16.Harrasment(R15)

俺は、ソファに身体を預けて目を閉じた仄香に覆いかぶさって、耳元で囁いた。

「なぁ、仄香。お前ぇの論文の構想、俺が奪って完璧に仕上げて、俺の名前でジャーナルに投稿するって言ったらどうする?」

仄香は驚いたように身体をびくっと震わせて、俺の胸に両手を着いた。
その両手を外してソファに押し倒しながら、そのそのまま脅し文句を続ける。

「ぺーぺーのお前ぇにはもったいねぇくらいのアイディアだからな。俺の方が権力も実績もある。お前ぇのアイディアは、俺だけが活かせる。だから、黙って俺に寄越せ。無名のお前ぇなんかより十分に活用してやる」
「小十郎、何で、いきなり…」
「一番単純なパワハラってのはこういう事だ。さぁ、お前ぇはその時どうする?」
「もちろん断固反対するよ」
「お前ぇならそう言うと思ったぜ。なら、無理矢理にでも同意させるように、男は動く。こういう風にな」

片手を拘束してソファに押し付け、首筋に噛み付くようなキスをすると、仄香は驚いたように甘い声を上げ、片手で俺を押し返そうとした。
もちろんびくとも動かないのは計算済みだ。
そのためにわざと片手を自由にしてやったのだから。

「こじゅうろっ!」
「無駄だ、仄香。お前ぇの力なんかじゃ、男に押し倒されたら終わりだ」
「そんな事ないっ!!」

仄香は暴れるように、腕に力を込めた。
手首をキツく握って押さえ込んだが、少しだけ肩を押し返された。
そのくらいの力はあるって事か。

「思ったよりは力があるな。それなら上手く行けば逃げられるかも知れねぇが、もし、こうされたらどうだ?」

そう耳元で囁いて、膝のあたりからスカートをたくし上げるように太ももまで撫で上げると、仄香は震えて俺のシャツを握り締めた。
これじゃ、男を誘ってるも同然だ。
本気で心配でたまらなくなる。
そのままもう一度だけ太ももを愛撫すると、甘い喘ぎ声を上げられて本気で困った。
セクハラなんてした事もねぇし、女はセクハラを拒絶するもんだ。
なのに、この反応は俺にも予想外だ。

ここからどう諭せばいいってんだ!?

「あっ、こじゅうろっ…!!」

仄香は息を乱して、顔を背けて荒い吐息を吐いていた。
誘うようにさらけ出された首筋にキスを落としながら、冬なのにストッキングもはいていない生足をゆっくりと愛撫すると、また感じたような甘えた声を上げた。

「あのなぁ、仄香。お前ぇ、男に襲われてそんな反応したら、勝訴出来ねぇぞ?会社だってセクハラだって認めねぇな」
「だって、だって、何か身体が変なんだもん!っ…ヤダっ、何で!?小十郎にこのまま続けて欲しいって思っちゃって、身体に力が入らないの…。はぁっ、小十郎っ!もっと…止めないで…」

潤み切った瞳で、ずっと想いを寄せてた女にそんな事を言われたら、俺だってそのまま誘いに乗りたくなる。
でも、最後まで抱く訳にはいかない。
恐らく酔った勢いってやつだ。
後で後悔させたくないし、後悔されたら俺だって傷付く。
せめて、愛撫と身体へのキスまでか。
とにかく仄香が満足した時点でストップだ。

「最後にいくつか確認させろ。お前ぇ、嫌な男にこんな事されても、拒まねぇのか?」
「そんな事ないよっ!手がちょっと触れるだけでも嫌っ!」
「じゃあ、何故俺を欲しがる?」
「分かんないよっ!ただ、おかしくなりそうなくらい、ドキドキして、気持ち良くて、自分で自分が分かんない」
「お前ぇ、どこまで俺を受け入れるつもりだ?」
「何もかも初めてだもん!何がどうどこまでかなんて分かんないよっ!」
「あのなぁ、保健体育の知識くらいあるだろ?」
「ホルモンバランスと妊娠の関係と避妊法しか知らないもん。こんな事、授業で聞いてないよ!」

