Brothers -1-

久し振りにバイトもない休日。
大学の試験も終わったばかりで解放感に溢れた気分で俺は惰眠を貪っていた。
試験は不可はないはずだ。
バイトをしながらの試験勉強は流石にキツかったが、高校と違って自分の専門外の試験が少ないから楽だ。

しかし、今まで忙しかった反動で、やがて俺はゴロゴロと横になっている事に飽きて来た。
折角暇だしたまには妹を遠乗りに連れて行ってやるか。
海辺を走ってそのまま海で遊ぶのも悪くねぇ。
俺がついてりゃ悪い虫も寄って来ねぇだろ。
お互い忙しくて最近は言葉を交わす暇もあまりなかった。
3才年下の妹が可愛くて仕方のない俺は、正直少し寂しかった。

中学生までは『アニキ、アニキ』と纏わりついていたのに、高校に入ってからは、前ほど俺の後をついてまわらなくなった。

「おい、俺だ。入るぜ」

思い立ったが吉日とばかりに妹の部屋に入ると部屋はもぬけの殻だった。
あいつは部活もしてねぇし、夏期講習は盆休み明けからしかないって親と話していたから予定はないはずだ。

一体どこに行ったんだ?

夏休みだし、友達と買い物に行ってるのかも知れない。
まあ、それならそれで、あいつが帰って来てから出かけてもいいと思う。
とりあえずどこにいるか確かめるために俺は妹にメールをした。

『お前、今どこだ?今日、バイトも大学も休みだから遠乗りに行かねぇか?夕飯は奢るぜ』

部屋に戻り、ベッドの上でゴロゴロとしながら手持ちぶさたに携帯をいじっていると、妹から返信が来た。

『わー、遠乗り行きたいヽ(*^‐^)人(^-^*)ノ でも、今、政宗と勉強してるの。。。。(〃_ _)σ‖ 頑張って5時くらいには帰るからそれからでもいい?』

『政宗』の名前に思わずこめかみに青筋がピキリと立つ。
最後に会ったのは、妹が俺にキスの相談をしに来た時だ。
よりによって、この薄い壁のすぐ向こうで最愛の妹に手ぇ出しやがって。

それまで寛大な気持ちであいつの恋を見守って来たつもりだが、すぐ手の届くような所で襲われてるのを見せつけられて、やっぱり俺はまだまだ妹を誰にも渡したくねぇと思い知った。

『お前、今どこだ?独眼竜の部屋か?』
『うん、そう。政宗の部屋、参考書揃ってるし、クーラー入ってて涼しいし。小十郎さんのお茶は美味しいし』

全く危機感のない妹の返信に俺の方が焦る。
まあ、小十郎ってやつも家にいるらしいし、下手な事は出来ねぇか。
いや、待てよ。
隣の部屋に俺がいるってのに手ぇ出してた野郎だ。
公共の場でない限り安心とは言えねぇ。

それに、あいつは受験生だ。
誰かと勉強するより一人の方がはかどりそうなものなのに。
何だってあいつは自分の部屋じゃなくて独眼竜の部屋なんかで勉強してやがるんだ。
俺だって茶くらい淹れられる。
確かに妹の部屋にはクーラーはねぇけど、リビングにはある。
折角俺が休みだってのに、何であいつは家にいねぇんだ。
独眼竜とは毎日だって会ってるじゃねぇか。

何だか苛々が募ってきて、携帯を握り締めながら胸の中で渦巻く思いを整理する。

俺はあいつに今日だけは家にいて欲しいんだ。
昔みたいに兄妹水入らずでのんびりしてぇんだ。

『なあ、一人で勉強した方がはかどらねぇか?今日は俺、家にいるし、数学は見てやれるぞ』

いつも数学で悲鳴を上げてた妹の姿を思い浮かべる。
しばらくして返って来たメールの文面はこうだった。

『ん〜、アニキに教えてもらうのも魅力的だけど。でも、ごめんね。どうしても政宗の部屋じゃないとダメなんだ。ほら、私、夏期講習、後期しか取れないから…。前期の分、政宗に写させてもらってるの。こういう事情だから、うちに呼びつけるのは失礼じゃん?』

少し言いにくそうな妹のメールで俺は全てを悟った。
こいつに悪気はねぇのは分かってたけど、これは全部俺のせいだ。
4人も兄弟がいるのに、よりによって浪人して理系の私大に入ってしまったから。
妹は国立大を受験する。
英国数社が二次試験科目だから、最低4講座受講しなければならず、しかし、俺が浪人したせいで家計は火の車。
あいつはそれなりの教育を受ければ必ず国立大学に入れるだけの底力はある。
だけど、経済的な理由であいつは本来受けるべき講座の半分しか受講することが出来ない。

『悪ぃ、俺のせいだな』

短くそう返すと、すぐに返信が返って来た。

『ううん、アニキのせいじゃないよ。受験生ってみんなこんなもんでしょ。私頑張るから!』

俺に気を遣わせないようにとの心遣いが嬉しくて口元に笑みが上る。

『よし!じゃあ、終わったら息抜きに連れてってやるから思う存分勉強して来い。独眼竜に盛るなって言っとけよ』
『アニキのエッチ!』

まるで即答するようにすぐ返信が来て思わず俺は声を立てて笑った。
まあ、この分なら大丈夫だろ。
妹と言葉を交わして少し気持ちが落ち着いて、俺はまたベッドにごろりと横になりながら、携帯でツーリングルートを検索し始めた。
すると、また妹からメールの着信があった。

あいつ、何か言い忘れたことでもあるのか?

訝しく思いながら開いたメールにはこう書かれていた。

『誰が盛るって?Ha!!あんたがそういう風に俺の事を見てるんなら、期待に応えてやんねぇとな。今日はそういうつもりで家に呼んだんじゃねぇけど。あんたのせいだぜ、you see?』

思わず顔からザーっと血の気が引いていく。

「くそっ!!独眼竜の野郎!!」

慌てて妹の携帯に電話をする。
しかし、無情にも携帯の向こうから聞こえてくるのはお留守番センターのアナウンスだけ。

「畜生!電源切りやがった!!」

携帯電話に向かって怒鳴って、ぎりりと歯を食いしばる。
独眼竜の家はどこだったか。
俺が高校を卒業してから妹は高校に入学したから詳しい事は全く分からない。
俺は妹の部屋に入り、本棚を漁った。
どこかに学年の名簿があるはずだ。

ぎっしりと本が詰め込まれた本棚から名簿を探すのは骨が折れた。
20分くらいかかってやっと見つけた名簿に載っている住所を手の甲にメモして俺は家を飛び出した。

待ってろよ。
今、俺が助けに行ってやるからな!!
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