いかにも日本家屋といった造りで、嫌味な事に平家だった。
立派な造りの門には『伊達』と書かれた表札が取り付けられていて、その上に場違いな感じの監視カメラがついている。
独眼竜の噂は曖昧で、誰もはっきりとした事は知らない。
でも、その理由は良くないものなんじゃないかと俄かに不安になる。
まさか『ヤ』の付く職業の家じゃねぇだろうな。
中からその筋の人間が出て来ても大丈夫なように腹に力をグッと込める。
俺は誰が相手だろうと絶対に妹を守る!
意を決して俺はチャイムを鳴らした。
ほどなくして、インターフォンの向こうから低い男の声がした。
「どちら様でしょうか?」
「長曾我部の兄だ。妹がここに来てるはずなんだが」
「ああ、長曾我部さんのお兄さんでしたか。少々お待ち下さい」
低い男の声は思っていたより上品で、少し安心する。
しかし、しばらくして門の向こうから現われた男の姿を目にして、やはり『ヤ』の付く職業だったんだと確信を深める。
男の左頬には刃物で切ったような傷跡が深く残っていた。
俺は男を真直ぐに見据えた。
「妹を返してもらいに来たぜ」
男は軽く目を瞠り、そしておかしそうに笑った。
「何か誤解してらっしゃるようですね。この頬の傷は昔事故でついたものです。政宗様の名誉のために申し上げますが、ここは貴方が思っているような家ではありませんよ」
男の言葉に思わず拍子抜けしそうになったが思い直す。
何でこいつは『政宗様』って呼んでるんだ?
絶対に堅気の人間じゃねぇ。
尚も男を睨み付けると、男はやれやれと溜め息を吐いた。
「信じて頂けませんか。この事は他言無用です。長曾我部さんのお兄さんだから申し上げます」
男は周囲をチラリと見ると、俺の耳元で囁いた。
「政宗様は伊達製薬の御曹司です」
「だっ、伊達せ…」
思わず声を上げそうになった俺の口を男は塞いだ。
伊達製薬と言えば、武田と並んで国内シェアトップ、世界規模で他社の追随を許さない大企業だ。
社員の平均年収は1000万円と言われている。
独眼竜の素性があやふやな理由がやっと分かった。
セキュリティのためだ。
ここに来る途中、人に道を聞きがてら伊達の事を聞いてみた。
すぐに家は教えてくれた。
大きな屋敷らしい。
何の仕事をしているかと聞くと、自営業らしいという事しか分からなかった。
俺が妹を守りたいと思うように、目の前の男は独眼竜を守りたいと思っている事が伝わって来て、俺は身体から力を抜いた。
素性がバレれば脅迫の類に見舞われる事もあるかも知れない。
妹と付き合っている以上もはや他人事ではない。
男はようやく俺の口から手を離した。
「政宗様は妹さんと図書館にお出かけになりました」
「図書館…」
俺が呟くと男は頷いた。
「どうしても長曾我部さんと同じ大学に行くのだと張り切っておいででした」
独眼竜の挑発のメールがチラリと脳裏を過ぎる。
本当はあいつはこの家にいるんじゃねぇか?
じっと男を見つめると、男は目を伏せてフッと笑い、遠くを見るような眼差しで俺に視線を移した。
「他人のためにあんなに一生懸命になる政宗様を初めて見ました。政宗様はいつも他人と一線を引いておられたのに。それだけ彼女の事が大切なのでしょう。まるで御自分の事のように一生懸命で。政宗様自身も実力相応大だから決して安心という訳ではないのに」
男は軽く溜め息を吐いたが至極嬉しそうだった。
「政宗様が他人に愛着を感じられるようになったのは長曾我部さんのお陰です。御礼を申し上げます」
「あ、いや、俺は…。まあ、こっちこそ、俺が不甲斐ないせいであいつに負担かけちまって、そのせいで独眼竜には世話になっちまってるし…」
急に礼を言われ、しどろもどろに答えると、男は真顔になった。
「政宗様が望んでいらっしゃる事ですから気になされるな。わざわざのお越し、痛み入ります。男の部屋で男女二人っきりにさせるご心配、この小十郎分かるつもりです。俺が政宗様を心配するように貴方も妹さんを心配している」
小十郎の真摯な眼差しに俺は頷いた。
「妹さんがいらっしゃる時は、俺も気を付けて部屋を覗きに行きます。また、俺がいない時は部屋に上げないようキツく申し付けますから」
俺は小十郎を信じる事にした。
「分かった。ありがとな」
礼を言ってその場を立ち去る。
小十郎がいてくれて良かった。
あいつは信用出来る。
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