Didn't even notice

クーラーの冷たい風に当たりながら専門書を読んでいたら、肩が凝って来た。
少し頭痛もする。
はぁっと溜め息を吐くと、私の傍らで本を読んでいた政宗が顔を上げた。

「どうした?」
「ん?ずっと本読んでたら肩が凝っちゃった」

肩をとんとんと叩いて身体を捻ると背中がボキリと鳴る。
恥ずかしくて俯くと、政宗はくすりと笑った。

「ああ、俺も分かるぜ。執務で籠りきりになると身体がガチガチになるからな。よく逃げ出してた」

ぽんぽんと私の頭を優しく撫でると政宗は私を引き寄せた。
政宗は私の後ろに座り、そっと肩に手を宛がう。
冷たく冷えきっていた肩に政宗の温かな手の感触が心地よい。
そしてやおらゆっくりと親指で私の肩を指圧し始める。

「見よう見まねだけどな。お前、随分冷えてるし凝ってるな」
「んっ……あ、痛っ…」

普段あれだけ重たい刀を片手に3本も持っている政宗の握力は伊達じゃない。
思わず声を上げると政宗は慌てて力を抜いた。

「Sorry, もっと優しくする」

先程よりは優しく肩を揉まれて心地よさに吐息が漏れる。
政宗はしばらくゆっくりと肩を隅々まで指圧していたが、一通り終わると今度は首の後ろに指を滑らせゆっくりと揉みほぐしていく。

「少し力を入れたらへし折っちまいそうだ」

政宗の声音は心配そうだ。
首の後ろを揉む手つきはとても優しい。

「はぁっ……気持ちいい……」

思わず声を漏らすと政宗の指先が首の後ろから頸動脈をなぞるように鎖骨まで滑っていく。

「んぁっ…はぁっ…」

甘い痺れが広がっていって身体を震わせると政宗は後ろから私を抱き締めた。

「っ…!あんまり可愛い声出すなよ。止まらなくなるだろっ」
「だって政宗が……」

咎めるように振り返ると政宗は忍び笑いを漏らしながらそっと口付けた。

「悪ぃ。そうだったな。今ここで抱いてお前の身体を温めてやってもいいけど。折角晴れてるし外に出ようぜ。前に行った皇居外苑でのんびりしよう。外に出た方が気分も晴れるし身体も楽になるだろ」
「そうだね」
「別に抱くのは何も昼間じゃなくていいしな」
「もう……」

ふいと目を逸すと政宗はクスッと笑い頬にキスを落とした。

「好きなくせに」
「意地悪…」
「拗ねたお前も可愛い。その顔が見たかった」

耳元で楽しそうにくすくすと笑われると怒る気も失せてしまう。

「政宗、ずるいよ」
「I know」

もう一度笑いながらギュッと抱き締め、一度深く唇を重ねると政宗は私の身体を放した。

政宗には敵わない。
私をからかってもすぐに機嫌を取ってしまう。
こうして抱き締められてキスされてしまうとからかわれていた事なんてどうでも良くなる。

私はポットにコーヒーを作り、レジャーシートと一緒にバッグに入れると、政宗と一緒に外に出た。




一昨日来たばかりの皇居外苑は、相変わらず人もまばらで、皆、読書をしたり思い思いに過ごしている。
私はビニールシートを広げ、靴を脱いでその上に座った。
広々と開けた芝生の上は、そよそよと風が吹き抜ける。
こんなに日差しが強くて暑いのに、冷え切った身体に熱い風が心地よい。
私はポットからコーヒーを注いで政宗に手渡した。

「お前のcupは?」
「ん?エコのため、ポットについてるそれ一つだけ」
「Hum……なあ、お前、人が口をつけたものは絶対に口にしないって前に来栖が言ってたよな?」
「よく覚えてるね」

小さい頃から人の口をつけたものを口にすることははしたない事だと厳しく躾けられたし、それは医学的な意味合いもある。
経口感染の病原体にかからないようにするためだとも言われてきた。

