14.Valentine Confession

それからは大忙しだった。
庭にハーブを取りに行き、ニンニクの皮を剥くのを手伝う。
仄香はピーマンを手際良く切って行くと、具材と赤ワインとオリーブオイルを鍋に入れて、圧力鍋で煮込み始めた。
そして、今度は生のモッツァレラチーズをハーブとあえて、トマトと飾り付ける。
最後に、仄香は急いで家に手作りのザッハトルテを取りに帰るとすぐに戻り、それを切り分けて皿に盛った。
その間に俺はパンを焼き、シャンピニオンを作って、舌平目のムニエルにキャビアと野菜を飾り付けた。
何とかこれで45分。
鶏肉の南欧風赤ワイン煮とモッツァレラチーズのトマトサラダ、舌平目のムニエル、シャンピニオンソースを添えたイタリアパンの完成だ。
これだけあれば中高生の政宗様も成実も満足するだろう。

仄香とキッチンを出てダイニングへ行くと、着替えて疲れ切ったような二人がいた。

「ねぇ、仄香姉ちゃん、俺、喉渇いた」
「ああ、ごめんね、気付かなくて。紅茶にする?それともジュースがいい?」
「グレープフルーツジュース!」
「政宗は?」
「同じでいい」
「分かった。持って来るね」

仄香がジュースを取りに行っている間、俺は食事を食卓に並べて行った。
疲れ切ったご様子の政宗様が俺に尋ねた。

「小十郎、この料理作ったのは?」
「ほとんど仄香です。ムニエルだけは俺が」
「そうか!随分手がこんでるな!」
「バレンタインだからと仄香は張り切ってましたからね。ですからお待たせして申し訳ございませんでした」
「いや、いい。この料理見たら、怒る気も失せた。この食材を買いに行ってたなら仕方ねぇ」
「いい香りー。姉ちゃん!早くー!」
「待って!今すぐ行くから!」

仄香は、盆にジュースを乗せて現れた。
それもブレンダーでわざわざ作った生ジュースだ。
仄香はテーブルに並べると、自分も席に着いた。

「えっ!?姉ちゃん、普通の紙パックで良かったのに!」
「せっかくだから生ジュースがいいかな、と思って」
「流石、仄香姉ちゃん!気が利くね!俺、もう待ち切れない!」
「じゃあ、いただきますしよう。いただきます!」

仄香が手を合わせると、政宗様と成実はがっつくように食べ始めて、口々に美味しいと褒めちぎってとても嬉しそうだった。
仄香の料理は、世事抜きで本当に美味い。
ニンニクもとろけるくらいに煮込まれていて、ハーブとワインで完全に独特の香りが消えていて、鶏肉もとても柔らかい。
イタリアパンにぴったりだ。

ゆっくりと食事をしていると、政宗様と成実はあっという間に食べ終わってしまって、ジュースも飲み干し、物足りなさそうにしている。

「鶏肉の煮こみはおかわりあるから行っておいで」
「マジでか!?」
「わぁい、姉ちゃん、ありがとう!」
「食後のチョコレートケーキが食べられる程度にしといてね」

二人は元気良く返事をすると、皿を持ってキッチンへ足早に入って行き、戻って来るとまた美味しいと口々に褒めちぎった。

「ねぇねぇ、姉ちゃん。小十郎とのヤクザ芝居、すんげぇカッコ良かったよ!あれならもう、うちまでは来られないね!」
「学校名と名前も書かせたから、後で小十郎に任せるよ。伊達から親御さんに直接圧力かけたらもう来ないでしょ?」
「流石姉ちゃん!それにしても、本当に色っぽいねぇ。ホステスメイク目指したのに、外人モデルメイクだもんね。見惚れるよ」
「いや、ホステスのくせにって言われたけど?」

政宗様は憮然としたように眉を顰めた。

「演技でも、小十郎にあんなに抱き付いて、小十郎ズルいぞ!」
「だって、ヤクザの色って設定だったから仕方ないよ。まぁ、結果オーライって事で。ほらほら怒らないの!チョコレートケーキ、持って来てあげるから」
「手作りか?」
「うん、もちろん」
「そうか!なら許す」

