04. すれ違い

闇は吸血鬼の味方とは言え、独りで城の外に出るのは初めてで、何だか怖かった。
花畑を抜けて、森の前に立つと、嵐のような風がざぁっと吹いて、木々を揺らした。
吸血鬼の目には、闇は明るく見えるのに、それでも森の奥は暗いような、何だか不吉な予感さえして、足がすくむ。
それでも、もし政宗が危険な目に遭おうとしているのなら、止めなくてはならないと思った。
二人を分かつ時の流れはもう過去のものだと安心していた。
ずっと一緒にいられる事が幸せで堪らなかった。

それがまた失われてしまうというのなら、気が狂いそうだ。
それを止めるためだったら、何でもする。

私は意を決して森の中へと駆けて行った。

成実と二人で歩いていた時は、あんなに綺麗に見えていた小川の流れが、まるで鉄条網のように行く手を阻む。

「えーと、確か、こっち!」

記憶を辿りながら、歩くものの、最初に来た時と別の方向に進んでいるような気がする。
私は空を振り仰いだ。
木々に阻まれて、星がほとんど見えない。
あんなにたくさんいた蝙蝠たちの姿さえ見えなくて心細い。
一匹でも蝙蝠が飛んでいるのなら、私の想いを託して、政宗の下に届けられそうなのに。

しばらく歩くと、また小さなせせらぎに道を遮られてしまった。
森の中は湿地帯のようになっていて、所々で小さな流れが発生し、そして奥の泉に繋がっているようだった。

この流れの先にあの砦がある…。
そこに行けば、政宗に会えるかも知れない…。

目の前を流れるせせらぎを眺める。
少し勢いをつけて飛べば、軽々と越えられそうだった。

『吸血鬼は、流れのある水のそばでは身体が動かなくなる』

そう成実に言われたけど、今のところ、私の身体に異変はなさそうだった。
お転婆だった少女時代、これくらいの流れ、難なく越えていた。
流れの向こうには、森の奥が開けて見える。
そこに出てしまいさえすれば、あの砦に行ける!

私は、軽く息を吸い込むと、少し助走をつけて、流れを越えた。
いや、越えようとして、まるで凍るような冷たい手に足首を掴まれたような感覚がして、流れの中に落ちてしまった。
こんなに浅い流れなら、濡れるだけ。
すぐに起き上がれば大丈夫。
そう思うのに、身体が凍てついたように動かない。
せめて、呼吸をしようと思うのに、頭さえ持ち上がらなくて、私は小川にすっぽりと飲み込まれてしまい、空気を求めてこぽこぽと口から気泡が漏れていく。
そのまま生きる事も死ぬ事もない。
それでも、まるで死に直面したように、恐怖で身がすくんだ。
やっとのことで、手を挙げても、すぐ力なく小川に手が落ちる。

成実は私に気付いてくれるだろうか。
小十郎は?
政宗は?

もし、皆が私の失踪に気付かず、そのまま眠りに就いてしまったら、このまま夜明けを迎えてしまう。
夜明けは、私の滅びを意味する。
すなわち、死ぬという事。
政宗と永遠に離れなければならないという事。

黙って出て来なければ良かった。
一言でも言い置いて来たなら、きっと誰かが助けてくれた。

水の流れの向こう側に見える、夜空がだんだんと白い色を帯び始めて行った。
森の中に入ってから、ずいぶんと時間が経っている。
夜明けが近い空の色。
私がいつも、政宗に手を握られながら眠りに就く時間だ。

意思とは裏腹に、瞼が重くなっていく。

このまま、政宗に会えずに死ぬのは嫌!

そう強く願うのに、意識が段々遠のいていく。

死ぬのは嫌。
でも、死ぬのなら、眠るように死にたい。

神は、私の二つ目の願いだけ聞いてくれたようだった。
最後の瞬間、優しい腕に抱かれて、意識が途切れるのを感じた。



政宗様がお戻りになる気配がして、お迎えに行くと、そこには遙様を抱きかかえた政宗様がいた。

「政宗様!!遙様!?何故、遙様が外に!?」
「大丈夫だ、小十郎。意識を失ってるだけだ。俺を追って外に出たらしい」
「眠り薬を炊きしめましたのに、効果がなかったとは…」

遙様が抜け出した事に気付かなかった失態が悔やまれる。
可哀そうに、遙様は全身ぐっしょり濡れているようで、政宗様のマントにくるまれていた。

「小十郎、自分を責めるな。使い魔を下がらせた俺も悪い。大切な、大切な女なのに、目を離しちまった…」

政宗様は、辛そうに眉を顰めると、優しく遙様の額に口付けた。

「小十郎、遙の着替えを用意してくれ。俺は着替えさせてから、遙を寝かしつける」
「明日もお出かけになるのですか?」

そう問いかけると、政宗様は視線を落とした。

「ああ」
「明日くらいは一緒にいて差し上げた方がよろしいのでは?」
「もう少しなんだ。あと少し時間があれば…」

いつもなら喜んでいつまでも遙様のおそばにいたがるのに、政宗様は渋る。
でも、その理由なら俺も知っているから、何も言えなかった。
政宗様のエゴとは言え、それも遙様への愛情があるからこそのエゴだから。

「では、せめて、明日は城内にいらして下さい。政宗様が遙様の目につかないよう、この小十郎もお力添え致しますから」

じっと政宗様を見つめると、政宗様は、ようやく頷いた。

「遙には知られたくねぇ。明日も、遙が起きる前に俺は姿を消す。今日の事も、小十郎が助けた事にしてくれ」
「分かりました。でも、よろしいのですか?」
「いつか、遙に話す。でも、まだ、俺の心が決まってねぇ。それに遙が傷つくかも知れねぇから」
「そうですね。そうかも知れません。では、小十郎は、外に控えております」
「ああ」

扉を閉じる瞬間、ドアの隙間から、遙様をかき抱き、口付ける政宗様のお姿が見えた。
そうまでして愛しているのなら、全てを打ち明けても遙様なら受け入れるはず。
そう思う一方で、政宗様自身、矛盾に悩んでいる事も知っていた。

何故、お二人はあんなにも想い合っているのに、すれ違うのだろう。
それが愛ゆえとは言え、俺は歯がゆい思いで二人を見守っていた。
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