「お前ぇに荷物持たせるわけにはいかねぇよ」
「でも…」
俺の両手は大量の荷物でふさがっている。
こんな買い物を仄香一人でしようとしてたと思うと、やはり迎えに行って良かったと思う。
仄香が尚も食い下がるので、俺は仕方なくパンの入った袋と大量のピーマンが入った袋を仄香に差し出した。
「じゃあ、お前ぇはこれを持て」
「うん!」
花が綻ぶような笑顔を見せて仄香は頷いた。
こういう所は幼い頃のままだ。
共働きの両親を伊達の屋敷で待っている時に、仄香はやたらと俺の手伝いをしたがった。
あの頃とは違い、顔つきも大人びて綺麗になった仄香の変わらぬ性質を見つけると嬉しくなる。
フッと口許を綻ばせると、仄香は怪訝そうに首を傾げた。
「何でもねぇよ。行くぞ」
「うん!」
エスカレーターで1階に上がると、駐車場側の出口に向かう。
途中、毛皮の襟巻きのセールのワゴンがあり、仄香の足が止まる。
数歩進んで仄香の気配が遠ざかったのを感じ、俺は振り返った。
気付いた時には仄香はすでに店員に捕まっていた。
やれやれと溜め息を吐く。
身体は大きくなっても、相変わらず子どものままだ。
それとも女ってのはすべからくセールに弱いのか。
「仄香、欲しいものでもあったのか?」
「あ、ゴメン。最近あんまり寒くて、やっぱり毛皮がいいのかなって思って」
「お客様のおっしゃる通りです。もうすぐ春ですけど、今が一番寒いですものね」
年配の上品な物腰の店員が我が意を得たとばかりに頷いている。
「確かに今日、寒そうにしてたな。今は諦めろ。次の休みの時に付き合ってやる」
「本当?」
「優しい旦那様でいらっしゃいますね。とてもお似合いのご夫婦ですよ」
言われた瞬間、驚きと喜びが綯い交ぜになった感情で、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
今まで仄香の兄に間違えられても旦那に間違えられた事はなかった。
仄香が段々俺に追い付いて来ている。
傍目に見ても夫婦と間違えられるほどに大人になってきている。
それが堪らなく嬉しくて柄にもなくときめいた。
「え…」
仄香は驚いたように声を失い、そして俺を見上げた。
俺はくすりと笑い、小さく首を横に振った。
「セールはいつまでだ?」
「次の日曜まででございます」
「そうか。また来る」
「お待ち致しております」
店員は深々と頭を下げて俺達を見送った。
少し足早にデパートを出る。
仄香は小走りに俺の後を追いかけてきた。
「私達、夫婦に見られちゃったね!」
「お前ぇもそれだけ大人になったって事だ」
「本当?嬉しい!」
にこにこと笑って、仄香は嬉しそうに俺の腕に縋った。
今までならさり気なくそれをかわしていたのに、両腕が重たい荷物で塞がっていてそれも叶わなかった。
ドキドキと胸が高鳴る。
「そういう所は子どものままだな」
表面上は余裕の笑みを見せて軽口を叩きつつも、内心はそれどころではなかった。
まるで恋人同士のように寄り添っている状態に、鼓動が速くなる。
仄香は気にした様子もなく笑うと、ますます俺の腕に腕を絡ませる。
「いいじゃない、バレンタインなんだし。優しい恋人とね、こうして腕を組んで歩きたいの。それでね、結婚しても二人でこうして一緒にお買い物して仲良く歩くんだ。小十郎、絶対いい旦那さんになるよ」
仄香が思い浮かべている未来予想図の相手の男は俺なのか。
それとも、仄香自身も今は知らない誰かなのか。
それとも…。
政宗様なのか…。
車の中で見た、政宗様の写真を見つめていた仄香の表情がフラッシュバックした。
あれは、間違なく恋する女の顔だった。
仄香自身はまだ自分の恋心に気付いていないかも知れない。
でも、遅かれ早かれ仄香は自分の想いを自覚するだろう。
通りに面したビルの窓ガラスに視線を遣ると、買い物袋を下げた俺と仄香の姿が映し出されていた。
俺が欲しかった未来予想図。
仲睦まじく買い物をする夫婦の俺と仄香。
でも、それはきっと叶わない夢だろう。
仄香の心さえ政宗様に向かえば、政宗様は必ず仄香を手に入れる。
俺はもう一度窓ガラスに視線を移し、俺達の姿を目に焼き付けると、刹那の優しい夢に別れを告げた。
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