政宗様は打って変わって上機嫌になった。
仄香は、にこにこ笑いながらキッチンへ消えて行くと、ティーポットとカップとケーキを持って戻って来た。
テーブルにケーキを並べて、良い香りのする紅茶を淹れる。

「べノアのアールグレイか?」
「うん、そう。流石、小十郎。お砂糖は成実だけでいいね?」
「うん!」

仄香は、紅茶をテーブルに並べると席に着いて、またゆっくりと食事を開始した。
俺もようやく食べ終わって、無性にタバコが吸いたくなったが、未成年の手前吸う訳にはいかず、紅茶を飲んで誤魔化した。
流石、べノアの紅茶は変な癖がなくて美味い。
仄香のケーキも甘さ控えめで、ビターで美味い。
でもやはり、俺には多過ぎて、予め3分の1に切り分けて一切れ食べると、政宗様と成実の前に差し出した。

「残りは政宗様、どうぞ」
「Thanks, 小十郎!」
「ああっ!梵だけズルい!俺も、もーらいっ!!」
「あっ、てめぇ!それは俺んだ!!」

ぎゃんぎゃんとじゃれ合う二人を微笑ましく仄香は見つめながら食事を終えて、紅茶を飲み始めた。
そして、ケーキを半分に切ると、成実の皿に乗せた。

「姉ちゃん、ありがとう!」
「もう喧嘩しないでね?まだキッチンに残ってるから。それにしても、政宗、私も雑誌見たよ。すごくカッコ良くて、爽やかな男の子に成長したね。あれだけ追っかけられても仕方ないね」
「追っかけはいらねぇ。でも、仄香がカッコいいって言ってくれんのは嬉しいぜ?惚れ直したか?」
「いや、元々惚れてはいないけど、ちょっとときめいちゃった…かな…?」

そう言うと、仄香はほんのりと頬を染めた。
それを見た政宗様もどきりとしたように固まった。
その政宗様のお顔は酷く真剣だった。

「仄香、俺…。お前さえ良ければ…その、俺と…」

政宗様は頬を染めながら、とても真剣な目で、言い淀むように想いを告げようとした。

ああ、いつかはこんな日が来るとは思っていた。
でも、これだけは譲れない。
政宗様よりもずっと長い事、俺は仄香だけを見つめて来たのだから。

仄香は困ったように笑った。

「だーめ。私、就活生。政宗はもうすぐ受験生。国立大の受験は甘くないからね。政宗が大学に入ったら考えてあげる。就活終わったらしごくからね!」
「なっ!?就活!?お前は就活なんてしなくていい!親父の一声で一発で内定だ!!何で伊達から離れようとすんだ!?そんなの許さねぇっ!!」
「小十郎に甘やかされてばかりじゃいつまで経っても実力が試せないよ。ある程度、経験を積んだら伊達グループに転職じゃダメ?」

政宗様は、納得がいかないというように、唸っていた。

「政宗様、俺が仄香を説得します。仄香、俺の部屋に来い。酒でも飲みながら話そう。お前は社会を知らな過ぎる。そんなに甘いもんじゃねぇ」

仄香をキッと見遣ると、仄香は悔しそうな表情を浮かべつつも頷いて、ケーキを平らげて紅茶も飲み干した。
政宗様はそれを聞いてようやく満足したのか、ケーキをゆっくりと食べ出した。

「小十郎、任せた。片付けは俺と成実がやるから心配すんな」
「分かりました。仄香、ちょっと待ってろ」

俺は、ミネラルウォーターのペットボトルと水差し、それから氷をたっぷりガラスの器に入れて、盆に乗せ、今日買った酒と牛乳2本が入った袋を持って、仄香を俺の部屋に促した。
仄香は、無言で拗ねたようにバッグを持って俺の後について来た。
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