もう、溜息しか出てこない。
温室育ちにしたのは俺にも責任がある。
仄香の女子高なら、科学的に妊娠の成立と避妊法の話はするだろうけれど、生々しい話はしないだろう。
中には処女喪失してる学生もいるかも知れないが、ほとんどの生徒は大学に入ってから男が出来る。
それすら俺と政宗様で阻止をして来たのだから、仄香の戸惑いは俺達のせいだ。

「小十郎…。身体、熱い…。っはぁ…小十郎、助けて…」

息も絶え絶えにそう懇願されたら、俺だって止まらなくなる。
ずっと、ずっと焦がれて止まなかった女にこんなにねだられて、堪えろって方が無理だ。

仄香がねだるまで、唇は奪わない。
純潔だけは守り抜く。

そう心に誓って、俺はネクタイを解いて放り投げて、シャツのボタンを外して首元を寛げ、また仄香の首筋にキスを落としながら、きめ細かい肌に手を滑らせて行った。
仄香は仰け反り、甘い声で喘いだ。

「ああっ、小十郎、もっと…!あんっ!」

耳元にキスをすると、一際甘い喘ぎ声が上がって、感じる所を探るようにキスを繰り返すと、耐えられないように仄香は俺の背を抱いて、脚を絡みつけた。

「こじゅうろっ!っ…ああっ、気持ちいいっ、もっと…」

仄香は我を忘れたように乱れ、俺の手を胸に押し当てた。

「小十郎、どうしよう。身体が疼いて苦しいの。ううっ、小十郎…」

仄香は辛そうに眉を顰めて、一筋涙を流した。
薄手のセーターの上から触れた胸は、少し強めに揉むと服越しにも分かるくらいに先が固く立ち上がっている。

きっと直接触ったら、もう後戻りは出来ねぇ。

俺は本当に迷った。
まさか、仄香がこんな酒乱だとは思わなかった。

「小十郎、止めないで…」
「仄香、これ以上俺を煽るな。本気でお前ぇを最後まで抱きたくなる。酔った勢いでそんな事になって後悔しねぇのか?」
「分かんない。分かんないよ。でも、小十郎だったらいいの…。何でか分かんないけど、小十郎ならいいの…」

何でか分からない、か。
もっとはっきりした言葉が聞ければ俺だって覚悟が決まるのに、煮え切らねぇな。

「お前ぇ、俺の女になるつもりか?」
「小十郎の彼女…?」
「ああ、そうだ」
「見劣りしそうだから、無理…。私、そんなに大人じゃない」
「だったら、背伸びするんじゃねぇ。本当に好きな男が出来た時に後悔するぞ?ここで止めだ」

俺はそう言って仄香から身体を離して、仄香の身体を起こして、ソファに座らせた。
仄香は甘えるように俺に抱き付いた。

ああ、マジで、その気がないなら止めてくれ!!

俺は、素知らぬ振りをして、タバコに火を点けてゆっくりと煙を吸い込んで、何とか理性を取り戻そうとした。

「お前ぇ、酔ったらいつもこんな事、他の男にしてるのか?」
「そんな事ないもん。いつも眠くなって居酒屋で寝ちゃう。みんなが飲み終わった頃にやっと目が覚めて、頭ががんがん痛いけど頑張って帰ってる。かすががいっつも一緒だし、何にも怖い思いもした事ないし、本当に寝ちゃうだけだもん」

なるほど。
質の悪い酒で悪酔いして、すぐに潰れてた訳だ。
悪酔いしなかった分、今日は本性が出たか。

本性…。
それは本当に俺に抱かれたいのか?
嫌いな男じゃなかったら誰でも構わねぇのか?

とにかく、今は酔いつぶして眠らせるしか方法はない。
モーツァルトは、チョコレートリキュールで、カルーアと同じく飲みやすいため、女殺しの酒だ。
半分も飲ませれば寝落ちするだろう。

「仄香、とりあえず、タバコでも吸って落ち着け。お前ぇに飲ませたい酒がある。バレンタインだからな。チョコレートリキュールだ。ミルクで割ってやるから、それでも飲んで落ち着け。俺も付き合う」
「チョコレートリキュール?」
「ああ、そうだ。モーツァルトは有名だぜ?残念ながら居酒屋にはまず置いてねぇけどな。カルーアより断然美味い。俺でも飲めるくらいだからな」

仄香は頷いて、タバコに火を点けて、ゆっくりと吸い始めたものの、甘えるように、俺の腕に腕を絡ませた。
そして、煙をほうっと吐くと、顔をすりすりと俺の腕にすり寄せる。

仄香…。
あんまりそんなに甘えたら、俺は本気にするぞ?

