話をしていた時と同じような優しい目をしていたと…。
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