Bitter Sweet Chocolat -3-

何とか、昼休みに会社近くのおいしいケーキ屋さんで、チョコレートを男性社員分買って、自分はコンビニのおにぎりで昼食を済ませて会社に戻った。
ぎりぎりで何とか、お世話になっている社員さん達にチョコレートを配ると、私はホッと息を吐いた。
何とか義理は果たせたはず。
後は、今日早く帰る算段をつけなければ。

「毛利主任。今日は、定時で上がってもいいですか?」

主任は読んでいた洋書の経済誌から顔を上げると、いつもと変わらない月のように冷たい視線をこちらに向けた。

「今がそういう時期ではないことは、そなたも分かっているとばかり思っておったが?」
「そうですよね……」
「まあまあ、主任。彼女、最近無理してるから、少し休ませて上げないと、大事な時に倒れられたら困りますよね?」

背後から、猿飛君がひょっこり顔を出して、私の肩をぽんと叩いた。
私の同期で、同じプロジェクトチームのメンバーだ。
同輩だけど、仕事仲間だから、どうしても敬語になってしまう。
でも、そんな私には構わず、猿飛君は学生仲間のように、タメ口で話しかける。

「仄香ちゃん、チョコ美味しかったよ♪ ありがと〜」
「いえいえ、日頃のほんの気持ちですから」
「ほんの気持ち?俺様、期待しちゃってもいいのかな〜?」
「冗談は止めて下さいよ」
「はは!顔が赤くなった!もう、キミは可愛いんだから」

毛利主任は不快そうに咳払いをした。

「浮かれている場合ではないことくらい、貴様らでも分かるであろう!」
「あれ〜?毛利主任。そのチョコ、仄香ちゃんから?」
「そうだ。何か問題でも?」

毛利主任は冷たい目で猿飛君を見上げる。

「俺様、ショック〜。だって、毛利主任の、俺達よりもグレード上ですよ。もしかして、本命……」
「なっ!!?」

毛利主任は何故か、頬を薄っすらと染め。
言葉を切った後に咳払いをした。

「まあ、そなたの努力は我も認めよう。定時には上がれぬとは思うが、7時頃には今日は帰るがよい。しっかり休んで、明日に備えるように」

毛利主任からこんな優しい言葉が聞けるとは思っていなかったから、私は嬉しくなった。

「ありがとうございます、主任!家で出来る仕事は持ち帰って頑張りますね!」

そう言うと、毛利主任は満足そうに目を細めて口元を綻ばせて笑い、小さく頷いた。

「ああ、そなたには期待している」

毛利主任は、コーヒーカップを手に取って立ち上がると、給湯室の方へ消えていった。
その後姿をぼんやり見送っていると、猿飛君が、私の肩をぽんとたたき、耳元で囁く。

「で。キミの本命は毛利主任なの?」
「え?……本命はいないよ」

一番大事なのは政宗だけど。
政宗は彼氏じゃない。
大切な幼馴染。
大切な弟のようなものだ。
政宗にこんなに惹かれているのに。
告白して、一線を越えてしまうことが怖かった。

「ふ〜ん。じゃあ、俺にもチャンスがあるってこと?」

普段通りおちゃらけた言い方だったけど、どこかドキリとするほど艶っぽくて。
私は思わず猿飛君を振り返った。

「折角早く帰れるんだし、一緒にご飯でもどう?チョコのお礼したいし」
「あ、ごめんなさい。今日、用事があるんです」
「本命チョコ?」
「そういうわけじゃなんですけど。ちょっと……」

猿飛君は私をじっと見つめてからニヤリと笑った。

「何か、いわくがありそうだね。デート…かな?ん、まあ、その用事がキャンセルになったら教えてよ。俺の寂しいバレンタインに付き合って」
「またまた、ご冗談を。猿飛君はモテモテでしょう?」
「それがねぇ、本命の子には振り向いてもらえなくてね」
「猿飛君も大変ですね」
「あ〜、本当にね」

猿飛君ははぁっと溜息を吐いて、苦笑いをした。

(本当にこの子は何にも気付いていないんだから。俺の気持ちも、毛利主任の気持ちも……)

「じゃあ、私、仕事に戻りますね」
「はいはーい。じゃあ、俺、キミのためにコーヒー淹れてきてあげるから」
「ありがとうございます」

私はデスクに戻って、小十郎にメールを打った。

『今日は、7時には上がれると思う。どこで待てばいい?』

しばらくすると、小十郎から返信メールが届いた。

『寒いから、会社のビルの一階の喫茶室で待ってろ。迎えに行くから』
『分かった。ありがとう』
『いや、礼には及ばねぇ。じゃあな』

小十郎は一体何を考えているんだろう。
政宗にまだチョコも用意出来ていないのに。
ああ、帰りどうしよう…。

政宗の落胆した顔を想像すると、どうしようもなく憂鬱になった。
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