駐車場に着くと、荷物をトランクに入れる。
助手席に乗り込もうとする仄香を俺は制した。
「仄香、お前ぇは後ろに乗れ」
「どうして?」
俺は苦笑いを浮かべた。
「政宗様がお前ぇの隣りに座るって聞かなくてな」
仄香はプッと吹き出した。
「政宗ったら、相変わらず子どもだね。さっきの雑誌で随分大人びて見えたけど、やっぱり政宗は政宗だわ」
クスクスと笑う仄香に、先程感じた焦燥感が薄れていく。
俺達のこの危うい三角関係はまだまだ壊れる事はないのかも知れない。
我知らず、安堵の吐息が漏れた。
俺はトランクを閉めると後部座席のドアを開けて仄香を中に促し、俺も車に乗り込んだ。
裏道を使いながら政宗様の学校へ急ぐ。
「仄香、今週末は休みだからさっきのデパートに連れて行ってやれるぜ?」
「あ、ゴメン。今週土日は会社説明会があるの」
俺は我が耳を疑った。
政宗様も俺も、仄香をずっと手元に置くため、伊達グループの本社への就職の段取りを進めていた。
婆娑羅大なら就職活動も他の大学に比べて幾分有利だが、それでもこの不景気の中、大手企業への就職はかなり厳しい。
俺は仄香にそんな苦労をさせるつもりは毛頭なかった。
今までとは違う。
俺は仄香が社会人になるのをずっと待っていた。
仄香が俺が走っているのと同じレール上に立つのをずっと待っていた。
5年の年の差は、俺達が一緒にいられる時間を阻む大きな壁だった。
俺は中学に上がると同時に伊達の屋敷に入った。
元々俺も男子校だったので、中高時代を仄香と一緒に過ごす事は叶わなかった。
一番時間の融通の利く大学時代は仄香はまだ中高生だった。
そして、俺が卒業して間もなく仄香は大学生になった。
俺と仄香が同じ空間を共有する時間は極めて短かった。
これからは同じ社会人として仄香を傍に置き、全てのノウハウを叩き込んで、同じ価値観で同じ仕事に取り組み、今まで傍にいられなかった時間を取り戻すように同じ時間、空間を共有したかった。
「何故だ…?」
冷静にならなくては。
いつも通りに振る舞わなくては。
そう思うのに、絞り出した声は低く掠れていた。
バックミラー越しにチラリと見えた仄香の表情は強張り、しかし、その瞳は頑なな意思の強い光を灯していた。
「私、自分がどこまで社会で通用するか試してみたいの」
「馬鹿な事を言うんじゃねぇ。人事にお前ぇの何が分かる。たった数回の面接で、これから先の人生が決まっちまうんだぞ?それはお前ぇがどうこう出来る問題じゃねぇ。社会でモノを言うのは実力だけだと思ったら大きな間違いだ。実力があっても適切に評価されない人間も多い」
仄香は痛い所を突かれたような表情を浮かべたが、その瞳に変わらず固い決意の色が揺れていた。
しばらく口を噤んでいた仄香は、途切れ途切れに言葉を選びながら話し始めた。
「実力が評価されない人は、転職するもの。きちんと自分の仕事をしていれば、どこかで必ず評価される。私、きちんと仕事が出来る人間になりたい」
「お前ぇがそんな心配をしなくても、俺が手取り足取りノウハウを叩き込んでやる」
「小十郎は過保護だよ!私、小十郎の背中を追いかけてるけど、小十郎に守られてばかりじゃいつまで経っても小十郎に追いつけないよ!私、自分の足で追いかけたいの!」
いつものように、甘えて駄々をこねるのではない。
本当に仄香は俺の庇護の下から離れて行こうとしている。
もう、俺じゃ助けてやれない外界に出て行こうとしている。
尚も仄香を説得しようとすると、仄香の電話が鳴った。
「もしもし、政宗?」
政宗様と話をしている仄香の眉間に皺が寄る。
どうやらあまり良くない話のようだ。
何を話しているか分からないが、もうすぐ政宗様の学校に到着する。
結局俺は、仄香を説得する事も出来ず、政宗様の状況を尋ねる事も出来ず、そのまま政宗様の学校に車を走らせた。
「校門から車で入れるよう手配してあるって。それで、小十郎と私に職員室まで来て欲しいって」
電話を切った仄香は溜め息を吐いた。
「あれだけの騒ぎになったら、停学になるかも知れないものね。口裏合わせてくれって頼まれちゃった。相変わらずやんちゃなんだから」
仄香は何故政宗様がスナップを取られたか知らない。
どうやら政宗様はいきさつは話さなかったようだ。
本当の事を教えれば、仄香は政宗様のあのスナップの笑顔の理由を知る事になる。
絶妙な、危ういバランスで保たれて来たこの三角関係が壊れてしまう。
それも、仄香が俺から離れて行く形で…。
俺は狡い。
政宗様の想いを知っていながら、そう簡単に譲れるほど心が広くも大人でもねぇ。
だから、敢えて俺は仄香に真実を告げず、いつものように呆れたような笑みを口許に浮かべた。
校門に着くと、もうすぐ最終下校時刻だと言うのにまるで芸能人の出待ちのように女子高生がたむろしていた。
その様子を見た仄香の驚きが後部座席から伝わってきた。
「わぁ、これじゃ帰れないね…」
「ああ。政宗様はどこに車を停めればいいか何かおっしゃってたか?」
「車のナンバー照会して校門から中に入れるようにしてるって」
「分かった」
車をそのまま校門の中へと進ませようとすると、警備員が閉じていた校門を開けて俺達を中に入れる。
職員・来賓用の駐車場では、政宗様と成実が手を振っていた。
車を停めてロックを解除すると、待ち切れないといった様子で政宗様が後部扉を開けて中へ身を乗り出す。
そして、仄香に甘えるように抱き付いた。
「Honey!I was waiting for you!」
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