「大学に入ってからかな。正確には美紀に出会うまでは、絶対に人が口にしたものには口をつけなかったよ。今でも美紀と彼氏だけ」

そう言うと政宗は笑みを深めた。

「じゃあ、花火の日、お前はもう俺に惚れてたわけだ」
「あ、あれ?そうなの…かな?」

言われて気付く。
本当に自然に政宗とサングリアを分け合ってしまっていて。
今までの私では考えられない行動だった。
それだけきっと私は政宗に心を許していた。

私はあの時、すでに政宗の事が好きだった…?

政宗はやれやれというように溜息を吐いた。

「お前鈍いぞ。どれだけ俺がやきもきしたと思ってんだ。あの時、その事を知ってたらきっとお前に想いを告げてた。お前を泣かせずに済んだ」

飲み干したカップをシートの上に置くと、政宗は私を抱き寄せた。

「お前を想って焦れていた10日間。その間もこうして抱き締められたのに。ずっとお前に触れたかった」
「ごめん……」

私だって政宗が私を想ってくれてるなんて知らなかったから。
ずっと辛かった。

「花火の日の夜にカマかけてもお前気付かねぇし」
「だって本当に自分の気持ちが分からなかったんだもの。それにあんなのじゃ気付かないよ」
「お前って本っ当に鈍い!」

政宗は私を強く抱き締めると解放し、ごろんと横になって頭を私の膝の上に乗せた。

私の身体の方に顔を向けて、お腹に顔を埋めるようにして、私の腰に腕を回す。

「少しでも長くお前を感じていたい。残された時間が少ないのなら尚更だ」
「政宗……」

甘えるように少し怒ったようにギュッとしがみ付いてくる政宗の髪をそっと撫でる。
拗ねたような表情が少し柔らかくなる。

しばらくゆっくりと政宗の髪を撫でていると、政宗は身体から力をふっと抜いて、優しく私を抱き締めた。

「お前ってずるいよな。こんな風にされたら怒れねぇ」

気持ち良さそうに目を細める政宗の表情は蕩けるように甘かった。

「それはお互い様だよ。私も政宗には怒れない」

政宗は私の手を取り、手の甲にキスを落とすと、また私のお腹に顔を埋める。

「……本当は、お前の気持ちに気付いても、想いを告げられなかった……多分……」

少しくぐもった低い声が直に身体に響く。

「別れる時、お前を泣かせてしまうのは分かってたから。お前が覚悟を決めるまで俺は告げられなかった。俺はお前を泣かせたくねぇ」
「政宗……」

私は自分が辛くなってしまうのが嫌で最後の一歩が踏み出せなかった。
でも、政宗はいつも私の事を考えてくれていたんだ……。

「ごめんね…私……」

政宗は制止するように私の唇に指を当てた。

「謝るな。謝るのは俺の方だ。俺が帰った後、お前を一人で泣かせちまう。お前には笑っていて欲しいのに」

少し辛そうに眉を顰めて政宗は私を見上げた。
私はゆっくりと首を横に振った。

「ううん、謝らないで。こんなに誰かに大切にされたのは初めてだから。幸せなのは初めてだから。政宗と結ばれて良かったと思う。きっと、思い出して泣いてしまうと思うけど。でも、幸せな気持ちはきっと消えないから」

政宗、愛してる……。

そう囁いて、政宗の手を取って口付けると、政宗は私の頭を引き寄せ、そっと唇を重ねた。

「Thank you for loving me. I’ve never felt like this before. You’ll live in my heart forever, even though the fate tears us apart. I love you. (俺を愛してくれて、thanks. 今までこんな気持ちになった事はねぇ。例え運命が俺たちを引き裂いても、お前は俺の心の中で永遠に生き続ける。愛してる)」

再び落とされたキスは優しくそして甘かった。


Fin…
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