ある意味、とても堅実な仄香らしい決断だ。
でも、俺は不安でたまらなかった。
価値観の相違の話もした。
20代前半が勝負だって話もした。
仄香は素直だから、きっと俺の言葉をしっかり受け止めて、そしてその通りの人生を歩んで行くだろう。
そして、時が満ちたら俺の所に帰って来る可能性だって高い。
「それがお前ぇの決断なら仕方ねぇな。就活も許す。だが、お前ぇの就職した会社でお前ぇが満足に働ける場所が用意されてなかったら、伊達が引き抜く。これが条件だ。いいな?」
「うん、分かった。でも、私、頑張るよ?頑張って認められたい。いつかスキルを磨いたら、転職を考えるかも知れない。その時に小十郎の下へ戻るかも知れない。それでもいい?」
「お前ぇがヘッドハンティングに見合う人間になればな。最初から俺が育て上げたら効率がいいのは確かだ。伊達グループに途中入社するならそれ相応の覚悟はしろ。ただし、俺はお前ぇをずっと見守ってる。思うようにスキルが磨けないならすぐにさらってやるから、心配するな。お前ぇが努力家なのは俺がよく知ってるから、まず心配はいらねぇとは思うがな。分かった。お前ぇが社会人になるまで俺は待つ。お前ぇの心変わりも覚悟の上でな。やっぱり年齢の壁は甘くねぇから、お前ぇが同年代の男で尊敬出来る奴に惹かれたらどうしようもねぇし、学生のお前ぇと社会人の俺での視点の違いは仕方ねぇからな。とにかく、就活をして社会の厳しさを知って来い。愚痴ならいくらでも聞いてやるから。社会に出てからもな。俺がお前ぇの兄貴みたいな存在ってのはこれからも変わらねぇ。お前ぇの心が決まった時、俺はお前ぇをいつでも受け入れられる。それだけは覚えていてくれ」
「小十郎、ありがとう。私、早く小十郎の背中に追いつけるように頑張る」
「ああ、期待してるぜ」
結局、俺はそれ以上、昨晩の事には触れなかった。
例えあれが仄香の深層心理であっても、仄香が知ったらきっと傷付いて自分を責める。
そうしたら、俺も傷付く。
いつか、仄香が俺を本当に求めた時に明かすべきだ。
仄香は、いずれ、俺の所に戻って来る可能性が高い。
俺は、それまで待ってやれる。
だから、俺はそれ以上何も明かさなかった。
それから仄香は身仕度を整えて、自宅へ戻った。
俺は、自分の部屋で仕事をして、政宗様を学校まで迎えに行って、仄香を説得出来なかった事を報告した。
政宗様は不機嫌そうだったが、仄香をヘッドハンティングするつもりで一旦優良企業に入れて、政宗様が跡を継ぐ頃には仄香が伊達グループにいるように計らうつもりだと告げると、ようやく機嫌が直った。
「小十郎、仄香の家庭教師の日数を増やしてくれ。就活は昼間だろ?俺だってずっとべったりって訳にはいかねぇからそんなに時間の拘束はしねぇつもりだが、なるべく高2の間に婆娑羅大をA判定にしておきたい。学校の内容は、もうじき高3のレベルになる。あいつ、世界史と地理受験だったよな?俺は、学校で地理と日本史と政経を取る。世界史を仄香に教えさせて、地歴公民をcompleteしておくつもりだ。伊達を継ぐなら、地歴公民は倫理を除いて全部押さえなきゃならねぇからな。英語と国語は問題ねぇな。センターレベルの理系科目は楽勝だし、後は数学か。だから、仄香には数学と世界史を見てもらう。高2の間に、高3の模試でA判定が安定して取れるようになったら、それ以後は、受験勉強の復習とマクロ経済学、ミクロ経済学は手を着けておきたい。あと、法律関係の事もな。後は、帝王学をお前から教わる感じだな。親父の後を継ぐまで時間がねぇ。学校の勉強は完全に婆娑羅大向けの授業だから、今の所、トップクラスだしな。早く色々前倒ししておきたいんだ」
「流石は政宗様でございます。早速そのように手配致します。婆娑羅大さえ合格確実になりましたら、仄香が大学4年の間に、経済学部での授業を教えさせます。そして、この小十郎の帰宅後にお世継ぎとしての教育をさせて頂きます。これで伊達も安泰でございます」