俺は、その頭をくしゃりと撫で、モーツァルトの封を切って、氷を2つのグラスいっぱいに入れて、濃厚なリキュールを少し多めに注いだ。
そして、ミルクで割って、マドラーでかき回して、仄香に差し出した。

「俺からのバレンタインのプレゼントだ。チョコレートリキュールも悪くないぜ?」
「わぁ、ありがとう。これ、本命チョコ?」

俺はまた迷った。
雑誌の中の政宗様を見た時に仄香の浮かべていた表情は、紛れもなく憧憬、恋に落ちる直前の表情だった。
政宗様も想いを告げようとなさった。
俺達は、同じスタートラインに立った。
ならば、もう遠慮する事はないはずだ。

「ああ、本命チョコレートだ。俺の部屋で渡すんだから余計にな」

仄香は迷うように瞳を揺らせた。

「私、男の子と付き合う事に興味なくて、小十郎を超える男前としか付き合わないって思ってたの。小十郎が認めるような人としか付き合わないって。だから、告白されてもいつも断ってたから…。まさか、憧れの人、本人からそんな事、言われるなんて思わなかった、どうしよう…」

仄香は頬を染めて、そして一気にグラスを呷って飲み干した。

「わぁ!美味しい!チョコレートの味が濃厚で、甘すぎなくて、本当に上等なチョコレートだ!!小十郎、もう一杯!」

本当は、告白の答えが聞きたかったんだけどな。
まぁ、ある意味聞いてはいる。
見劣りするから俺とは付き合えねぇってな。
俺は全然そうは思わない。
就活も卒論も終われば晴れて社会人だ。
もうしばらくしたら、俺達は完全に釣り合うようになる。

俺は、頭の中で悩みながら、仄香にまたミルク割りを作ってやって、俺も自分のグラスを空けた。
少しビターでクリーミーなチョコレートが、流石ウィーンのチョコレートだ。
あまりチョコレートは食べないが、この酒だけは別だ。
女を口説く時に使う事はあるが、仄香は特別だ。
純粋にこの味を教えたかった。
仄香は、ジュースを飲むようにグラスを空けて行って、何度かまた作ってやると、何杯目かで少しふらついた。

「ごめん、小十郎、ちょっとトイレ行く」
「バスルームにあるから行って来い。あそこだ。吐くのか?」
「ううん。悪酔いはしてないから大丈夫」
「そうか」

仄香は、バスルームへ消えて行って、しばらくして、戻って来た。

「ただいま。もう少し飲み直す。もう帰るの止めた。ここで潰れるまで飲む。小十郎とこんなにゆっくり飲むの初めてなんだもん…。嬉しいんだもん…」
「…分かった。もし、お前ぇがあんまりにも調子が悪かったら半休を取って責任果たしてやるから、好きなだけ飲んで寝ろ。どうせ有休は余ってるからな」
「嬉しい…。小十郎、大好き!」

大好きと言われてどきりとした。
最後に仄香が俺にそう言ったのは、確か中学3年生の頃だ。
もう、5、6年前だ。
今の言葉は、あの時と同じ幼い気持ちか…?
俺も、照れ隠しにグラスを呷って、また二人分ミルク割りを作って、ゆっくりと飲んだ。
そうしてタバコを吸いながら、言葉少なにボトルを空けて行くと、もうすぐボトルが空になる頃、仄香は一層俺に甘え始めた。
すりすりと頬を俺の腕にすり寄せるだけでなく、俺の首に抱き付いて、半分膝の上に上がっている。
漏れる吐息がチョコレートの香りがする。

こいつ、酒乱か!?

慌てて仄香を引き離した時の事だった。

「小十郎、大好き!小十郎ー。何か暑くてふわふわする。暑い…脱いじゃおう」
「お、おい、待て!」

止める間もなく、仄香はセーターとアンダーシャツを脱ぎ捨てて、俺の膝の上に上がって抱き付いた。
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