アニキへメールを打ち終わって携帯を閉じると政宗は私の手から携帯を取り上げた。
流石にさっきのメール見たら政宗も怒るだろうと思って携帯を奪い返そうとしたけれど、政宗がさっさと後ろを向いてしまったのでそれも叶わなかった。
後ろを向いている政宗の表情は見えない。
政宗を怒らせたらどうしよう…。
気まずい沈黙の中、政宗をじっと見つめていると、何やら私の携帯を操作し、こちらを振り向くと、とても優しげな笑みを浮かべていて、そして私に返す時に携帯を持った手で頭をぽんと叩いた。
「コラ、勉強してる時に余所見すんじゃねぇ」
「ごめ〜ん。相手がアニキじゃなかったら無視するんだけどね」
「お前の兄貴に勉強の邪魔すんなってメールしといたから。電源切っといた」
「あ、うん。その方がいいね。また帰るときに連絡すればいいし。一応話は終わったし」
頷いて携帯をかばんにしまうと、政宗は何故か満足そうにニヤリと笑った。
何はともあれ政宗が怒ってないみたいで良かった。
後でアニキに抗議しなきゃ。
「政宗様、失礼致します。お茶をお持ち致しました」
政宗は大手製薬会社の御曹司だ。
ゆくゆくは会社を継ぐという約束で、今は医学部を目指して勉強している。
小十郎さんは、政宗のお父さんが目をかけていて、将来政宗の右腕になるらしい。
今は、仕事をしながら政宗の養育係りもしている。
この屋敷は小十郎さんと政宗の二人暮らしだ。
政宗のお父さんはほとんど家に帰って来ないし、お母さんと弟はアメリカに住んでいるらしい。
流石に政宗と二人っきりは気まずくて、私は小十郎さんがいるからと言われて今日やって来たのだった。
「折角お休みの所、すみません」
私が頭を下げると小十郎さんはふわりと微笑んで首を横に振った。
「いえ、構いません。適度に休憩を入れないと効率が悪くなります。緑茶にはストレスを和らげる成分が入っていますから冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
流石製薬会社の社員さんだなあと感心しながらお茶を受け取ると、政宗が小十郎さんに目配せした。
「おい、小十郎。来客があっても今日は誰も通すな」
「と申しますと…?」
小十郎さんは吊り上がった眉を少し顰めた。
「折角俺のhoneyがやっと俺の部屋に来てくれたのに無粋だろ?俺に来客があったら図書館にいるって伝えろ。相手が例え俺の親父でも」
「はぁ……しようのない御方だ。かしこまりました。そちらのお嬢さんにくれぐれも失礼のないように。また様子を見に参りますからね」
「Thanks!心配すんな。大切過ぎてこいつには手ぇ出せねぇし。第一、今はそんな時期じゃねぇだろ?ただ二人っきりで一緒にいられればそれでいいんだ」
政宗は少しはにかんだような嬉しそうな笑みを浮かべると、私の手をきゅっと握った。
政宗の台詞が嬉しくて、でも恥ずかしくて、私はそっと小十郎さんの表情を窺った。
小十郎さんは少し目を瞠った後、優しげに目を細めて口許を綻ばせた。
「この小十郎、政宗様がその様なお気持ちになれるようなお相手に巡り会えた事、大変嬉しく思います。そういう事情でしたら、この小十郎、無粋な真似は致しません。どうぞお二人で、ごゆるりとお過ごし下さいませ」
小十郎さんは、一礼した後私に視線を向けると優しく微笑みかけ、そして部屋を出て行った。
私はその後ろ姿をぼんやりと見送り、そして政宗に視線を移した。
「政宗…」
「ん?どうかしたか?」
政宗は優しげに私に微笑みかける。
「何で私なの?」
ずっと疑問に思っていた。
勉強だって政宗に教えてもらってばかりだし、私は政宗にとってメリットなんて何一つないような気がする。
「理由なんていらねぇよ。お前が好きだから。だからそばにいたい」
そんな曖昧な理由じゃ分からない。
もっと政宗に好きになって欲しい。
どう努力をすれば政宗に捨てられないか教えて欲しい。
「私……政宗と同じ大学に行けなかったらどうしよう…。今だからこうしてそばにいられるけど。違う大学に行ったら…きっと政宗は他にもっと頭が良くて素敵な女の子に目移りしちゃう。受講してる講座も足りないし、私、受かる自信ないよ。どうしよう…!」
政宗を真直ぐに見る事が出来なくて。
俯いて、胸の内の不安を吐き出すと。
政宗は私を引き寄せ強く抱き締めた。
「誰にもお前は渡さねぇ!例え違う大学に行っても!」
「でもっ、私、こうして政宗に勉強教えてもらって迷惑かけてばかりだし…」
「Stop!!」
言いかけた言葉は政宗のキスによって遮られた。
角度を変えながら、息も吐かせないほど激しく貪られるように口付けられて身体から力が抜けていく。
くったりと身体を政宗に預けると、ようやく政宗は唇を解放した。
私の頬を手のひらで包み、優しくおでこにキスを落とす。
「俺がお前に勉強を教えるのは俺のegoだ」
「え…?」
問い返すと、政宗はベッドに背中を預け、私をギュッと抱き締めた。
政宗の鼓動をTシャツ越しに感じる。
「俺はずっとお前と一緒にいたいから…。別に俺はある程度のレベル以上の医学部だったらどこでも構わねぇ。薬学部でもいいんだ。でも、お前文系だろ?私立の医大や薬科大だったらお前と一緒にいられねぇ。お前と国立の総合大学に受からないと意味がねぇんだよ。だから俺も勉強するし、お前にも受かって欲しいから勉強を教える」
政宗がそんな風に思ってるなんて知らなかった。
驚いて政宗を見上げると、政宗は少し自嘲気味に笑って私の頭を撫でた。
「俺はお前が思ってるよりずっと独占欲が強い。お前を離したくねぇ。誰にも渡したくねぇ。例え、相手がお前の兄貴でも、お前が嬉しそうに笑いかけるとどうしようもなくイラつく」
また唇に軽くキスを落とすと、政宗は私の首筋に顔を埋めた。
優しく唇で触れたと思ったら、強く首筋を何度も吸い上げられて、心地よさに身体がふわふわとする。
身体の支えを求めるように政宗に抱き付くと、政宗は首筋にキスをしながら私の耳元で囁いた。
「どうしたらこの先ずっとお前を俺の手元に置けるか考えてた。お前は法学部に行きたいんだろうけど、お前には内部で理転して、生物統計を専攻して欲しい」
「んっ…生物統計?」
「ああ。製薬会社には生物統計学者が欠かせねぇからな。弁護士になるのもいいが、会社には顧問弁護士がいるし。生物統計学者ならお前をそばに置く事に対して誰にも文句は言わせねぇ」
政宗はずっと私と一緒にいたくてそんな事まで考えてたんだ。
嬉しくて言葉にならない。
じっと見つめ合ったその時。
ピンポーンとチャイムが鳴った。
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