「あいつ、教養学部時代にテクノロジー関連の授業は?」
「必修以外は、複数の外国語、法律、その他は全て理系も履修する応用科学とインフラ関連の授業と政治関連の授業で時間割を目一杯埋めさせましたので、大局で企業戦略を練る素地は作ったつもりです。ただ、経済学部での統計学だけが苦手らしいので、それはこの小十郎が鍛え上げます。正直、統計は読めれば後はソフトウェアで計算するだけですから、問題ございません」
「小十郎、流石だ。じゃあ、教養学部時代の授業を主に前倒しだな。文系の弱みはテクノロジーに弱い所だ。技術の分からねぇやつに、今の日本の経済なんて背負えねぇからな。基礎科学は学者に任せるから、応用科学が問題だな。あとは知財だ」
「おっしゃる通りでございます。仄香には法務か知財を担当させるつもりで育てましたので、基礎は出来ているはずでございます。もちろんマーケティングは必修科目ですから、分かっているはずです」
「小十郎、完璧だ。じゃあ、仄香には持ってる知識を総動員させて教えさせる。高2の夏までに受験勉強は仕上げる。その後は、大学レベルで構わねぇから、経済とテクノロジーと知財に関した家庭教師をしてもらう。もちろん外国語とマーケティングもな。小十郎は暇が出来たら帝王学でいい。高校のうちに大学を先取りしていたら、出なくていい授業の間は本社で業務に当たって自分で実践を学ぶ。それが早そうだ」
「おっしゃる通りでございますね。分かりました。仄香にはそのつもりで必死に政宗様の教育を任せる事に致します。それにしても、この小十郎、感服致しました。若干16歳にしてそこまでお考えとは」
「跡を継ぐまで6年しかねぇからな。大学で暇なうちに業務と必要な資格は取っておきたい。ただそれだけだ。そして、俺が伊達を継いだら、速攻仄香を呼び戻す」
俺は、政宗様は天才だと改めて感服した。
ご自分の年齢から逆算して何を学ぶべきかお考えになったのだろう。
正直、大学の内容を高3から大学1年で終えてしまえば、3年もあれば実務をこなしながら帝王学は仕込める。
流石は政宗様だ。
これからの成長が楽しみで仕方ないお方だ。
それから、俺は、仄香に政宗様の家庭教師を増やすよう依頼した。
その内容に仄香は目を丸くして驚いていたが、自分自身の復習になるし、就活の邪魔にならないのならという条件であっさりと承諾した。
これで、俺も政宗様の事は心配なく仕事に打ち込める。
そう心から安心した。
ただ…。
一つだけ、俺には大きな誤算があった。
仄香の教え方が上手いのか、政宗様の能力の成長が目覚ましく、急に大人びて来て、政宗様がもうすぐ高校3年生におなりになる頃には、仄香は政宗様に恋をしてしまった。
俺にも経験がある。
成長目覚ましい仄香が微笑ましく可愛らしいと思っているうちにどうしようもなく惚れてしまった。
政宗様の才能は仄香とは比べ物にならないほど、旧財閥の頂点に立つに相応しい素養だ。
それが自分の手で開花させた瞬間に立ち会ってしまったのなら、仄香が政宗様を男として意識して、そして尊敬の念を抱いてしまっても仕方ない。
仄香は、たびたび俺に、政宗様への恋愛感情について相談するようになり、年の差について悩みを口にするようになった。
仄香の気持ちは痛いほど分かる。
俺は、心に秘めたままだったが、俺の通って来た道を仄香が歩んでいるのだから。
もし、あの日、無理にでも仄香を奪ってしまったら、仄香はこんなに悩まなくて済んだのかも知れない。
仄香の心を政宗様に奪われる事もなかったかも知れない。
俺達は、微妙な三角関係に突入し、あの事件が起きるまで、それは何年も続いた…。
Triangleへ続く…
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